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幻のラーメン屋

ポッターと呼ばれたペンギンは、風にふわふわとゴミみたいな産毛を揺らされながら首を傾げている。

間違いない。ポッターはスイカだ。

よかったな。元気で暮らしてるんだ。


「ポッターって名前なんですか?」


ねぎまが聞いた。


「自然にね、みんなが呼ぶようになったんだよ。その子は親も家も分からなかったから。人工飼育してるよ。さっき、スイカって呼んでたけど、ちゃんとフンボルトペンギンだからね」


今一つ意味が分からない。「ちゃんとフンボルトペンギン」ってどーゆーこと?


不思議そうな顔をしていると、飼育員は笑った。


「JRのスイカはアデリーペンギン。

 その子は今は薄いアデリーペンギンみたいな模様だけど、次の換羽期で、ちゃんと胸んとこにフンボルトペンギンの模様ができるから」


へー。JRのスイカってアデリーペンギンだったんだ。知らんかった。


「ポッター」


ももしおがスイカの名前を呼び直した。すると、スイカは、よちよちと飼育員の方へ歩いて、しゃがんでいる飼育員の脚の間に入って体をすり寄せる。


「あまえんぼですね」


ねぎまが白薔薇のように笑った。


「とっても」


横目でちらっと見ると、ももしおは寂しそうな顔をしていた。


「シーオリン、行こ」


ねぎまがももしおの手を取る。


「うん」



ペンギンのスイカが人間を覚えているとは考えにくい。どうなんだろ。

それでも確かに、スイカはももしおが「スイカ」と呼んだときに反応して寄って来た。

南極のペンギンは、声で自分の親を探すと聞いたことがある。ももしおは、スイカにとって親だったんだろーな。


女子力も家庭的なとこもゼロなのに、なんか、ももしおっていい母親になるんじゃないかって思えた。


興味ってものが女子に標準装備されてる以前に、母性本能が基本であるのかも。



「ね、シオリン。横浜戻ったら、なんか食べる?」


ねぎまの提案で、オレ達4人はぶらぶらと歩き出した。




横浜駅は今日もどこかが工事中。


誰がそうしようと言ったわけでもなく、オレ達はみなとみらいとは反対方向の西口を出た。


ファミレス、カフェ、丼物、選びたい放題。飲食店は軒を連ねている。

もうすぐ6時。日は傾き、街灯が灯り始めていた。


どの店も人が多くて通り過ぎていくと、前方に灯りのついた小さな車が停まっていた。屋台?

オレ達は外灯に集まるカゲロウのように、ふらふらとその灯りに吸い寄せられた。


「へぃいらっしゃい」


匂いで分かる。ラーメン屋。屋台。

ラーメンを車で受け取って、歩道に置いてあるテーブルで食べるって形。


「豚骨。チャーシューと卵のトッピングで」

「オレも」

「私も」

「それ3つで」


オレが頼むと、他の3人も同じのにした。


「豚骨チャーシュー卵3ね」


ん?

この声、なんか気になる。どこで聞いた?


「替え玉ってできますか?」


ももしおが食う気満々。


「いーよ。お嬢さん可愛いから、サービスするよ」

「わーい。お願いしまーす」



先客が1人。テーブルは1つしかないから相席になった。


「「「「失礼します」」」」

「あ、キミ達、展示会で会ったね」


顔を上げたのは、パピコ横浜の自動販売機コーナーで会った物販ライブのカラコン男だった。


「「どーも」」


ミナトとオレは軽く会釈。


「今日も大繁盛だった。美顔器が売れて、他の商品とネット予約合計で、1000万以上だよ」


1000万って単位は個か円か元のどっちだろうなんて思いながらも驚く。


「1000万ってスゴイですね」


カラコン男は満足げ。


「中国全土にライブの様子が配信されてるから。日本で売れるならいい品物だって思うね。

 キミ達、美顔器買いに来ない? 今の美しさを保つため。

 P50の場所にいるから」


P50だって?


「P50ってどこですか?」


すかさず、ねぎまが聞いた。


「パピコ横浜に入るとき、展示案内の地図をもらう。それ、店の番号ついてる。

 P50。広いからね。間違えないで。

 美顔器だけじゃないよ。つけまもカラコンもあるよ。今週末までやってるよ」


言いながら、自分の目を差してカラコンを強調する。

肌の色はまぎれもなく黄色人種。そこに黒い直毛と青い目。不自然。


「ひょっとして中国で有名なタレントさんですか?」


ももしおの問いに嬉しそうにカラコン男は答えた。


「いやー、それほどでもないよ。番組はけっこう持ってるけどね」


へー。有名ですって言いたくてたまらない感じ。

カラコン男は、照れながら丼を返していた。店を去るとき手をひらひらと振ってくれた。



「おまちどおさま。豚骨ラーメン4つぅ」


おっと、ラーメン。お盆がないから各々が席を立つ。


ニンニクをがっつり入れたいところを我慢。この後、ねぎまを家まで送るから。

ちょっと寄り道するかもしんねーじゃん? 豚骨ラーメンのキスってのは、どーなんだろ。


混んでいた店をスルーして歩いたから、駅周辺の喧騒から外れた場所。街灯はまばらで辺りは暗い。

そんな中で湯気がきらきらと立ち昇る。


「「「「いただきまーす」」」」


合掌。


ぱくっとチャーシューを口に入れると。


「うまっ。溶けた」


なにこの旨さ。


「ちょっとちょっと、マジで美味しいんですけど!」


言いながら、ももしおが涙を流し始めた。


「ももしおちゃん、泣かなくても」


ミナトが宥める。


「美味しいもん。なんか、なんか、可愛かったけどいなくなったらすっごく寂しくって。

 毎日毎日夜も昼も寂しくて。ずーっと、もふもふしてたかったのに。

 そんなときに美味しいものに出会えるなんて。

 幻のラーメン屋さんだよ、ここ。そうだよね。運命の出会いだよー。

 めっちゃ美味しいもん。

 空っぽになった胸にすぽって入ってく」


ももしおが感涙にむせぶ。よしとしよう。オレだって激レアの幻のラーメン屋に出くわしたのは感激している。

ただ「空っぽになった胸」とラーメンが入る腹はちげーから。


「シオリン、よかったね。

 ずーっと幻のラーメン屋さんのこと探してたもんね」


ねぎまがももしおの長い髪をシュシュで後ろに束ねた。ラーメンを食べ易いように。

自分の髪はいつの間にかまとめてある。


「すっげー、オレら。幻のラーメン屋に会うなんてな」


ミナトも嬉しそうに細麺をすすった。


豚骨スープもさいこー。


「替え玉お願いします」


ももしおが麺をおかわり。ミナトとオレまでサービスしてもらえた。

器を手にテーブルに戻ると、ねぎまが待っていた。


「ね、『Pは50(絵文字)にいるよ』も解決したね」


ぽってりとした厚めの唇は、ラーメンのスープでつやつやと輝く。


そう。カラコン男はP50という場所にいた。

『Pは50(絵文字)にいるよ』の「は」を入力ミスと言ってしまえば、LINEのメッセージはねぎまからももしおへ場所を知らせたものだと言い逃れできる。

カラコンやつけまつげを売るブースに女子高生がいるのはいかにも。カラコン男のブースは大盛況で人でごった返していたから、仮にビデオが近くにあったとしてもねぎま特定で探すのは難しいだろう。


そもそも、オレ達のことなんて探していない可能性の方が高い。


「よかったね。マイマイ」


ずびっとももしおが鼻水をすすった。


「鼻かめよ」


ついついお父さん的に注意してしまうオレ。

オレの注意と同時に、ねぎまはももしおにティッシュのパックを渡していた。


びーむびーむ


ももしおが鼻をかむ。


「ももしおちゃん、よかったね。後は株だけ?」


ミナトが慈愛に満ちた笑みを浮かべる。

すると、ももしおは箸を丼の上にいったん置いて、両手ともVサインをして突き出した。


「へっへっへっへー。

 もう米国債は売っちゃったの。なんとね、米国債のデフォルトがデマって分かって、一気にドル高に動いたの。ほら、米国債を買ったときって、国際的に不安定だったでしょ? そーゆーときって、スイスフランと円が高くなるんだよねー。

 イールドカーブもなにもかも吹っ飛ばしちゃうくらいドルがばーんと高くなったから、売って円に替えちゃった。がっぽり。ホントはアメリカの株にも手を出したいから、ドルで持っておきたいとこなんだけど、稼ぐんだったら円に替えるしかないじゃない? 宗哲君、感謝。米国債を買えばいいってアドバイスありがと」


「いーえー」


要するに、円高のときにドルで買ったものを円安で売ったら儲かったってこと?


「だけどね、中国にやられたって感じなの。だって、対中国の米国債デフォルトの噂で米国債がバーゲンセールになってたときって、中国はちゃっかり安くなった米国債を大量に買ってたの。誰もが中国が売ってるから安くなってるって思ってただけ。自国の国債が大量にどこに買われてるかなんて、アメリカが分からないはずないじゃない? つまりね、これはアメリカと中国のヤラセみたいなものってのが結論。世界中が振り回されたガセネタは、実はアメリカが中国に安く国債を売ってあげて、中国が米国債を買うって形で貢いでたってこと」


ももしおは念仏のように唱えた。興味なし。


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