第36夜 脱出
繭子が漆原の背中に刃物を突き刺す寸前
《護芒結界》
漆原の身体が五芒星の結界に包まれる。
パリンッ!
繭子の刃物が突き刺さると、まるで飴細工のようにいとも簡単に結界が砕けた。
すかさず漆原は繭子から距離を取ろうとする。
しかしその前に繭子の髪の毛が漆原の首を絞め、宙に浮かべていた。
「ぐぅぅぅぅぅ…っ!」
締め上げる力が徐々に増し、呻き声も上げられなくなる。
遠のく意識の中、漆原は空を見上げていた。
ーエントランスー
反町が背広を防護服のように被り、ガラス戸前で燃え盛る炎に突っ込んでいく。
「うおおおおおっ!」
ガラス戸を突き破り、住居スペースへと辿り着いた。
「さて、と…」
反町はこれまでの捜査を思い返す。
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「その当時、2Fの角部屋にシングルマザーの親子が住んでいました。
蓼原という名前で団地の中でも有名だったんですけど、その母親日常的に双子の片割れに激しい虐待を行っていたんです。」
図書館へと戻る車の中で、三者が交差点を右折しながら話す。
・
[反町さん、わかりました。
あの火災での住民の安否は全員不明との事。
しかし、一体だけ死体が見付かっています。
蓼原繭子(8)、小学3年生の児童です。]
公安に勤める同期に、秘密裏に調査を依頼していた逆井からの電話。
・
「政府はなぜか蓼原繭子の死を隠そうとしている。
この火災事件…明らかに普通の事件じゃねえ。
…俺はな、今じゃ家族とも離れ離れのしがないサラリーマンよ。
仕事に情熱を注ぎ過ぎたせいで妻と娘に愛想尽かされちまった。
でもな、だからこそ!
中途半端に事件に取組むなんて事はできねえんだ。
家族を犠牲にしてまでしてきた事を最後まで精一杯やり遂げるのがせめてもの誠意だと俺は思う。
だが逆井、三者。
お前らは未来ある若者だ。
俺に気を使わんでいい。
この件に関わると職…いや、命すら失いかねない。
お前らはこの件に関わるな。
署長には俺から伝えておく。
さあ…出て行くんだ。」
反町が薄暗い会議室で電子タバコをふかしながら後ろを向いた。
5分後、反町が正面に向き直ると、そこには居ないはずの逆井と三者の姿があった。
「反町さん…俺はこの腐った警察組織を変えたいです。」
逆井が口を開く。
「自分はこの事件を調べる為に警察官になったようなもの…最後まで捜査させてください!」
三者が続く。
「馬鹿共が…
よし、お前ら!
早速蓼原繭子について聞き込みだ!
当時の関係者を全員洗い出すぞ!」
『はい!!』
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2階の角部屋の前に着いた反町。
ドアノブに手をかけるが、部屋内部からの熱伝導による高温ですぐさま手を放す。
「うぅっ…!」
反町の掌が赤く染まる。
反町は銃をドアノブに向けた。
バンッ、バンッ、バンッ、バンッ!
ドアノブが破壊され、ひとりでにドアが開いた。
反町は燃え盛る部屋の中を突き進む。
「ゴホッ、ゴホッ…白石明里!!どこにいる!?」
一酸化炭素を吸い込みながらも必死に明里の名前を叫ぶ。
反町がリビング手前のドアを蹴破る。
そこには燃え盛る炎の中、倒れている明里と全身が赤く爛れた焼死体のようなものが転がっていた。
「おい!しっかりしろ!」
炎をかいくぐり、明里に駆け寄る。
「ゲホッゲホッ!ゲホッゲホッ!」
明里が咳き込みながら目を覚ます。
反町はハンカチを明里の口元にあてがい、部屋から連れ出す。
「頭を低くしろ!」
明里は言われるがままに朦朧とする意識の中、反町に抱えられ部屋を出る。
反町は明里を伴い、玄関へ行こうとするが既に火の手が取り返しの付かないほど燃え上がり、2人の行手を阻んでいた。
「ゲホッゲホッ!ちくしょうっ!こっちだ!」
反町は玄関と反対方向のリビングへと向かう。
「おい、大丈夫か?」
明里はぐったりとしていて動く事もままならない。
反町はベランダを確認し、明里をおぶった。
反町が明里をおぶったままベランダへと歩き出すと、今来た廊下から炎に包まれた人影が迫ってきた。
「繭子…母さんをこんな目に遭わせてどこへ行くんだい?
……………
お前も一緒にここで死ねえええええええええ!」
その人影は炎に包まれながら反町達に襲いかかる。
「うあああああああああああああああっ!!」
反町は雄叫びをあげながら火傷していない左手でベランダに向けて銃を乱射すると、そのまま突っ込んでいった。
バリンッ!!!!!
反町と明里は窓を突き破り、そのままベランダの柵を飛び越えて宙に投げ出される。
反町は最後の力を振り絞り、空中で明里を抱き抱えた。
ドスンッ!!
鈍い衝撃音が響き渡る。
反町が下敷きになる形で明里と共に地面に着地した。
反町と明里は動かない。
一方、中庭では繭子が漆原を締め上げている。
建物の反対側に落下した明里達に気付いた繭子が、漆原を放り投げ素早い足取りで2人へと向かう。
漆原は目を見開いたまま空を見ている。
その表情に動きはなく、死んでいるのか生きているのかさえわからない。
繭子が建物の反対側へと辿り着く。
そして明里を捕まえる寸前
明里と反町が横たわる地面に巨大な五芒星が出現し、立体を描くような形で貯水槽まで2人を導く。
反町と明里は五芒星に乗せられたままエントランスを抜け、弧を描くように宙を移動してそのまま貯水槽の中へと落下していった。
繭子が中庭の方へと振り向く。
そこには先程首を締め上げ、もう動かないはずの漆原が立ち尽くしていた。
「血月で力が強まるのはてめえだけじゃねえんだぜ…」
漆原が嗤う。
繭子も嗤い(・・)ながら漆原へと歩みを進める。
しかし纏う雰囲気は更に禍々しく、今まで一切の感情を見せていない繭子が嗤いながら怒っているかのようだ。
2人の距離が徐々に近付いていく。
空には赤い月が爛々と煌めいていた。




