第28夜 天海新聞社
天海新聞社付近の喫茶店
自動ドアが開き、制服姿の明里と漆原がカフェスペースへと入ってきた。
「漆原くんはどこかな?」
店内を見渡す明里。
奥の座席の方で帽子を目深に被った男が手招きしている。
背格好から察するに漆原のようだ。
「漆原くん何その格好。
全然わからなかったよ。」
「だって同じ人間が2人居たら周りの人達びっくりするでしょ。
無有、交代だ。」
漆原はそう言うと、無有と共にトイレへと消えていった。
数分後、トイレからは相変わらず(・・・・・)の漆原とダンディな雰囲気の初老の男性が出てきた。
「明里、余は先に帰っているぞ。」
初老の男性が明里に声を掛けた。
「えっ、無有ちゃん!?どうゆう事!?」
明里は目を丸くしてまじまじと男性を見る。
「明里よ、ポメラニアンが喫茶店に居たら皆驚くだろう。」
驚いたのは明里だが、それを横目に初老男性へと姿を変えた無有は喫茶店を後にした。
「さて、俺達も行こうか。」
会計を済まして喫茶店を出た漆原と明里は、道路を挟んだ向かいの新聞社へと入っていった。
天海新聞社
「こんにちは〜。
先程お電話差し上げた天海高校1年の漆原と申します。」
受付に座っているのは濃いメイクをした20代前半ぐらいの女性。
「こんにちは、お待ちしておりました。
こちらへどうぞ。」
漆原と明里は応接室へと通された。
2人が受付の女性から出されたお茶を飲んでいると、ドアをノックする音と共に30代半ばぐらいのいかにも仕事ができそうな女性が入ってきた。
「私総務部の鈴木と申します。
本日はお越しいただきありがとうございます。
天海市の歴史新聞とは、素晴らしい試みですね。
たっぷりと時間を取ってありますので、心ゆくまでインタビューなさってください。
それと、お電話でもご確認いただきましたがインタビューの様子を撮影させていただきますのでよろしくお願い致します。
こちらとしても若いお2人のご来訪はフレッシュな宣伝となりますので。」
鈴木はニコニコと笑いながら話す。
寝耳に水の明里は宣伝の件に納得がいかなかったが、とりあえずこの場では静観する事に決めた。
「今担当の者を呼んで参りますのでもうしばらくお待ちください。」
鈴木はそう言うと一礼し、退室した。
「漆原くん、宣伝って…」
2人きりになった応接室で漆原に訴えかける。
「トレードオフだよ。
今回のインタビューの条件として承諾せざるを得なかったんだ。
独断で決めて悪かったね。」
漆原がめんどくさそうに答える。
2人がそんなやり取りをしていると、部屋をノックする音と共に再度鈴木が入室してきた。
その後ろには整髪料で髪を撫で付けた、50代ぐらいの男性が続く。
「初めまして、私社会部の山本と申します。」
手渡された名刺には山本吾郎の名前の下に部長の肩書きが記してある。
「初めまして、天海高校1年の漆原と申します〜。
本日はお忙しい中お時間をいただき、ありがとうございます〜。」
営業マンのような口調で返す漆原。
「は、初めまして、白石と申します。
本日はあ、ありがとうございます。」
漆原とは対照的に、こういった場に不慣れな明里はたどたどしく返した。
「お2人とも、高校生活は楽しいですか?
未来ある若者が私共と同じ新聞作りに励んでらっしゃるとは嬉しい限りですよ。はっはっは!」
豪快な喋り口調の山本が笑う。
「はい、毎日楽しく登校しています!」
漆原が平然と嘘を吐き、本題を切り出す。
「それで…今日はインタビューという事なんですが、早速始めさせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、何でも聞いてください。」
「それでは、2000年初期頃に起きた天海市の外れにある市営団地の"火災事件"について…」
「鈴木くん!」
漆原が話し出すと、山本が横に居る鈴木に声を掛けた。
「鈴木くん、大の大人が2人も居ては彼らもインタビューしづらいだろう。
悪いが、席を外してもらっても良いかな?」
山本は先程の明るい雰囲気とは一転、表情はにこやかだが目が一切笑っていない。
「あっ…はい、かしこまりました。
それでは何かありましたらお声がけください。」
鈴木は戸惑いながらも、デジカメの電源を切り、一礼した後、退室した。
「君達…一体どこでそれを?」
厳粛な面持ちの山本。
「こちらの古い新聞記事で拝見致しました。」
山本の態度の変わりように全く動じない漆原は、学生鞄から新聞記事のコピーを取り出し、手渡した。
「この火災の件、明らかに情報操作されていますよね?
それに山本さんのその反応…
この件について何か知っていますね?
当時の事をお聞かせ願います。」
漆原は先程までの気取った喋り口調を止め、淡々と話し始めた。
「まさかまだ残っていたとは…
これは個人的な忠告だが…
あの団地の事を調べるのは止めておきなさい。
どんな事情があるのかは知らないが、インタビューも嘘だね?」
「はい、嘘です。
てか単刀直入に言うと、あの団地の情報にこちらの彼女の友人達の命がかかっています。
真相を知る事ができないと、その友人達は死にます。」
「な、何を言っているんだね君は!
話にならん!
私から話せる事は何も無い!
悪いが今日のところはお引き取り願いたい。」
山本の名刺を見つめる漆原。
「そうですか…。
山本吾郎さん、お子さんに不幸な事がありませんでしたか?
あなたもこの件を隠しているのは本意では無いはず。
情報をいただければ、お子さんの不幸の原因を取り除く事ができるかもしれません。」
「なっ、君は一体…?」
山本は驚きと恐怖が入り混じったような表情で漆原を見つめる。
「申し遅れました。
私こういった者です。」
漆原は自分の名刺を差し出した。
「陰陽師…漆原染一…
君、まさか"あの"漆原か!?
噂にしか聞いた事無かったが、こんな少年が…」
山本はまるで漆原を知っていたかのような話し方だ。
明里は会話に入れず、完全に置いてけぼりになっている。
「私を知っている方は少ないのですが、さすが大手新聞社の部長さんですね。
そんな事より、あの団地の火災について話してくれる気になりましたか?」
「ほ、本当に娘は助かるのか?」
山本は冷や汗をかいている。
「確約はできませんが、お話の内容次第では助ける事ができるかと思います。」
漆原が再度促す。
山本はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと腕を組み、口を開いた。
「…わかった。
先程の透視で君が噂通り、"本物の力"を持った人物だと判断した。
漆原さんになら話しても良いだろう。
しかし、この情報を外に出す事によって私の命が狙われる可能性がある。
今後私の身に何かあった時は娘を頼みたい。
それが条件だ。」
覚悟を決めたような表情の山本。
「ええ、出来る限りは。」
漆原の表情は変わらない。
「良いだろう。
20年前…君達も知っての通り、あの市営団地が丸々一棟全焼するという大規模な火災が起きた。
警察や消防は101号室の火元の不始末が原因の事故としてこの件を片付けたが、何故かそれ以外の情報を一切遮断し、団地の敷地全体をブルーシートで覆うという徹底ぶりだった。
更にその日のニュースでは火災の件は全く報道されず、各メディアは真相を探るべく動こうとしていた。
しかしそうこうしている内に政府から全国のメディアに報道禁止の一斉通達があったんだ。
しかし、報道禁止の理由は我々一般社員には明かされなかった。
恐らく他所の会社でも同様だろう。
だが当時の私は報道の正当性と自由を重視し、この火災を独断で翌日の記事に掲載したんだ。
今思えばあの頃の私は若く、愚かだったと思う。」
山本はお茶を飲み、一呼吸置く。
「翌日会社にはこっぴどく叱られ、懲戒処分となったが何とかクビにはならずに済んだ。
だがその日の夜、政府の関係者と名乗る者達が自宅へ現れ、私の勝手な行動の責任として当時3歳の次女が連れて行かれた。
もちろん私は必死に抵抗したが、妻と長女に拳銃が突き付けられていた為、泣く泣くその場は引き下がった。
その後私は警察に相談したのだが、何度行っても相手にされず、挙げ句の果てには公務執行妨害で逮捕されそうになった。
まさか民主主義のこの国でそのような事が起こるとは想像もしていなかった。
"俺はとんでもない事をしてしまったんだ"とその時に初めて気が付いたよ。」
山本の目には涙が浮かんでいる。
「だが何としても娘を取り返したかった私は、政府の弱味を掴もうと、あの団地の火災を徹底的に調査した。
しかし調べれば調べるほど闇の深さを知る事になり、絶望した。
そして私が真相に近付き始めた事に政府の奴らが勘付いた。
奴らは口封じの為の人質として、娘を永年自分達の管理下に置く事にし、二度と私の元へ戻る事は無かった。
恐らく初めから私の口封じが目的で娘を攫っていったのだと思う。
その後は半年に1度、政府から娘の様子を報告されるようになり、奴らの思惑通り私は生きながらに口を塞がれる事となった。
これは私の人生最大の罪にして過ちだ。
あれから20年、あの子ももう大人になってしまった。
私も気が付けばもう50歳過ぎ…
諦めかけていた年寄りの元にこうして君達が来てくれたのは何の導きかな…。」
漆原は表情を変えず、明里は大粒の涙を流しながら話を聞いている。
「ここに私があの団地について調べた全ての情報が入っている。
君達が想像するよりあの団地の闇は根が深い。
しかし、君達の目からはどんな事があっても目的を達成しようとする意思が伝わってくる。
それに漆原さん、あなたの奇跡的な逸話の数々は聞いている。
私はこれで晴れて裏切り者となったが、この情報が君達の役に立つ事を願うよ。
そして可能であれば娘を救ってほしい。」
山本は胸ポケットのケースからUSBを取り出し、漆原に手渡した。
「約束はできませんが、情報提供ありがとうご…」
漆原の言葉を遮り、明里が飛び出す。
「はい、必ず助け出しますっ!うっうっ…」
「ありがとう。
私も出来る限りのサポートはさせてもらうよ。」
山本は明里にハンカチを差し出した。
「………。
山本さん、私の事を知っていたとはいえ、20年間隠し続けていたご自身と娘さんを危険に晒すような情報を、なぜ私達に話していただけたのか…
正直なところを聞いても良いですか?」
腑に落ちない様子の漆原が問い詰めるように言った。
「もうわかっているだろうが、この件には人知の及ばない超常的な力が働いている。
だからこそあなたになら話せると思った…
それに白石さん、君を見ていると攫われた娘の事を思い出してしまったね。
あの子も君のように優しい子だった………っ!…。
すまない、歳のせいか涙腺が緩くてね。」
山本は涙を拭う。
「…わかりました。ありがとうございます。
それでは私達はそろそろ失礼します。
本日は貴重なお話ありがございました。」
漆原は顎に手を当て、考え込むように礼を言った。
「いや、こちらこそありがとう。
また何かあったら名刺の番号に連絡してくれ。
…健闘を祈る。
それじゃあ外まで送るよ。」
山本が応接室を出て2人を誘導する。
3人が玄関の前で別れた後、山本は踵を返し、新聞社へと戻る。
自分のデスクへと戻る道中、応接室でお茶の片付けをしていた鈴木が山本を呼び込んだ。
「部長、インタビューはいかがでしたか?」
鈴木はおもむろに応接室の鍵をかけた後、テーブルを拭きながら山本に尋ねた。
「ああ、良い若者達だった。
彼らは素晴らしい新聞を作ってくれると思うよ。」
山本は2人を思い返しながら憑き物が落ちたような晴れ晴れとした顔をしている。
「そうですか。
…ところであのUSBにはどんな情報が入ってるんですか?」
鈴木が振り返るとその手には拳銃が握られていた。
「す、鈴木くん!何をっ…
まさか君は政府の…?」
後退りする山本。
「いえ、"政府では"ありません。
早くUSBの中身について答えてください。
それともすぐに死にますか?」
鈴木の目は冷酷に山本の姿を捉えている。
「ふっ…まさかこんなにも身近に…
しかしもう遅い、彼は"あの"陰陽師の漆原染一だ。
きっとお前らの計画をくじいて」
パスッパスッパスッ
およそ拳銃の発砲音とは思えない短く乾いた音と共に山本は地面に倒れた。
鈴木はスマホを取り出して電話をかける。
「もしもし、如月です。
山本がとうとう裏切りました。
それと、白石明里と共に行動しているのはただの少年だはなく、陰陽師の漆原染一のようです。
いかがなさいますか?」
鈴木は黙って電話の相手の話を聞いている。
「はい…はい…そうですね。わかりました。
では引き続き動向を調査しつつ、隙があれば念の為USBのデータを確認しておきます。
それでは失礼します。」
鈴木は電話を切ると、すぐさま他の番号へと再び電話をかけた。
「もしもし、私だ。
死体が1つできた。後処理を頼む。
天海新聞社の応接室だ。」
電話を切った鈴木は無表情でソファに座り込み、拳銃に付いているサイレンサーをハンカチで丁寧に磨き始めた。




