第59話うさぎと月明かりの夜
その日は結局、海の家の近くにテントを張って野営することになった。
波の音。
潮風。
遠くで聞こえる漁師達の笑い声。
そして――
鉄板の上で焼かれる巨大イカの香ばしい匂い。
普通なら最高の夏の夜だった。
ただし。
全員イカ墨まみれでなければ。
◇
海の家のシャワー室。
うさぎは必死に身体を洗っていた。
うさぎ「……中々落ちねぇなこれ」
白い毛に染み込んだ黒。
ごしごし擦る。
泡が灰色になる。
だが落ち切らない。
鏡を見る。
なんかまだ薄黒い。
うさぎ「俺……腐ったうさぎみてぇになってねぇか?」
ラジオ『イカスミブラック仕様〜』
うさぎ「うるせぇ」
ちなみに巨大イカは美味かった。
めちゃくちゃ美味かった。
特にゲソ焼き。
あれはズルい。
うさぎ「なんか腹立つ」
◇
何とかイカ墨を落とし、シャワー室から出る。
すると。
廊下の壁にもたれかかるようにマオが立っていた。
ぶかぶかの白いTシャツ姿。
髪はまだ少し濡れている。
普段の鋭い雰囲気が薄れていて、どこか少し幼く見えた。
うさぎ「……おう」
マオ「……」
なんかちょっと涙目なんですけど。
うさぎは察した。
お気に入りだったんだな、あの水着。
うさぎ「……悪かったな」
マオ「……別に」
全然別にじゃない声だった。
◇
夜の浜辺。
月明かりが海を白く照らしていた。
うさぎは再び海へ入っていた。
理由。
マオの水着捜索。
結果。
再びイカ墨まみれ。
うさぎ「なんで海全部黒いんだよぉ……」
波に揺られながら半泣きで戻ってくる。
浜辺ではマオが座って待っていた。
隣に腰を下ろすうさぎ。
海の家でもらったラムネ瓶を開ける。
カラン。
ビー玉の音が夜に響く。
うさぎ「……うんまぁ」
マオは無言だった。
距離が近い。
妙に近い。
うさぎ「……?」
なんか空気がキラキラしている。
月明かりのせいか?
いや違う。
本当に空気がキラキラしている。
気まずい。
かなり気まずい。
マオ「……さっきは」
ぽつり。
小さな声。
マオ「……ありがと」
うさぎ「おう」
また沈黙。
波の音だけが響く。
うさぎ「水着見つけらんなくて悪かったな」
マオ「……もういいわよ」
少し間。
うさぎ「似合ってたな」
マオ「……!」
マオの肩がびくっと揺れる。
月明かりでも分かるくらい顔が赤くなった。
うさぎ「ピンクのやつ。よくわからんけど」
マオ「……」
なんか嬉しそうだった。
うさぎ「あと……ちょっと見えちまった」
マオ「……別にいいわよ」
小声。
マオ「……うさぎに見られたくらい」
うさぎ「?」
聞き取れなかった。
うさぎはふと疑問に思う。
マオって何歳なんだ?
なんか年下っぽい時あるよな。
マシロは年上感あるけど。
マオ「……さっきはちょっとかっこよかったわよ」
うさぎ「へ?」
予想外の言葉だった。
思わずマオを見る。
いつもの鋭い目つきじゃない。
なんか柔らかい。
月明かりのせいかやたら可愛く見える。
というか。
やっぱり空気がキラキラしてる。
なんなんだこの空間。
うさぎ「……うさぎ相手に何言ってんだおめぇは?」
うさぎは誤魔化すようにラムネを飲んだ。
マオ「別に……そんなんじゃないわよ……」
顔真っ赤で言われても説得力が無い。
◇
少し離れた岩場。
そこには。
ニヤニヤしている妖精がいた。
マシロ「青春ってやつだねぇ〜」
タブレット片手に盗撮中。
完全に野次馬である。
カシャ。
マシロ「あ」
操作ミス。
フラッシュ。
静寂。
マオがゆっくり振り向く。
マシロ「あ、やば」
マオ「……撮ったわね」
次の瞬間。
ドゴォォォォン!!
浜辺に轟音が響いた。
マシロ「ぎゃああああああああ!!」
吹き飛ぶ妖精。
砂浜を転がっていく。
うさぎは静かにラムネを飲んだ。
うさぎ「……見なかったことにしよう」
波の音。
潮風。
月明かり。
いつの間にかキラキラは消えていた。
遠くで聞こえるマシロの悲鳴。
なんだかんだ。
悪くない夜だった。
――続く




