第62話うさぎと花びらと潮風
潮風の吹く浜辺。
白い飛空船《偉大なるうさぎ様号》の影が砂浜に落ちていた。
その近くでは、スポーツカー型警備車両とピンク色の近未来バイクが停車している。
王国へ入る前の休憩。
少し早い昼食だった。
「できたぞー」
うさぎが鍋を持って戻ってくる。
湯気と共に漂う香辛料の香り。
マシロ「うわ、いい匂い」
マオ「……案外ちゃんとしてるわね」
ロチュス「うさぎ様のお料理……!」
キラキラした目。
うさぎ「いや、ただ温めただけのレトルトな?」
白い皿に盛られていく謎の料理。
パンみたいな香りのする米。
そこへカレーをかける。
マシロ「見た目は普通なのに匂いが完全にパン屋なのよねコレ」
マオ「本当に意味が分からない食べ物だわ……」
恐る恐る一口。
マシロ、マオ「……あ」
二人の動きが止まる。
マシロ「カレーパンじゃん」
マオ「完全にカレーパンね……」
ロチュス「美味しいです!」
聖女は両手で皿を抱えながら幸せそうに頬張っていた。
ロチュス「これが……愛妻料理……!」
うさぎ「違ぇよ」
即否定。
ロチュス「ですが!手料理を振る舞うということはつまり家庭的な――」
うさぎ「話飛びすぎなんだよ」
ロチュス「ウヘヘ……新婚生活……」
うさぎ「戻ってこーい」
マシロが笑いながらスプーンを向ける。
マシロ「あんた意外と料理するのね」
うさぎ「まぁ多少は」
マオ「へぇ?」
うさぎ「姉ちゃんが壊滅的だったからな……」
遠い目。
うさぎ「放っておくと黒い塊とか出てきたし」
マシロ「炭?」
うさぎ「本人はハンバーグって言ってた」
マオ「怖……」
ロチュス「お姉様がいらしたのですね!」
身を乗り出す聖女。
ロチュス「どのようなお方なのですか!?」
マシロ「気になる気になる」
うさぎ「もう死んでる」
沈黙。
次の瞬間。
ドゴォッ!!
マシロとマオの拳が同時に顔面へ炸裂した。
うさぎ「ぶべっ!?」
砂浜を数メートル転がる。
ロチュス「……」
気まずそうに目を逸らした。
マシロ「いや空気!」
マオ「言い方ってものがあるでしょうが!」
うさぎ「いてぇ……」
頬を押さえながら起き上がる。
うさぎ「もう昔の話だしなぁ……」
少しだけ声の調子が落ちた。
波の音。
遠くでカモメが鳴いている。
うさぎ「姉ちゃんもブラック企業勤めだったんだよ」
マシロ「ブラック企業って異世界でも嫌な響きね」
うさぎ「毎日死にそうな顔して帰ってきてさ」
うさぎ「だからマシロに最初頼まれた時……ちょっと姉ちゃん思い出したんだよな」
マシロ「え、あたし?」
うさぎ「なんか放っとけねぇ感じが似てた」
マシロ「……複雑」
でも少しだけ嬉しそうだった。
うさぎ「あと昔犬飼ってたな」
マオ「犬?」
うさぎ「めちゃくちゃゴツいやつ。筋肉の塊みたいな犬」
うさぎは顎に前足を当てて考え込む。
うさぎ「犬種なんだっけな……スキンヘッドのオッサンみたいな顔したやつ」
マオ「例え終わってるわよ」
うさぎ「名前は覚えてる。佐伯権左衛門」
マシロ「犬に!?」
マオ「重すぎるわ」
うさぎ「ごんざえもんって呼んでた」
マシロ「……ごんざえもん?」
ぴたりと動きが止まる。
マシロの眉が寄った。
マシロ「……あれ?」
頭を押さえる。
マシロ「なんか聞き覚え……」
うさぎ「?」
マシロは古びた端末を取り出した。
画面を操作する。
そこに映っていたのは――
筋肉質な大型犬。
鋭い顔つき。
だが目だけは優しい。
左目の近くに古い傷跡。
うさぎ「あ」
うさぎ「ごんざえもんじゃん」
マシロ「え?」
うさぎ「その傷。俺が子供の頃山道走ってて、一緒に転げ落ちた時についたやつ」
懐かしそうに笑ううさぎ。
だが。
途中でその表情が止まる。
うさぎ「……」
マシロが以前言っていた言葉を思い出した。
“女神に削除された”
うさぎ「……その犬」
マシロ「……」
うさぎ「消されたって言ってたやつか?」
沈黙。
波の音だけが響く。
マシロは俯いたまま答えない。
端末を握る指だけが少し震えていた。
マオ「……休憩終わりにしましょ」
静かに立ち上がる。
マオ「長居すると暗くなるわ」
空気を切り替えるように言った。
うさぎ「……おう」
マシロ「ん」
ロチュスだけは真剣な顔でメモ帳に何かを書き込んでいる。
ロチュス「ごんざえもん様……」
うさぎ「何メモってんだよ」
ロチュス「うさぎ様の大切な記録です!」
側近達も頷く。
「尊い……」
「うさぎ様の過去……」
うさぎ「やめろなんか恥ずい」
砂浜を後にする一行。
その先には、花びら舞う乙女ゲーム王国の外縁都市が待っていた。
―――続く




