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3話…仕事終わりの出来事

「おかえり。お疲れ様」


男爵家当主の仕事を終えて部屋に戻ったヒナミは、カナンの声がしたことに驚く。

カナンはヒナミの部屋のベッドで、本を読んでいた。


「か、かかか、カナン様っ!?どうして……っ?」

「言ったでしょ。『敬語使ったり、様付けで呼んだりしたら、ヒナミのベッドの中に入って待ち伏せしてやる』って」

「あ、あれは無しになったのでは……?」

「そんな都合よく解釈しないでくれる?」

「……申し訳ございません」


やばいやばいやばいやばい。

ようやくカナンがリヒター家にいることに慣れてきたというのに。

カナンとベッド。

……いろいろ考えてしまって身体が熱くなる。


「まあいいや。それと、本を借りに来たの。ヒナミはどんなの読んでいるんだろうなーって思って」


カナンが話題を変えてくれたから、意識を違うところへ逸らすことが出来た。


「それはいいんですが、カナン様のお部屋にもありませんでした?」

「本?全部読んだよ」

「全部読んだ!?」

「うん」

「……読んだことある本ばかりだったのですか?」

「読んだことある本もあったけど。ところで、あの本の趣味って誰の?ヒナミじゃないよね?」

「……実はカナン様がいま使われてる部屋は、あの、……婿入りしたノエルの部屋のままでして……」

「ああ、なるほど」


父親にカナンのために家を建てたいと言ったらものすごく叱られた。

ノエルの部屋があるだろう。そこを使えと。


「さすがにベッドのシーツは新品ですので!」

「いや、その心配はしてなかった」

「……そうですか」


もしかして、カナンは思った以上に無頓着なのか。

もっとこう、可愛い猫やうさぎの模様に囲まれた生活を望んでるのだとばかり思っていた。


「本当は多分本の趣味的にもキャロルが合うんだろうなーとは思うんだけど」

「えっ、キャロル……ですか?」

「でも本読まなそうだよねー。跡継ぎ候補から降りたのなら、公用語の教科書も無いだろうし。こないだの社交界の時に許可貰ってないのに、勝手に部屋に入るのは失礼だなと思ってやめた」

「そうですか……」

「……嫉妬した?」

「どうしてですか?」

「……いや、ヒナミが嫉妬することないか」

「そうですね。カナン様とキャロルは仲良く話してるなーとは思いましたが」

「仲良く!?」


カナンの声が急に大きくなる。

どうしたんだろう?

そんなに変なことは言ってないはずなのに。


「違うんですか?」

「えっ、まあ……、……ヒナミのいないところで話が出来る程度には仲良いんじゃないかな」

「キャロルとも打ち解けられて良かったです」

「……」


カナンの反応があまり良くない。

間違ったことを言ってしまったか。

心配しすぎも良くないので、話題を戻すことにする。


「ところで何の本を読んでらっしゃるのですか?」

「本棚の右下にあった本。いま空いてるスペース」

「そうなんですね……。……えっ」


……確かここにあった本は……。

いや、記憶違いか……?


「どうしたの?」

「……本当に、ここにあった本ですか?」

「そうだよ、ほら」


カナンが本を閉じて表紙を見せてくる。

ヒナミの記憶通りの本だった。


「それ……、公用語で書かれてありましたよね」

「そうだね」

「……読めるのですか?」

「うん」

「……何で?」

「えっ?公用語なんて分かりやすいじゃん」

「……」

「……どうしたの?」


その本は王都で勉強していた時に買った本だ。

話題になっていたから、あらすじも見ずに衝動的に手に取ってしまった。

でも――。


「……実はその本、私には難しくて途中で読むのやめてしまった本なんです」

「そうなの?まあ、戦争ものだもんね。戦争知識が無いと作中の説明だけだと取っ掛りが難しいかも」


違う。本の内容が難しいのでは無く、王族に報告する書類でしか使わない公用語が難しいんだ。


「……そのようなジャンルの作品も読むのですね」

「うーん。腕がバーンって飛んだり、血がぶしゃあーってなったりする痛い本は読めないよ」

「……確かに痛そうですね、それは……」


つまり猟奇的なジャンル以外は読むってことだ。

カナンは誰もが憧れる、恋愛ものしか読まないと思っていた。


いやそれよりも、カナンが公用語が読めるなんて知らなかった。

カナンは五女。姉だけでも4人いる。それに加え、兄もいると聞く。

公用語など、この地域では王族に提出する報告書でしか使わないのに。

どこで勉強したんだ……。


「もしかして、気になる?」

「へっ?何が……」

「本の内容。読んであげよっか?」


一瞬、ヒナミの考えてることが分かってしまったのかと思った。

気の抜けた返事をしたことが少し恥ずかしい。


「そう……ですね。教えてください」

「じゃあ、はい」


カナンはベッドに入ったまま、横にずれる。

空いたベッドの場所を、ポンポンと軽く叩いた。


「……えっ!?」

「本。読んであげるから隣りおいでよ」

「えっ、えっ、いやっ……!」


顔が熱くなる。

いや、顔だけじゃない。

ヒナミは思わず後ずさりしてしまった。


「もう夜遅いから、読み聞かせしてあげる。ヒナミが寝落ちするまでちゃんと付き合うよ」

「……っ!」


見たことが無い笑顔のカナンにドキッとする。

馬車でも隣り同士は抵抗があったのに、それより狭いベッド……!?

馬車でさえもあれだけ騒いでキャロルに叱られ、使用人にも迷惑をかけたのに。


愛し合う男女がベッドで2人きり――。

そんな恋愛小説を何冊読んだだろう。

恋愛耐性が皆無だからこそ、考えが飛躍してしまう。

カナンにそのつもりが無くてもだ。

本の内容やカナンの言葉を聞き逃してしまう。


そう思ったヒナミは、なんとかカナンを自室へと帰らせることに成功した。

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