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4話…寝不足の仕事部屋

「ヒナミ?隈ひどいんだけど、ちゃんと寝た?」

「……いえ」

「どうして?」

「……その」


カナンが首を傾げる。

ヒナミは少し言葉を考える。

しかし。


「……やっぱり言えません」

「言いかけてやめないでほしい」


ヒナミはカナンの様子を伺う。

イライラしていないように見える。


「……怒りませんか?」

「えっ、カナンのせいなの?」

「いえ!私が未熟なだけで!」

「じゃあ、何で?」

「……昨日、カナン様、その、……ベッド、の中に入られたでしょう?」

「うん」

「……その、……カナン様の残り香もあって、……寝れなくて……」


カナンを見ると、唖然としていた。

……無言の時間が気まずい。


「……初すぎる」

「……申し訳ございません」

「……えーと、今日のお仕事出来そう?」

「……頑張ります」


カナンは目を伏せる。

そして突然ぱっと顔を上げる。


「カナンもついてっていい?」

「……え?」

「今日のお仕事どういうのなの?眠そうだなーーーってタイミングに起こすよ」

「それは助かりますが、退屈しますよ」


男爵家の仕事は、ほとんどが仕事場のみで完結する。

ヒナミだって王都で男爵の仕事を学んだ後は、事務作業ばかりだった。

ノエルがリリアーナと結婚するため、ノエルにダンスを教えたこともあった。しかし普通それは社交界デビュー時に自然と身につくことであって、男爵の仕事では無い。


「そうだよね。男爵の仕事って事務作業ばかりだし」


カナンが説明していないのに、ヒナミがさっき考えていたことをそのまま言う。

どうして跡継ぎでもないカナンが知っているんだろう。

兄か姉が愚痴をこぼしたのだろうか。


「でも、ヒナミがそうなった原因がカナンにあるなら、ちょっとは責任取るよ!」


カナンは笑顔を見せてはりきっていたので、ヒナミはカナンを仕事部屋に連れていくことにした。


*


「おや、カナン殿。今日は男爵の仕事の見学かい?」

「お父様!」


離れで暮らしているはずの父上が現れる。

そういえば、同居初日に少し挨拶をしたきりだった。

カナンは笑顔で、父上のそばに行く。


「リヒター男爵!改めて、クラウス家とリヒター家の婚姻パーティのお礼を言わせてください。まだ婚約者では無い時分だったのにも関わらず、フェルナー家も招待してくださり、ありがとうございました」

「ノエルとリリアーナ嬢が決めたことだ。私の一存じゃない」

「ありがとうございます」

「それに何だ、その堅苦しい態度は」

「……え」


カナンの態度は目上の人にとる態度としては普通のはずだ。

カナンが何も言えないのが何よりの証明だ。


「まさかカナン殿は、私が社交界でのそなたの言動、何一つ知らないとでも?」

「……!」


まずい。お父様が怒ってらっしゃる。

冷ややかな視線。何度見たことか。

婚約者として庇わないといけないのに、ヒナミは上手く言葉が出ない。

ヒナミが1人で戸惑っていると、カナンは平然と言った。


「気にかけて下さりありがとうございます。実は緊張して、二重敬語にならないか心配だったんです。それにヒナミが、あっ、ヒナミ様が優しいことに甘えて、幼い頃と同じような態度を長年取り続けてしまって。お父様の耳に入っていたとは。大事な息子さんに無礼を働いてしまい、申し訳ございません」


カナンは頭を下げる。

カナンの言葉にリヒター男爵は少し沈黙した後、さっきまでの顔が嘘かのように笑顔を見せた。


「さすがフェルナー男爵家!よく教育されておる!顔を上げてくれ。カナン殿は確か12兄弟の末っ子であろう」

「まさかフェルナー家を褒めていただけるなんて思いませんでした。政略結婚で力をつけていたので、お嫌いかと」

「カナン殿は政略結婚になど興味無かろう」

「そうですね。私はヒナミ様ずっと一筋です」

「っ……!」


カナンの言葉に、ヒナミは赤くなった。

不意打ちすぎる。

まさか父上の前で、きっぱりと言われるとは思わなかった。

ヒナミのことは気にもかけず、2人は会話を続けていく。


「要領が悪い息子ですまんなぁ。見たら覚えるであろう男爵の仕事なのに、まさか王都で10年も勉強するとは」

「いえ。ヒナミ様も様々な知識と御学友を増やしたかったのでしょう。それにキャロル様もおりましたから、離れがたかったのかもしれませんね。お2人、とても仲がよろしいので。思わず嫉妬しちゃうくらいに」

「上手いのう。それで?2人はいつ結婚するのだ?カナン殿の賢さなら、リヒター家も安泰じゃろう」

「うーん……、そうですねぇ。……ヒナミ様が照れずに、私に好き、と仰ってくれれば、今すぐにでも」

「えっ」


リヒター男爵の視線が急にヒナミに向けられる。


「まさかヒナミ、言ったことが無いのか?」

「えっ、いやっ……」


言ったことあったか?

いや、言ってないはずが無い。多分。

必死に思い返すが――、確かに言ったこと無いかもしれない。

ヒナミは体温が少し下がるのを感じる。


「あ、それと聞いてください、お父様。ヒナミ様ったら未だに私に敬語で様付けなんですよ。私は今お父様とお話してるからですけど……。少し、寂しく感じてしまいます」


そう言ってカナンは目を伏せる。

カナンを寂しくさせていたなんて全く考えもしなかった。

カナンの言葉にますますリヒター男爵の目が厳しくなる。

まずい。この状況、かなりまずい。


「それでですね。せっかく用意してくださったノエル様のお部屋なのですが。ノエル様とは、婚姻パーティでようやくきちんと話した関係なんです。ノエル様がこの家に遊びに帰られることもあるだろうし……。私から言うのもはしたないとは思いますが、部屋を、……ヒナミ様と一緒にしていただく許しをいただけないでしょうか」

「えっ……!?」


カナンを見ると、手をぎゅっと握っていた。

……こんなカナンの仕草、見たことない。

ヒナミに対して堂々と自分の意見をぶつけていて、他の人相手にはいつもにこやかに笑っているのに。

父上は少し考えた後、信じられないことを言った。


「……そうだな。そのくらいしないとこの息子は何もしないだろうな。現状に甘えて、月日が経つのをただひたすら待つだけの息子だ。勉強の理解度を見ればすぐ分かる」

「えっ、待ってください、お父様!」


父上はヒナミの言葉が聞こえなかったかのように、カナンと話している。


「すまないな、カナン殿。すごく勇気の要る申し出であったのに」

「……いえ。ご配慮ありがとうございます」

「すぐに準備させよう。心配するな。リヒター家現当主としての命令だ。ヒナミの言うことは聞かんでいいとな」

「お待ちください、お父様!それだけはご勘弁を!」


ヒナミの反抗的な言葉に、父上は大きな声で叱りつける。


「何がご勘弁だ!男爵の仕事など本気を出せば1ヶ月もかからんと覚えられるだろう!ノエルがそうだったじゃないか!カナン殿を10年、いやそれ以上待たせてどの口が言う!」

「……っ!」


正論すぎて、ヒナミはそれ以上何も言えなかった。

ヒナミが言葉を失ったのを確認して、父上は部屋を出て行った。


「……ごめんねぇ、お父様に全部言っちゃって」


カナンの間延びした言い方に、ヒナミは思い当たった。

同居初日。「どうして同じ部屋じゃないの」と言ったカナンを。


「……もしかして、悪いと思っていませんか?」

「さすがに少しは咎められるとは思ったよ。でも、結婚の話が出たから、ちょっと頑張ってみた」


そう言ったカナンは昨夜と同じ顔で笑っていた。

可愛い。

だけど、ほんの僅かな間に、父上を味方につけてしまうなんて。

しかも同居初日にカナンが望んでいた同室を、リヒター家現当主の命令という形で――。

ヒナミは背筋をぞくりと震わせてしまった。

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