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『バグったうさぎを修正できません』 ――ブラック企業の天使がヤケクソで転生させた結果――  作者: 島ながぁ
第一章︰名無しの王女

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第10話●

『休憩時間』


 世界管理局総合修正処理室。


 そこは今日も地獄だった。


 鳴り止まない警告音。


 無数のモニター。


 積み上がる修正申請。


 机に突っ伏したまま動かない職員。


 虚ろな目でキーボードを叩き続ける天使たち。


 誰も笑わない。


 誰も会話しない。


 空気は重く、乾き、どこか焦げ臭かった。


 その一角。


 世界管理局異常修正担当、真白(マシロ)は、死んだ目で画面を見続けていた。


「……」


 モニターには第6世界の情報が並んでいる。


 画面端で赤い警告表示が明滅していた。


――――――――――

制御不能個体

修正不可

干渉拒否

世界汚染率:微増

――――――――――


「ぅぅ……」


 マシロは乾いた声を漏らした。


 数日前。


 勢いで転生させた。


 正確には、半分やけくそだった。


 もうどうでもよくなっていた。


 だが。


「なんで……こんな事に……」


 モニターに映るのは。


 食堂でカレーを作る白いうさぎ。


「……何してるんですかあの人」


 制御不能個体。


 世界法則に干渉。


 修正不能。


 危険度最高クラス。


 なのに。


 やってる事はカレー作りだった。


 しかも美味そう。


「……」


 ぐぅ。


 お腹が鳴った。


 マシロは無表情のまま机の引き出しを開ける。


 何も無い。


 閉める。


 再び開ける。


 やっぱり何も無い。


「……」


 そこで不意に声が飛んだ。


「マシロォー。十五分休憩入ってー」


「……はい」


 反射的に返事をする。


 立ち上がる。


 ふらつく。


 隣の職員が自然な動作で肩を支えた。


 誰も気にしない。


 日常だった。


 休憩室。


 自動販売機が並ぶだけの狭い空間。


 マシロはブラックコーヒーのボタンを押した。


 ガコン。


 缶を取る。


 冷たい。


「……」


 ソファへ座る。


 そこで初めて、ほんの少しだけ表情が緩んだ。


 コーヒーを開ける。


 苦い香り。


 ふと。


 視界の端に古い端末が映る。


 待受画面。


 一匹の犬。


 茶色と白の毛の短い大型犬だった。


 筋肉質で厳つい顔。


 だが笑っているような目。


「……」


 マシロは無意識に画面を撫でた。


 その時。


「あー、その犬」


 別の職員が缶ジュースを片手に声を掛けてきた。


「前に女神様に削除されたやつだっけ?」


「……はい」


「臭いって理由で消されるの可哀想だったよねー」


 軽い口調。


 悪気はない。


 この職場では。


 国が消えるのも。


 文明が滅ぶのも。


 犬が削除されるのも。


 全部“処理対象”だった。


「……」


 マシロは黙っていた。


 少しだけ。


 缶が凹む。


 だが、それだけだった。


 感情を出す気力すら、もう残っていない。


 視線がぼやける。


 不意に。


 記憶が混ざった。


『真白!』


 白いドレス。


 笑い声。


 拍手。


『寿退社おめでとー!』


 薬指の指輪。


 花束。


 笑う自分。


 幸せだった。


 本当に。


 少し前までは。


 次の瞬間。


 画面。


――――――――――

退職申請:却下

婚約契約:破棄

理由:業務都合

――――――――――


 女神。


『人手足りないし』


 それだけ。


 たったそれだけだった。


「……」


 記憶が途切れる。


 マシロはぼんやりとコーヒーを飲んだ。


 苦い。


 でも味はほとんど分からない。


 さらに別の記憶。


 老犬。


 弱った足。


 寝転がる姿。


 頭を撫でる自分。


『よしよし』


 尻尾を振る犬。


 その次の日。


 犬はいなくなった。


 女神が消した。


『なんか臭かったから』


 理由はそれだけだった。


「……」


 マシロは目を閉じる。


 空っぽだった。


 涙も出ない。


 怒りも湧かない。


 もう。


 壊れる所まで壊れてしまっていた。


 そこで不意に。


 うさぎの顔が脳裏をよぎる。


『ブラック過ぎん?』


 少し呆れた声。


『死にかけにすがるほど!?』


 変な人だった。


 普通なら。


 あんな状況で他人を心配したりしない。


 マシロは小さく息を吐く。


「……変な人でしたね」


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 笑った。


 そして。


 ぽつりと呟く。


「……弟がいた気がするんですよね」


「え?」


 隣の職員が聞き返す。


 マシロ自身も目を瞬かせた。


「……あれ?」


 なんでそんな事を言ったんだろう。


 思い出せない。


 家族。


 弟。


 そんな記憶。


 あっただろうか。


「……疲れてるのかな」


 頭がぼんやりする。


 その時。


 休憩終了のアラームが鳴った。


 マシロの表情が消える。


 立ち上がる。


 空になったコーヒー缶を捨てる。


 そして。







 再び地獄へ戻る。


マシロは無言で画面を見つめる。


 監視映像。


 第6世界。


 食堂のテーブル。


 白いうさぎ。


 光る米。


 カレー。


「……」


 制御不能個体。


 世界法則に干渉。


 修正不能。


 危険度最高クラス。


 なのに。


「……何してるんですかあの人」


 普通に食事していた。


 しかも美味そうだった。


 うさぎはスプーンを咥えたまま何か考え込み。


 突然。


 おかわりをよそい始めた。


「……食べ過ぎでは」


 その瞬間。


 警告音。


 ピィィィィィ―――ッ!!


 モニターが赤く染まる。


――――――――――

第6世界整合性異常

未知の反応を検知

――――――――――


「……え?」


 マシロの目が少し開く。


 画面端。


 映像が乱れた。


 砂嵐のようなノイズ。


 バチバチと弾ける画面。


 一瞬だけ。


 黒い何かが映る。


 影。


 塊。


 人影にも。


 獣にも見える。


 だが。


 次の瞬間には消えていた。


「……?」


 マシロは目を擦る。


 もう一度確認する。


 映像は正常。


 うさぎはカレーを食べていた。


「……疲れてるのかな」


 連日の残業。


 睡眠不足。


 栄養不足。


 幻覚くらい見えてもおかしくない。


 そう思い。


 ログを開こうとした。


 その時だった。


 部署全体が静まり返る。


「……」


「……」


「……」


 誰も喋らない。


 キーボードを叩く音すら止まる。


 異様な沈黙。


 マシロはゆっくり顔を上げた。


 誰かが小さく呟く。


「……来た」


 カツ。


 カツ。


 カツ。


 遠くから響く足音。


 ハイヒール。


 近付いてくる。


 マシロの顔から血の気が引いた。


「……ぁ」


 職員達が一斉にモニターへ向き直る。


 全員。


 背筋だけ異様に伸びていた。


 カツ。


 カツ。


 カツ。


 音が近付く度。


 空気が重くなる。


 胃が縮むような圧迫感。


 マシロの指が震えた。


 視線が無意識に第6世界の画面へ向く。


 赤い警告表示。


――――――――――

世界整合性異常

制御不能個体活動中

――――――――――


「……っ」


 やばい。


 そう思った瞬間。


 部署入口の自動扉が開き始めた。


 そして。 


―――続く。

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