番外編…リヒター家の跡継ぎ候補
ヒナミ・リヒター 20歳。
キャロル・リヒター 19歳。
2人の関係性が大きく変わる。
「ヒナミ、キャロル。お前たちのうち、先に男児を授かった夫婦をリヒター家の次期当主にしようと思う」
「……!」
「はい、分かりました」
ちょっと待てちょっと待て。困る。それは非常に困る。
カナンの父親、フェルナー男爵は政略結婚で権力を得てきた人だ。
つまり、娘の結婚でさえも、メリットが無い相手とは結婚を許さないだろう。
フェルナー男爵にとってのメリットとは何だ?
――男爵家の次期当主内定が最低条件だろう。
でも、お父様が出した条件は?
先に男児を授かった夫婦?
そんな運とタイミングが絡む条件、「絶対当主になるので、カナン様を私にください」なんてフェルナー男爵に言えるわけが無い。
じゃあ、俺に出来ることはなんだ?
いまここで、リヒター家の次期当主になる条件を変えることだ!
「お待ちください!」
「何だ、ヒナミ」
「その、私には好意を寄せているご令嬢がいます!」
「!」
「……それがどうした」
冷ややかな視線だ。
でも、ここで怯む訳にはいけない。
「だから、その……。そのご令嬢のお父様は、私が男爵家の次期当主でなければ、おそらく結婚を許してくださらないと思います、だから……!」
「……それが、私に何の関係がある?」
「っ……」
「ヒナミ。人を愛するというのは良いことだ。だが、身分を考えよ。貴族に産まれたからには、家名を長く続くことを誉とせよ。出なければ、滅びるだけだ」
「……」
……どうしよう。正論だからこそ、何も言えない。
好きだから結婚させてください、で通用するのは平民だけだ。
いっそ平民であれば良かった。
でもそうしたら、相手は男爵家令嬢だ。出会ってすらいない。
「……。お父様、私、当主候補の座を降ります」
「!」
「何?」
隣りにいるキャロルが宣言する。
あいつは何が言いたいんだ?当主候補の座を降りる?
「私には愛する女性もいません。大事な場面で、お父様に対して反抗するなど、いままでのヒナミには無かったものです。その気持ち、汲みませんか?私にはその思いに賭ける価値があると思うのです」
「……しかし」
……お父様が押されている?
考え方を変えようとしている。
「それに、考えてもみてください。私、勉強さっぱり出来ませんよ?」
「……!!!!」
「私がリヒター家を継いでしまったら、私の代で終わりませんか?」
す、捨て身すぎる……!
キャロル、お前、それは捨て身すぎないか!?
お父様も開いた口が塞がってないぞ!?
「……うーむ。……ヒナミ、その令嬢とは誰だ」
「!フェルナー男爵の五女、カナン・フェルナーです」
「フェルナー男爵か……。うーむ……」
悩んでいる……。お父様が、ご自分の考えを変えようとしている。
ヒナミは頭を下げる。
「お願いします!お父様!私には、私には、カナン様以外、考えられないのです!」
「……」
しばらく沈黙が続く。
――そして。
「必ず、フェルナー男爵を納得させるように」
「……!はい、ありがとうございます!」
「だがしかし、お前が次期当主として見込みが無いと判断した時には……、分かっているな?」
「はい!ありがとうございます!」
*
「だから?それが弟を大事にする理由?」
「えっ、納得できませんか?」
「だって実際まだ認められてないんでしょ、お父様に!」
「……!」
な、何にも言えない……。
カナン様が正しくて何にも言えない……。
「それに、『カナンのことずっと見てる』って言ったのに」
「見てます、見てますよ。だからこうして……」
「社交界の時にしか会いにこないくせに、何が『カナンのことずっと見てる』よ、嘘つき!」
「えっ、そ、それは……、あの、当主としての勉強を、ですね……」
「カナンとの約束を守れず、何が勉強よ!嘘つき!」
カナンは思いっきりヒナミの頬を平手打ちした。
パァンッという乾いた音は、社交場に響き渡った。
状況を見ていた周りの令嬢や子息は、2人を見守り息を飲む。
「ばいばい、ヒナミ。もう今日は話しかけて来ないで」
「えっ、待って、カナン様、待ってください!」
冷たくされても、カナンを一生懸命追いかけるヒナミが、大きな犬に見えた――。そう語った令嬢がいたとか。
そして――。
……俺、あんなのの義理の弟になるのか?
キャロルは自分の言葉を後悔し、頭を抱えた。




