第10夜 生ある限り
「んん…ここは…?」
陽の光が差し込む室内。
天井も壁も布団まで、全てが真っ白だ。
随分長い間陽の光を浴びてなかった気がする。
とても心地良い。
(どうしてここにいるんだっけ?)
そんな疑問が明里の頭をよぎる。
燃え盛る炎…黒い少女…
(彩香と笑実は!?)
ベッドから飛び起きる明里。
周囲を見渡すと、どうやらここは病室のようだ。
傍には夜通し起きていた反動から、腕を組んで座ったまま眠る祖父の姿。
「おじいちゃん…。」
祖父の顔を見て、明里に安堵の表情が浮かぶ。
明里の呼びかけとも取れる独り言に反応し、祖父もまた眠りから覚めた。
「明里!大丈夫か?」
祖父が心配そうに明里の顔を覗き込む。
作務衣姿の祖父は左足に草履、右足にサンダルを履いている。
「一体何があったんじゃ?
彩香ちゃんと笑実ちゃんは?」
祖父には霊感がある、らしい。
明里にはそれを確認する手段が無い為、"らしい"としか言えないのだが。
霊感があるから神主なのか、神主だから霊感があるのかはわからない。
だが、仕事柄日常的に除霊を行う祖父には、昨夜のありのままを話した。
黙って聞いている祖父の顔が徐々に険しくなる。
全てを話し終わり、明里が下を向く。
「…………。」
病室に沈黙が流れる。
窓の隙間から風が流れ込んできた。
窓際にあるアレンジメントの花弁がひらひらと舞い落ちる。
その様子を見ていた祖父が、花弁が落下すると同時に神妙な面持ちで口を開いた。
「明里、すまない…わしのせいだ。
このままだといずれお前も取り込まれてしまうだろう。
こうなってしまってはわしの力が及ぶかどうか…。
知り合いでも力の強い人物を何人か当たってみよう。
後はお祖父ちゃんに任せなさい。」
祖父がなぜ謝っているのかはわからなかった。
わかるのは"あれら"は祓う祓わないのレベルではないこと。
直に相対した明里が1番よくわかっている。
そして時折脳裏に浮かぶ黒い少女の姿。
「これからお前が目覚めたことをお医者様に言わねばならん。
後で警察の方々が事情を聞きに来るから天海ヶ丘の、例のトンネルの場所を教えて、後は気を失っていたからわからないと答えなさい。」
明里は頷く。頷くことしかできない。
詳細な事情を説明してもきっと警察には信じてもらえないだろつ。
「2人の親御さんにはわしから連絡しておく。
お腹空いたろう?
おかゆとお前の好きなチョコレートを持ってきたから食べなさい。
お医者様は目覚めたら退院していいと仰っていたよ。
警察の事情聴取が終わったらうちに帰ろう。
わしは少しやることがあるから一旦戻るが、ゆっくり休んでなさい。」
祖父はそう言うと、足早に病室を後にした。
数分後、病室にナースが入ってきた。
「白石さんおはよう。具合いはどう?
丸2日間も眠ってたから身体が上手く動かないでしょ?
一応確認させてね…んー…大丈夫そうねっ。
じゃあ後は動けるようになったら帰ってもらっていいわよ。
あっ、でも警察の方々が来るまでは居てちょうだいね。」
ナースが明里の健康状態を確認しながら何かを喋っているが、全く耳に入ってこない。
(2日間?今日は何日だ?
あれは、昨夜の出来事ではないの?)
明里は机に置いてあるスマホを手に取る…が、電源が入っていない。
何か日付がわかるもの…
枕元の上のカレンダーに気付く。
確かにカレンダーはあの夜から2日後の日付をめくっていた。
極度の精神的疲労のせいか、徐々に思考が働かなくなってきた。
明里は何気なくスマホの横に置いてあるビニール袋から、祖父が作ったおかゆと市販のチョコレートを取り出した。
おかゆをひと口食べる。
(ダメだ。空腹なはずなのに食べる気がしない。)
明里はおかゆを机に置いた。
ペリペリッ
包装紙を雑に剥がし、長方形の板にかぶりつく。
パキッ
〝「まあねーん、10分前行動は基本だろー!はい、これ!」
「わー、お菓子こんなにたくさん!ありがとう…って、お酒!」〟
ー2日前の記憶が蘇る。
あの時の袋にも同じチョコが入っていた。
彩香は大雑把に見えて結構細かい気配りをする。
3人で連れ立って出かけたり、集まる時はいつも明里と笑実の好きなお菓子を買ってきてくれるのだ。
丸めたチョコレートの包装紙に視線を落とす。
〝「あれ驚いたよね〜漆原が喋ってるのなんて1度も見たこと無かったから、こんなに喋るんだ!って。」
笑実がレジャーシートに散らばったお菓子の空袋を片付けながら言う。〟
笑実はおっとりしているようで、実は周りをよく見ている。
頑固な明里と、向こう見ずな彩香にブレーキを掛けてくれる存在だ。
昔から文句1つ言わずに、いつも笑顔で明里と彩香を見守ってくれていた。
パキッ パキッ
静かに流れる涙が、口の中でチョコレートと入り混じる。
パキッ…
震える手で最後のひと口を頬張る。
……………
(そうだ…まだ死んだと決まったわけじゃない。
2人は私のかけがえのない友達。
こうしている間にも私の助けを待っているかもしれない……
必ず助け出すっ。)
涙は自然に止まっていた。
覚悟を決めたその瞳は先程までとは違い、爛々と燃えている。
そして明里は食べかけのおかゆを一気にかき込んだ。




