第54話うさぎは見てしまった
仮設とは思えないほど豪華な白亜のスパ施設。
崩壊した教団本部から少し離れた場所に建てられたそこは、
既に妙な活気に満ちていた。
白い湯気。
薬草の香り。
水音。
そして。
マシロ「そこ右ぃ〜……あぁ〜そこそこぉ……」
完全に堕落した妖精の声。
うさぎ「まだ居たのかよお前ら……」
呆れた声を出しながら、うさぎは施設の奥へ入っていく。
視線の先。
白い椅子に寝転び、
複数の職員に囲まれ施術を受けているマシロ。
さらにその隣。
マオ「……ふぅ……」
赤髪の天使まで完全にくつろいでいた。
うさぎ「戻んねぇの?」
マオは目を閉じたまま答える。
マオ「実は、無理矢理に来ちゃったからゲートが暫く使えないのよ」
うさぎ「ふーん」
マオ「それに……」
施術を受けながら、
気怠そうに片目だけ開ける。
マオ「あのティアラについては解析してもらってるから心配しないで」
うさぎ「あぁ……アレか」
黒い粘液。
蠢く宝石。
思い出すだけで気味が悪い。
その時。
マオ「……ん」
突然立ち上がるマオ。
そのまま、
うさぎの目の前で普通に服を脱ぎ始めた。
うさぎ「……」
目のやり場に困る。
いや困るどころじゃない。
うさぎ「……あのさぁ」
マオ「なに?」
平然としている。
うさぎ「……俺、一応男なんだけど」
間。
マオ「……」
マオ「あ」
固まった。
数秒後。
みるみる顔が赤くなっていく。
マオ「なんで止めないのよ!!」
うさぎ「着替えると思わねぇよ……!」
マオ「それは……ええと……」
翼をバサバサさせながら慌てるマオ。
珍しく完全にペースを崩していた。
マオ「……見た……わよね」
うさぎは少し悩んだ。
誤魔化しても多分バレる。
むしろ殺される。
ちょっと大袈裟なくらい正直に言おう。
うさぎ「綺麗だったから見惚れてたわ」
マシロ「…………」
ニチャァ。
妖精の口角が吊り上がる。
マオ「…………」
赤い。
耳まで真っ赤だ。
マシロ「へぇ〜〜〜?」
マオ「うるさい!!」
バチィン!
マオの指がマシロの目に突き刺さった。
マシロ「ギャアアアアアア!!目がぁああああ!!」
施術台の上で転げ回る妖精。
うさぎ「何やってんだお前ら……」
しかし。
マオはまだ赤いままだった。
視線を逸らし、
咳払いをする。
マオ「……そ、それより」
スマホ型端末を操作する。
空中に半透明の画面が展開された。
そこには。
黒い反応波形。
マオ「ティアラの残骸から検出されたものと、かなり近い反応が出たわ」
うさぎ「近い反応?」
マオ「ええ。場所はここからかなり離れてる」
マシロ「女神関係?」
マオ「可能性は高い」
画面が切り替わる。
海の向こう。
別の国。
うさぎ「……また面倒そうだな」
マオ「面倒なのはいつものことでしょ」
うさぎ「違いねぇ」
その時。
施設の奥から小さな影が走ってきた。
ウルシ「うさぎー!」
抱きついてくるウルシ。
その後ろには、
先日ウルシを助けた女性職員の姿。
ウルシはすっかり懐いていた。
女性職員「今日は読み書きの練習をしていたんですよ」
ウルシ「いっぱい書けた!」
嬉しそうに紙を見せるウルシ。
うさぎ「……」
なんか複雑だ。
保護者ポジションを取られ始めてる気がする。
女性職員「とても頑張っていました」
ウルシ「えへへ」
うさぎ「……そっか」
ちょっと寂しい。
でも。
ウルシが笑っている。
それを見て、
少し安心もしていた。
マオ「で?」
マオが端末を閉じる。
マオ「どうするの?」
うさぎ「行くしかねぇだろ」
マシロ「また旅ねぇ」
うさぎ「今度は何が出てくんだかな……」
◇
翌朝。
白の街。
崩れた巨大教会を中心に再編が進む宗教国家は、
以前よりも少しだけ騒がしく、少しだけ人間らしくなっていた。
白い石畳。
白い建物。
白い服。
だが。
以前のような息苦しい静けさはもう無い。
市場には笑い声。
子供達は走り回り。
街角では既に“うさぎ様饅頭”なる物まで売られていた。
うさぎ「仕事早ぇなぁ……」
若干引きながら、うさぎは車へ向かう。
白黒のスポーツカー型パトカー。
相変わらず勝手にエンジンがかかる。
ラジオ『本日も安全運転で〜』
うさぎ「お前に言われたくねぇよ……」
その横。
マシロはまだ名残惜しそうだった。
マシロ「あと三日くらい居たかったわぁ……」
目がまだキラキラしている。
別の意味で完全に駄目になってる。
うさぎ「住み着く気かよ」
マシロ「天国だったもの……」
そんな会話をしながら、うさぎは後ろを振り返った。
少し離れた場所。
ウルシが女性職員達と一緒に居た。
最近出来た友達らしい子供達までいる。
白い服を着た少女達に囲まれ、
ウルシは少し照れ臭そうに笑っていた。
うさぎ「……」
なんだか少し複雑だ。
でも。
ちゃんと笑ってる。
それを見て少し安心する。
ウルシはうさぎに気付き、駆け寄ってきた。
ウルシ「……すぐ帰ってくる?」
うさぎ「多分な」
ウルシ「多分?」
うさぎ「……頑張る」
ウルシ「……うん」
少しだけ不安そうな顔。
女性職員がそっとウルシの肩に手を置く。
女性職員「必ずお守りします」
うさぎ「……頼む」
ウルシは少し迷った後、小さく手を振った。
うさぎも軽く前足を上げる。
そのまま門へ向かう。
白い巨大門。
その前には既に一人待っていた。
マオだった。
うさぎ「……なんだそりゃ」
ピンク色のライダースーツ。
体のラインがしっかり出ている。
やっぱりスタイルが良い。
さらに。
頭には猫耳ヘルメット。
メルヘンだった。
そして隣。
ピンク色に塗装された近未来的デザインの大型バイク。
地面から数センチ浮いている。
うさぎ「ファンタジー要素ねぇな……」
マオ「仕方ないでしょ?私物なんだから」
うさぎ「いや色よ」
マオ「……好きなのよピンク」
バイクの側面には立体的に発光するハート型マーク。
完全に趣味全開だった。
マシロ「うわぁ……」
マオ「なによ」
うさぎ「それ空飛べんの?」
マオ「飛ぶわよ?」
うさぎ「なんで地上走ってんだよ」
マオ「道あるから」
うさぎ「そういう問題か?」
SFだった。
その時。
後ろから聞き慣れた声。
ロチュス「うさぎ様ー!!」
振り返る。
ロチュスと側近達だった。
以前の狂気じみた聖女服ではなく、
少し簡素な白い服。
だが。
目だけは相変わらず熱量がおかしい。
ロチュス「行ってしまわれるのですね……」
うさぎ「また会おうな」
ロチュス「はい!すぐにでも!」
うさぎ「ん?」
ロチュス「ご安心ください!」
ロチュスは胸を張る。
側近達は後ろで真顔でメモを取っていた。
マオ「何この女」
マシロ「うさぎ信者」
ロチュス「愛です!」
うさぎ「声デケェなぁ……」
側近達は何やら大きな荷物を運び込んでいる。
しかも。
うさぎグッズ大量。
うさぎ「まさか布教する気か?」
ロチュス「はい!」
うさぎ「はいじゃねぇよ」
ラジオ『発射5秒前〜』
うさぎ「発射してどうすんだよ……」
車が走り出す。
白い石畳の道。
マオのバイクがほぼ無音で並走する。
マシロ「もうちょっと居たかったなぁ……」
うさぎ「そのうちまた来ればいいだろ?」
マシロ「それまで持てばねぇー」
うさぎ「?」
マオ「女神が戻ってくるまでまだ一週間以上あるし余裕はあるわよ」
うさぎ「……何の話?」
マシロ「言ってなかったっけ?」
マオ「……言ってなかったわね」
少しの沈黙。
マシロ、マオ「女神は推し活旅行中」
うさぎ「……は?」
マシロ「今頃推しのライブとか見てんじゃない?」
マオ「第6世界は完全放置状態」
うさぎ「……やっぱりロクでもねぇな」
白い一本道を、
三人は進んでいく。
その遥か先。
青空の下。
ぼんやりと巨大な城が見えた。
まるで絵本のように美しい城。
だが。
その城壁には。
無数の赤い薔薇が絡みついていた。
風が吹く。
ラジオ『次の目的地まで〜あとしばらく〜』
うさぎ「匂わせが不穏すぎんだろ……」
―――続く




