第30夜 蓄積
ロード画面を見つめる漆原と明里。
乱れた映像が流れ、教会のような場所が映し出された。
壇上には真っ白な大きいフードを被った人物が立っている。
教会内部は円を描くように壁が広がっており、ホールのような形状をしている。
集まっている者達は数百、数千は居るだろうか。
とても数えきれず、扉の外にまで溢れている。
しばしの静寂の後、フードの人物が壇上からスタンドマイクに向かって話し始めた。
「皆の者!
昨夜"月神の儀が"執り行われた!
糧となった同胞達に盛大なる拍手を送ろうではないか!!」
高らかにスピーチする女性の声。
ホール内外に無数の拍手が響き渡る。
「我々は今日この日から世界へ進出して、やがては全権を掌握する。
月の神を降臨させた暁には、そなたらに未来永劫、神の加護と幸福が訪れる事を確約しよう!
第一段階、"器"は完了した。
次の段階、"血月"に向け、更なる結束を固めようぞ!
今宵は宴だ!皆、思う存分愉しまれよ!」
再び拍手が巻き起こり、フードの女性は降壇した。
そこで映像は止まるー
「ちょい待ち、巻き戻し。」
漆原がマウスを再生バーに合わせ、フードの女性の顔が見えるか見えないかのところで動画を止めた。
「金髪…」
大きなフードの隙間から金色の長い髪が出ていた。
「山本さんの情報にあった田中和美さんの証言と一致してるね。」
明里が回想の中で情報を照合する。
「そだね…
月美学会…月神の儀…天海団地の火災…蓼原繭子…」
漆原が復習するかのように重要と思われる単語を口にしていく。
「漆原くん、蓼原繭子ちゃんの虐待の件なんだけど…」
明里が自信の無い表情を浮かべている。
「ん?どしたの?」
漆原が明里の方を向く。
「私、青森で倒れた時に夢を見たんだ。
部屋の中でね、お母さんが子供を虐待してたの。
双子の姉妹も居た。」
明里の身体がカタカタと震えている。
「それでね、お母さんがその子を叩いたり蹴ったりしてた。
最後には部屋の中に閉じ込められて、炎の中で苦しみながら死んでしまうんだけれど…私がそのお母さんだったんだ。」
明里の身体の震えが大きくなる。
「白石さん?一旦休もうか。」
明里の異常を察した漆原が落ち着くよう促す。
明里の身体の震えは止まらない。
「ごめん、漆原くん。
少し横にならせてもらってもらうね。」
明里が漆原のベッドに横になる。
少しずつ意識が遠のいていく…
そしてそのまま明里は気を失った。
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「身体に異常は無いね。
染一くんの話を聞いた感じ、彼女の症状はPTSDだろう。」
「PTSDって…心的外傷の?」
「ああ、そうだ。
いずれにせよ、よく休ませて精神的負荷がかかる事は避けるように。
彼女の親御さんは?」
「居ない。さっき話したお祖父さんが唯一の身寄りだったようだ。」
「そうか…まだ子供なのに…
まあそれを言ったら染一くんもそうか。
君が一緒なら大丈夫だと思うが、よく注意していてくれ。
一応安定剤と睡眠薬を置いていくけど症状が酷くなるようだったらまた読んでくれ。」
「悪いね先生、恩に着るよ。」
「なあに、お安い御用。
君に呼ばれればどこへでも行くさ。
それじゃあ僕はこれで失礼するよ。」
ぼやけた意識の外で2人の人物が会話しているのが聞こえる。
扉が開く音が聞こえ、1人が出て行った。
「漆原くん…私どうして…」
明里は微睡の中で現状の把握を試みる。
「気が付いたか。
君は気を失っていたんだ。
大丈夫。無有を迎えに呼んだから今はゆっくり休んでいるといい。」
漆原は椅子の上で足を組んでいる。
「…ありがとう。じゃあ少し眠らせてもらうね。」
酷く疲弊している明里は、やがて思考ができなくなり、深い眠りの中へ落ちていった。
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「染一…山本とやらの情報はどうだった?」
先程漆原家に到着した無有が眠っている明里の懐にくっつくようにお座りしている。
「ああ、色々とわかった事がある。
特に黒い少女の名前を知れたのはでかい。
恐らく救出の際に対峙は避けられないだろうが、名前を知っているのと知らないのとじゃ生還率が変わってくるからな。」
「無有…お前金色の糸についてどう思う?
奴は魔の物か否か…」
漆原が話の流れを切り、唐突に聞く。
「愚問だな。魔物以外の何者でもなかろう。
金色の繊維をまとい、人を殺す動物など聞いた事無いわ。」
憮然とした態度の無有。
「…そうだよな。
今回山本の情報の中に映像があってな。
舞台の上からスピーチしている女が居たんだが、そいつが"金髪"だったんだ。
金色の糸が人間の髪の毛では無い事はわかっているんだが、何となく思い出してな。」
目線をやや上にし、先ほどの映像を思い返す漆原。
「そうか…。
だが"あれ"は人間の仕業ではない。
それだけは断言できる。
最近のお前が焦っているのはわかってる。
しかしもう少し俯瞰して考えろ。
四角形の図を見れば、それはただの四角だ。
しかし立体的な視野を持っていれば、実はその四角形が六面体の構造だと気付く事ができる。
物事に取り組む時は俯瞰的かつ、立体的な視野を持つ事が大切だ。
一面に囚われるな。」
漆原は無有の言葉に我に返るような表情を見せる。
「そうだな…少し感情的になっていたかもしれない。頭を冷やす。」
「して、明里の状態はどうだ?」
無有は隣の明里に目を落とす。
「繭子とのリンクもそうだが、精神的に負荷がかかりすぎている。そろそろ限界だ。
もう情報を集めている時間は無さそうだ。」
「では行くのか?」
「ああ。しかし救出には白石さんの存在が不可欠。
酷なようだが彼女が回復次第、団地へと乗り込む。
そうだな…来週で学校は夏休みになる。
そのタイミングで決行しようと思う。」
顎に手を当てる漆原。
「染一、余も繭子の姿を見たが、あれはもう人間ではない…魔物だ。
反界での奴の力は想像を絶するだろう。
決して無理はするなよ。」
「ああ、お前との契約もある。
死ぬような無茶はしないよ。」
そう言った漆原の目の奥は、壮絶な闘いの前触れを示唆するかのように深い闇に包まれていた。




