第9話うさぎはスピード違反する。
ここは不思議な世界です。
嘘ではありません!
第1章「名無しの王女」
数日後。
森の中。
石畳の街道。
鹿のような生き物が、森の奥からゆっくり姿を現した。
細い脚。
灰色の毛並み。
だが頭部には枝分かれした角ではなく、捻じれた木の根みたいな黒い突起が生えている。
その生き物は警戒しながら石畳へ近づくと、隙間から生えた草を食べ始めた。
静かな森。
風が木々を揺らす音。
遠くの鳥の鳴き声。
その時だった。
ぴくり。
鹿もどきの耳が細かく震える。
何かを感じ取ったように顔を上げた。
森の奥。
石畳の先。
遠くから。
低い唸り声のような音が響いていた。
ゴォォォォ……。
獣の咆哮にも似た重低音。
鹿もどきは草を食べるのをやめ、一歩後ろへ下がる。
音はさらに近づいてくる。
どんどん。
どんどん。
木々が震える。
地面が微かに揺れる。
そして。
石畳の先から。
白と黒の猛獣が飛び出した。
爆音。
咆哮。
石畳を削るタイヤ音。
鉄の獣は狂ったような速度で森を駆け抜ける。
低く構えた車体。
鋭い眼光みたいな前照灯。
獲物へ飛びかかる直前の肉食獣みたいな威圧感。
鹿もどきは悲鳴のような鳴き声を上げ、森の奥へ逃げ去った。
猛獣は止まらない。
森を裂き。
風を引きちぎり。
石畳の上を暴走していく。
その透明な膜の内側。
改造されたチャイルドシートへ座るうさぎが、必死の形相で前足を動かしていた。
「うおおおおおおお!!」
ガガガッ!!
高速シフトダウン。
エンジンが唸る。
急カーブ。
普通なら曲がり切れない角度。
だが猛獣は滑るように曲がる。
白煙。
タイヤ痕。
爆音。
森へ轟音が響き渡る。
「いやっほぉぉぉぉぉ!!」
完全にテンションがおかしくなっていた。
◇
数日前。
優兎は気づいた。
足が届かないなら。
届くように改造すればいい。
そして。
あの妙に何でも売ってる店で材料を集め。
学園の工作室を漁り。
完成した。
うさぎ専用運転席。
チャイルドシート。
延長ペダル。
クッション。
固定ベルト。
努力と勢いの結晶だった。
「人間ってやれば出来るんだなぁ!」
うさぎだけど。
◇
猛獣は街道を駆ける。
荷台には大量の食料。
缶詰。
米。
水。
カレールー。
タバコ。
その他諸々。
完全に世紀末の買い出しだった。
「次の街こそ人が居るといいんだけどなぁ……」
優兎は少しだけ真顔になる。
これまで。
いくつもの街を見た。
村も。
城も。
全部。
廃墟だった。
◇
井戸には桶が落ちたまま。
洗濯物は風に揺れ。
食卓には食べかけの料理。
開いたままの本。
途中で止まった生活。
なのに。
人だけが居ない。
◇
大きな城のある都市にも行った。
だが。
そこも空っぽだった。
城内は伽藍堂。
歴史資料らしき本は大量にあった。
だが。
「なんで恋愛話しか書いてねぇんだよ……」
王家の婚姻。
誰と誰が結ばれた。
舞踏会。
恋愛。
婚約。
恋愛。
恋愛。
「国の歴史どこだよ」
頭を抱えた。
女神。
絶対まともじゃない。
◇
「……」
優兎はアクセルを踏む。
猛獣が唸る。
だが。
心の奥に少しだけ不安があった。
もしかして。
この世界。
本当に。
誰も居ないんじゃないか。
◇
それでも。
うさぎは止まらない。
白と黒の猛獣と共に道を駆ける。
その時だった。
「……ん?」
前方。
石畳の先。
何か居る。
動物?
いや。
違う。
「人……?」
さらに近づく。
「女!?」
優兎の目が見開く。
「やっべぇ!!」
急ブレーキ。
だが。
猛獣は暴れ出す。
タイヤが悲鳴を上げる。
車体が回転。
「うわあああああああ!!」
スピン。
視界が回る。
そして。
真正面。
女性と目が合った。
衝撃―――は無い。
「……え?」
優兎は恐る恐る目を開く。
通り過ぎている。
「あれ……止まれた?」
バックミラーを見る。
人影。
倒れていた。
「あ」
青ざめる。
「や、やっちまった!?」
慌てて車を降りる。
近づく。
そして。
「……は?」
地面に。
女性が半分埋まっていた。
腰辺りまで石畳へ沈んでいる。
「だ、大丈夫か!?」
返事は無い。
優兎の顔色が変わる。
その瞬間。
「うわぁ、ビックリしました!」
女性がすっと立ち上がった。
「いきなりだったので驚きました」
「む、無傷……?」
怪我一つ無い。
服も汚れていない。
先程まで地面へ埋まっていたとは思えないほど綺麗だった。
年齢は十代後半くらい。
長い髪。
整った顔立ち。
かなりの美少女。
だが。
優兎の脳は混乱していた。
「け、怪我無くて良かったよ……」
「あら?」
女性は不思議そうに首を傾げる。
そして。
優兎を見る。
「先程の声は、うさぎさんだったのですか?」
驚いたような表情。
「あ、あぁそうだ」
女性はにこりと笑った。
「初めまして。私は―――王国、第3王女。国王―――の娘、―――・―――・―――と申します」
「え?」
聞き取れない。
いや。
日本語なのは分かる。
頭は理解している。
なのに。
意味が認識出来ない。
「し、失礼ですが……国名をもう一度聞かせてもらっても?」
「―――王国です」
「……」
分からない。
異世界語じゃない。
音が壊れているみたいだった。
◇
「なんとお呼びすれば?」
「私の事は―――と、家族からは―――なんて呼ばれております」
にこやかに答える女性。
だが。
やっぱり分からない。
(なんなんだこれ……)
優兎は内心で冷や汗を流す。
◇
「うさぎさんは、どちらへ向かわれていたのですか?」
「え? いや……」
少し考える。
「特に決めてないんだ。ただ、人のいる場所を探して旅してた」
嘘ではない。
女性は少し安心したように微笑んだ。
「実は私も、この先の街へ視察へ向かっていたのです」
「ですが、この先は魔物も出る危険地帯でして……」
一拍。
「初対面の方へお願いするのは心苦しいのですが、護衛をお願い出来ないでしょうか?」
「……は?」
優兎の脳が止まる。
(なんのイベントだこれ?)
乙女ゲーム?
いや違う。
なんか別のゲーム混ざってないか?
ギャルゲー?
RPG?
戦略ゲーム?
チュートリアル感が凄い。
「……?」
女性が不思議そうに首を傾げる。
「あ、いや!」
優兎は慌てて取り繕った。
「こちらこそ、道案内してくれるなら助かるよ! 護衛の件、引き受けます!」
とりあえず。
話を合わせる。
情報を集めないと。
何も分からない。
―――続く
小言みたいな話
第1章の裏テーマ
「異世界転生無自覚風無双ハーレムイケメン主人公なんて喰れて死ね」
――です。




