第64話うさぎと飛び出すメニュー
乙女ゲーム王国
外縁都市・宿屋併設食堂
夕方。
外の街路は夕日に染まり、石畳には花びらが舞っていた。
どこから飛んでくるのか分からない花びらだ。
うさぎ達は宿屋の一階にある食堂へと降りてきた。
木造の落ち着いた内装――のはずなのに、壁には謎にキラキラした装飾、天井にはシャンデリア、店員達はやたら姿勢が良い。
そして何より。
客が全員、美形だった。
うさぎ「圧がすげぇ……」
マシロ「顔面偏差値高すぎて逆に疲れるわね」
マオ「見られてる気がするんだけど……」
三人は丸テーブルへ座る。
店員が笑顔でメニューを持ってきた。
店員「ご注文がお決まりになりましたら――」
ドサッ。
置かれたメニューが重い。
うさぎ「……辞書?」
分厚い。
異様に分厚い。
しかも表紙には銀色の箔押しで、
『恋と運命が交差する星彩の晩餐メニュー』
とか書いてある。
うさぎ「嫌な予感しかしねぇ」
恐る恐る開く。
――ボンッ!
飛び出す絵本だった。
うさぎ「うわっ!」
立体的なハートや薔薇が飛び出し、ページをめくる度にキラキラとラメが舞う。
マシロ「凝ってんなぁ……」
マオ「無駄に技術力高いわね……」
メニューを見る。
うさぎ「……なんだこれ」
料理名が長い。
長すぎる。
『黄昏色に染まる君と僕の運命的再会を祝福する情熱の煮込みシチュー〜永遠を添えて〜』
『孤独な黒騎士が秘めたる想いを月へ捧げる濃厚クリームパスタ〜涙の数だけチーズ増量〜』
うさぎ「料理名だけで腹いっぱいなんだが?」
マオ「もはやポエムよね」
マシロ「文字数で金取ってる?」
うさぎは頭を抱えた。
うさぎ「どれが何味なのか分かんねぇよ……」
とりあえず店員を呼ぼうとした、その瞬間。
店員「お待たせしまし――きゃっ!」
ズシャアアアア!!
何もない場所で盛大に転び、運んでいた水が全部うさぎへ直撃した。
うさぎ「つめたっ!?」
全身びしょ濡れ。
食堂が静まり返る。
……かと思ったら。
客A「おお……」
客B「羨ましい……」
客C「俺もかけられたい……」
うさぎ「なんでだよ」
うさぎは一瞬で察した。
あ、これそういう国だ。
諦めた顔になる。
うさぎ「……これってどんな料理? あとタオルちょうだい」
店員「は、はいっ!す、すぐに!」
顔を真っ赤にした女性店員は慌てて走っていった。
マシロ「順応早いわねぇ」
うさぎ「もう抗う気力もねぇよ……」
マシロはメニューを閉じ、手を上げた。
マシロ「とりあえず酒!」
マオ「まだ早いわよ」
マシロ「いいじゃない」
マオ「先に食べたいの」
マオは真面目にメニューを読み込んでいる。
マシロ「食べながら飲めばいいのよ」
マオ「太るわよ?」
マシロ「うっ」
痛恨。
マシロはしぶしぶメニューへ視線を戻した。
うさぎ「二人とも仲良いんだな」
マシロ「まぁ同期だし」
マオ「腐れ縁みたいなもんよ」
うさぎ「へぇ」
そんな会話をしていると、先程の店員が戻ってきた。
タオルを差し出してくる。
うさぎ「ん?」
ピンク色。
しかも端っこに可愛い刺繍。
『ミリア』
って名前入り。
うさぎ「これ絶対私物だろ」
店員「き、気にしないでください!」
うさぎ「ん、あんがとさん」
うさぎは素直に礼を言い、頭を拭く。
その瞬間。
ふわっ――
花びらが舞った。
店員「……っ」
頬を赤く染める店員。
背景がキラキラしている。
うさぎ「……あ、そうだった」
店員「は、はいっ!」
うさぎ「この料理、結局なんなん?」
パリン。
そんな効果音が聞こえた気がした。
キラキラ空間が消滅。
花びらがどこかへ飛んでいく。
店員「あ……あれ?」
一瞬ぽかんとした後、慌ててメニューを開いた。
店員「え、ええとですね!こちらはクリームシチューで、こちらが魚介パスタになります!」
うさぎ「最初からそう書け」
マオ「本当にそう」
マシロ「長文タイトル文化滅びろ」
三人は疲れた顔で注文を決め始めた。
マシロ「あたしはこれとこれ……あと酒」
マオ「私は“ようこそ月明かりのダンサーと秘密のワルツへ〜以下略〜”と、“水色の月と黒のタクトが奏でる永遠の愛〜以下略〜”をお願い」
うさぎ「だから名前が意味不明なんだよ!」
店員「か、かしこまりました!では復唱いたします!」
うさぎ「あっやめ――」
店員は深呼吸した。
店員「“ようこそ月明かりのダンサーと秘密のワルツへ〜星降る夜の二人きりクリームソース添え〜”、そして“水色の月と黒のタクトが奏でる永遠の愛〜海鮮仕立ての奇跡のハーモニー〜”、さらに――」
数分後。
店員は顔を真っ赤にしながら呪文のような全メニュー名を唱え切った。
うさぎ達は魂が抜けた顔をしていた。
うさぎ「……帰りてぇ」
マシロ「酸欠なるわこんなん」
マオ「この国やっぱりおかしいわよ……」
店員「ご、ご注文……以上で……」
バタッ。
店員はその場に倒れた。
うさぎ「店員が注文で倒れる店初めて見たぞ……」
―――続く




