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第5話忘れていた天使

 兎が変化するポスターを驚きながら眺めている頃。



世界管理局。


 その中でも最悪と呼ばれる部署がある。


 総合修正処理室。


 女神が管理する十一世界全ての“後始末”を押し付けられる部署。


 バグ修正。


 歴史整合性修正。


 消失した街の痕跡削除。


 存在ごと消された人物の記憶補填。


 世界改変による矛盾処理。


 そして。


 女神の気まぐれの尻拭い。


 常に人手不足。


 常に残業。


 常に怒号。


 常にエラー音。


 そして何より。


 上司が女神。


 地獄だった。



 カタカタカタカタ。


 端末の入力音が鳴り続ける。


 大量のモニター。


 積み上がった資料。


警告音。


 栄養ドリンク。


 眠気覚まし薬。


 死んだ目をした天使達。


 その一角。


 白髪の天使――真白は机に突っ伏していた。


「……」


 動かない。


 ピクリとも。


 休憩時間だった。


 いや。


 休憩という名の放心状態だった。


 頭の中を回り続ける。


 制御不能個体。


 修正不可。


 第6世界。


「……どうしよう」


 ぼそりと呟く。


 対処?


 報告?


 隠蔽?


 全部嫌だった。


 よりにもよって第6世界。


「なんで第6世界なんだよぉ……」


 あそこは面倒臭い。


 女神のお気に入りであり、同時に最も改変が激しい世界。


 乙女ゲーム。


 恋愛イベント。


 ルート分岐。


 推し変更。


好き勝手する異世界人。


 歴史改変。


 国家消滅。


 全部盛り。


 その結果。


 現在進行形で崩壊している。


「ぅぅ……」


 真白は死んだ魚みたいな目で虚空を見つめた。


 頭が回らない。


 徹夜続き。


 睡眠不足。


 精神限界。


 何も考えられない。


 その時だった。


「―――ロ」


「ちょっとマシロ!」


「ほへ?」


 間抜けな声が出た。


 真白はゆっくり顔を上げる。


「……?」


 視界に映ったのは。


 赤髪の女だった。


 鋭い目つき。


 不機嫌そうな顔。


 黒いスーツ。


 腕組み。


 そして露骨なため息。


「……寝てんじゃないわよ」


「なんだマオか……」


「その反応ムカつくわね」


 世界管理局第6世界シナリオ調整担当。


 マオ。


 女神によって消された街や国の住民を、別の場所へ移送し、歴史の辻褄を合わせる部署の担当者だった。


 つまり。


 女神の被害担当。


 苦労人でもある。


「……ちょっと来な」


「え?」


 真白は首を傾げた。


 マオはそれ以上説明せず歩き出す。


 真白は慌てて後を追った。



 休憩室。


 人気はない。


 自動販売機だけが低い駆動音を鳴らしている。


 マオはコーラを買った。


 真白はブラックコーヒー。


 カシュ、と缶を開ける音。


 マオはコーラを一口飲む。


 不機嫌そうだった。


「……話って?」


 真白は恐る恐る聞く。


 嫌な予感しかしない。


 マオはじっと真白を見た。


「あんたやったわね」


「え?」


 目つきがさらに鋭くなる。


「あ、あれ〜?」


「この前の人間。無断で転生させたでしょ」


「と、どうして―――!?」


 真白が叫びかけた瞬間。


 バシッ。


「むぐっ!?」


 マオが真白の口を塞いだ。


「バカ!声が大きい!」


 小声だった。


 真白は周囲を見る。


 誰もいない。


 だがこの職場では壁に耳ありだった。


 マオはため息を吐く。


「最近キツいのは分かるけどさ……」


「まさか無断転生させるとか何考えてんのよ」


「……」


 真白は視線を逸らした。


「なんでわかったの?」


「あたし第6世界担当なんだけど」


「あ」


「エラー検出が出たから調べたの。そしたら何か知らない個体が発生してるし」


「うぅ……」


 真白は縮こまる。


「あの時は自分でもなんでこんなことしたか分からなくて……」


「末期じゃない」


 即答だった。


「警報は切っといたから、すぐにはバレないでしょうけど」


「え?」


「こっちまでアイツに目ぇ付けられたらたまったもんじゃないのよ」


 アイツ。


 つまり女神。


 誰も名前を出したがらない。


 真白の顔色が悪くなる。


「まさか第6世界行くなんて思ってなくて……」


「……で?」


 マオは缶を置いた。


「情報あるんでしょ?」


「……うん」


 真白はタブレット型端末を取り出す。


 震える指で操作。


 画面に文字が表示される。


『データ検索中』


 数秒後。


 表示された。


 個体名︰兎。


「うわぁ……」


 改めて見る。


 意味が分からない。


 文字化け。


 ノイズ。


 修正不可。


 制御不能。


 情報の半分以上が崩壊していた。


「……見せな」


 マオが端末を奪う。


 数秒。


 沈黙。


「……は?」


 真白は目を逸らした。


「何をどうしたらこんなの出てくるの!?」


「……」


「制御不能個体じゃない!!」


「あ、あはは……」


「笑ってんじゃねぇ!!」


 ゴッッ!!


「ぶべっ!?」


 マオの拳が真白の顔面へ炸裂した。


 吹き飛ぶ。


 休憩室の壁へ突き刺さる。


 めり込む。


「よりにもよって第6世界に放り込むとか何考えてんのよ!!」


「いひゃい……」


 真白は壁からずるりと抜け出した。


 天使なので頑丈だった。


「ほんとうに……どうしよう……」


 みるみる顔色が悪くなる。


 マオは額を押さえた。


「……マシロ」


「な、なに?」


 低い声だった。


「これ、全力で隠すわよ」


「……え?」


「制御不能個体出現なんてバレたら面倒どころじゃ済まないわ」


 マオは吐き捨てるように言う。


「最悪、第6世界ごと消しかねないわよアイツ」


「……っ」


 真白の背筋が凍る。


 あり得る。


 あの女神なら普通にやる。


「巻き込まれるなんて最悪だわ……」


「……ごめん」


「今度酒奢りなさいよ」


「うん……」


 少しだけ空気が緩む。


 だが。


「で?」


「?」


 真白は首を傾げた。


 マオは嫌な予感を覚える。


「……まさか」


 真白はぽけーっとしていた。


「何も考えてない?」


「なんにもおもいつかない」


 マオのこめかみに青筋が浮かぶ。


「アレとの接触だ!け!は!阻止しないと不味いでしょうが!!」


「あ」


 真白が固まった。


 数秒。


「……あ」


「気付いた?」


「……」


「気付いたわね?」


 真白の顔から血の気が引く。


「わ、忘れてたぁぁぁぁぁぁ!!」


 休憩室に絶叫が響いた。


 真白は完全に忘れていた。


 第6世界には。


 兎以外にも。


 もう一体、“制御不能個体”が存在している事を。



―――続く

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