2話…婚約後の社交界
「お前が家に帰ってるの忘れてて、乗り遅れそうになった」
「前の社交界でも似たようなこと言ってなかったか?」
「……10年長いな」
「そうだな」
そう言って、ヒナミとキャロルは笑い合う。
それを見つめる視線にキャロルは気づいた。
ヒナミが社交界の準備のために席をはずすと、視線の主はにこやかな顔でキャロルに近づいてきた。
「キャロルおかえりー!長旅お疲れ様!」
「……そうか。フェルナー男爵令嬢と婚約したんだったか」
「そうだよー。改めまして、カナン・フェルナーです」
「よろしくしたくない」
「えっ」
ノエルの婚姻パーティを見て思った。
こいつ――、カナンは社交界の時とあまりにも違いすぎる。
社交界でヒナミと話しているとき、たいてい機嫌悪く怒っている。
でも、先日のノエルの婚姻パーティや今は、別人のようににこにこ笑っていた。
人によって態度が違っているんだ。
信用出来ない。
「お前が義理の姉になるなんて最悪すぎる」
「……えっ、ひどーい。どうしてそんなこと言うの?」
ほら。社交界でのこいつならブチギレてもおかしくない言葉なのに。
「癇癪持ちの我儘令嬢、実家が最悪すぎる、極めつけは俺より年下。理由にならないか?」
「……それ、ヒナミには言ってるの?」
「言うわけないだろ」
「どうして」
キャロルは少し考えて言葉を選ぶ。
「……あいつは次期当主だ。そしてその次期当主に推したのは俺だ。あいつの決定に文句は言わない」
「そう。なら」
「でもお前は、あいつじゃないだろ」
カナンは呆気にとられた顔をする。
口元は笑っているが、目は笑っていなかった。
「……そう。カナンには文句言うんだ。カナンがヒナミに伝えるとは思わないの?」
「お前が伝えるわけがない。ヒナミが悲しむからな」
「……なるほどー」
底が読めない。何が「なるほど」だ。
ヒナミの悲しむ顔を見たくないとは思っているのか?
社交界という人前でよくヒナミに怒っているのに。
ヒナミが戻ってきたので、カナンの面倒は任せることにする。
しばらくの間、社交界以外の馬車の中でもカナンの我儘を聞くヒナミを見ると思うとうんざりしてしまう。
キャロルは社交界の準備をするために、自室へ行った。
*
「ヒナミ。もっと寄って。隣り座れない」
「えっ……!?む、無理」
「はぁっ!?」
……何言ってんだ、ヒナミは。
20年間好きでいた相手が隣りに座ろうとするんだぞ。
喜んで舞い上がるところじゃないのか?
いや、実の兄のデレデレした顔も見たくないが。
「キャロルの隣りに座ってください。というか2人で馬車に乗ってください!私は別の馬車で行きますので!」
「何で婚約者なのに別々で行こうとするのよ!意味分かんない!別にするならキャロルでしょう!?」
……社交界だけでなくここでも痴話喧嘩見るのか。
いや、ヒナミの言い分が今回間違っているから、社交界と違うと言われたら違うが。
「ヒナミ、いい加減にしろ。こいつの隣りに座らないと、今日1日機嫌最悪になる。それとも、『機嫌が悪いカナン様も可愛い』か?」
「えっ……まぁ、確かにカナン様はいつも可愛らしいけど」
「惚気を聞きたいわけじゃない。お前らの痴話喧嘩に俺を巻き込むなって言ってる」
「……ごめん」
そう言ってヒナミは馬車の1番奥、壁際にひっつくようにして乗った。
早くそうしろ、早く。
「あの、キャロル様……」
「何?」
もう1人の御者担当の使用人が遠慮がちに声をかけてくる。
「馬車もう1台要りますか……?あの、……ヒナミ様とカナン様のお声が聞こえまして……」
「……必要無い」
「失礼致しました」
キャロルはヒナミとカナンを睨みつけて言う。
「お前ら、声が大きすぎる。もう夜だぞ。使用人に必要以上に迷惑かけるな」
「だよね、ごめん」
「……ごめん」
ヒナミってカナンが関わったらこんなにひどいのか?
カナンと関わるのは社交界だけだから、気づかなかった。
それにしても、やっぱりカナンは態度が違う。
ヒナミ相手なら言い返してくるのに。
キャロルがそばにいると、カナンはどうも少ししおらしい。
痴話喧嘩を間近で見たくないが、今夜の社交界はヒナミのそばにいてやるか。
ため息を1つつき、キャロルはヒナミとカナンに向き合うように馬車に乗った。
*
「何か喋って」
「……今日も良い天気ですね」
「もう夜だし、室内だけど」
「……」
「嘘でしょ、カナンと喋りたいことないの!?」
「今日も可愛らしいですね」
「ちょっと!さすがに騙されないんだけど!」
「本音を言っただけです!」
あいつら普通に会話出来ないのか……?
キャロルは少し離れた所で、ヒナミとカナンの会話を聞いていた。
おかしい。こんなにヒナミはポンコツじゃ無かったはずだ。
いや、3ヶ月に1回しか社交界が無かったから、久しぶりにカナンに会える喜びでなんとかなっていただけなのか?
社交界に来たばかりなのに、もう疲れた気分だ。
キャロルは用意されていた飲み物を手に取る。
名前を知らない令嬢何人かが話しかけてきた。
「あの……キャロル様。何というか……ヒナミ様とカナン様の様子がいつもと違うようなのですが……」
「あの2人、ようやく婚約したんですよ」
ザワッと社交場の雰囲気が変わる。
……そんなに大きな声を出していないはずだが。
ヒナミとカナンは、この地域の社交界名物カップル。注目を集めているためか。
「いま同じ屋根の下で住んでるもんだから、わざわざ社交界に来てまで話すことないんです。だったら来なかったらいいのに」
「いえ……!来てくれないと寂しいですから!」
キャロルが談笑をしていると、20歳ほどの令嬢がヒナミとカナンに近づいてくる。
誰だ……?
カナンの癇癪がひどすぎて、遠巻きに見るものは多くても、近づく令嬢や子息はいないのに。
「あ、あの、ヒナミ様」
「あなたは確か……」
ヒナミも誰か分かっていないらしい。
仮にも男爵家次期当主。人の名前を覚えるのは得意なのに。
「こんばんはー!ユーリス男爵令嬢、ですよね」
「えっ?……はい、そうです」
カナンは知ってるのか。
でも、相手――、ユーリス男爵令嬢は少し戸惑っているように見える。
ヒナミはそれに気づかないのか、会話を続ける。
「あぁ、そうでしたか。えっと、私に何か?」
「あの、お2人が婚約をなされたと聞いて……」
「わー!わざわざお祝いに来てくれたんですかー!ありがとうございますー!」
「ありがとうございます」
「……えっと、その……」
令嬢が言葉に詰まる。
……まさか、この令嬢。
「ごめんなさい。カナン誤解してたかもー」
「……誤解?」
「うん。婚約したのなら、最後のチャンスだと思って、ヒナミと踊りに来たんだと思っちゃったー」
「……っ!!」
令嬢が息を呑む。図星のようだ。
分かりやすい。
「カナン様。彼女はお祝いに来てくれただけですよ」
「何で今日初対面の名前を知らない女の味方するのよ!知らない!2人で踊れば!?」
「カナン様っ!」
カナンはそう癇癪を起こすと、ヒナミから離れていった。
……今のはヒナミが悪い。
誰から見ても、あの令嬢はヒナミと踊りに来ていた。
まさかカナンにあんなふうに言われるとは令嬢も思いも寄らなかっただろう。
「申し訳ございません。失礼します」
ヒナミは令嬢に一礼してカナンを追いかけようとする。
それを令嬢は、ヒナミの服を掴み、呼び止めた。
「あっ、あのっ……!私、……あなたと踊りたい……!」
「私は彼女目当てで来ているので無理です!」
「えっ……」
令嬢はショックで手を離す。
ヒナミは振り返らず、カナンを追いかけて行ってしまった。
もっと他に良い断り文句があるだろう!
令嬢は呆然としているようだった。
キャロルはため息をつき、令嬢に話しかける。
「兄が失礼しました。弟、キャロル・リヒターでよろしければ1曲踊っていただけますか?」
「……はい!」
あ、この令嬢、顔が良ければ誰でもいいな。
だったら相手がいる子息じゃなく、1人でいる子息に声を掛けろ。面倒事を起こすな。
断られたばかりだというのに、晴れやかな令嬢の笑顔を見て、キャロルはそう思ってしまった。
1曲踊り終わると、令嬢はお礼を言って、その場を後にした。
令嬢がいなくなると、すぐさままた違う令嬢たちがキャロルに話しかけてくる。
「素敵ですね!キャロル様!ヒナミ様を咄嗟にフォローするなんて」
「ヒナミ様も言葉を間違われることあるのね」
「……ヒナミ、いえ、兄はかなりポンコツですよ」
「えっ?」
きょとんとした顔になる令嬢たちに、キャロルは少しおかしくなる。
「フェルナー男爵令嬢としかほとんど話さないから気づきにくいだけです。確かに兄弟の中では勉強してる分、優秀ですが」
「ま、まぁ、そうなんですの……」
「それにノエル、……弟がかなり失言する方だったでしょ。あれと同じです」
「は、はぁ……」
多分、多分だけど、ヒナミは勉強をしていなかったら1番兄弟の中で出来が悪い。
人の感情の機微が読み取れないってのが1番まずい。
ノエルなら相手の反応を見て失言だったと気づく。
ヒナミはおそらく気づかない。
「けど、リヒター家の長男が失言するのと、三男が失言するのとはまた別でしょ?弟の失言まではフォロー出来ません。俺が2人いれば別ですが」
「まぁ、ご冗談がお上手だこと」
ヒナミの失言をフォローしたのは今回が初めてだが。
キャロルはまた飲み物を手に取り、社交場での談笑を続けた。
*
「キャロルって誰目当てで社交界来てるの?」
「……は?」
帰りの馬車の中でカナンが訊ねる。
行きとは違い、ヒナミとカナンは普通に座っていた。
「だって、服も新調することもあるでしょ?というか、王都の社交界って、春夏だと毎日開かれるんでしょー?」
「……王都のは参加したことないです」
「俺も」
ヒナミが会話に参加するな。
いや、参加してもいいが、このタイミングじゃない。
「ヒナミが参加してたら許さないよ」
「……分かっております」
ほら、怒られた。
何で言ったらまずいことが分からないのだろう。
カナンは調子を戻して訊ね直す。
「なら、こっちに戻ってきてまで、社交界に出る理由って何だろうと思って。最終的にリヒター家に住むつもりならまだしも、騎士団に所属ってことは住むのは王都なんでしょ?」
「……そうですね」
「何で?」
「……あなたに言う必要ありますか?」
「義理の姉になるんだから、知ってもいいんじゃない?ねぇ、ヒナミも気になるよね?」
「まあ……」
「……」
カナンだけなら適当に言葉を濁すが、ヒナミも聞いている。
ヒナミは王都で勉強していたとき、カナンに会うために社交界の度に戻っていた。
それにキャロルもついていった。
その理由が使えていたが、前回の社交界からこの言い訳は使えない。
仕方なくキャロルは正直に言うことにした。
「……何かの間違いでもいいので、会いたいと思う令嬢がいるからです」
「えっ?」
カナンからの反応が無い。
狙い通りの言葉じゃなかったか。
「でもヒナミが意外と失言してるって分かったからお前が出るうちは戻ってこようかな」
「……悪かったって」
「……」
カナンを見ると、口元だけが笑って目だけ笑っていなかった。
*
リヒター家に戻ると日付が変わっていた。
馬車から降りると、それぞれ自室へと戻ろうとする。
キャロルはカナンを呼び止めた。
「ところでお前」
「なに?」
「ヒナミに声をかけた令嬢は知り合いか?」
「ユーリス男爵令嬢?ううん。初めましてさんだよ」
「どうして名前を知っていた」
ヒナミもキャロルも名前を知らなかった。
じゃあ、フェルナー家関連かとも思っていたが、令嬢の様子を見るにそれも違う。
じゃあ一体なぜ。
カナンは「えー?」とキャロルが嫌いな人当たりの良さそうな声の調子で言った後。
「……だってあいつ、社交界の度にヒナミをチラチラ見てたから」
「……!」
キャロルの鼓動が跳ね上がる。
……ヒナミ、お前、とんでもない奴を婚約者にしてしまったな。
チラチラ見てた。
それだけで名前を知ろうとするのだろうか。
そもそも相手の令嬢に気づかれないまま、名前が分かるのか。
カナンは取り繕ったような笑顔を見せる。
「キャロルは明日の朝に発つんだよね。騎士団の仕事頑張ってね」
そう言ってカナンは振り返らず、自室へと戻って行った。




