第46話うさぎと聖女の裏
夜明け前。
宗教国家の街は静まり返っていた。
昼間はあれだけ人が居たというのに、 今は物音ひとつ無い。
白い石畳。 白い壁。 白い灯り。
月光まで白く見える。
うさぎは教会の回廊を歩いていた。
うさぎ「……目ぇ覚めちまった」
窓の外を見る。
街は綺麗だった。
綺麗すぎるほどに。
ゴミ一つ無い。 怒鳴り声も無い。 喧嘩も無い。
でも。
うさぎ「……静かすぎるんだよなぁ」
違和感が消えない。
昼間、 街の人々は皆笑っていた。
優しかった。 穏やかだった。
けれど。
その笑顔が、 まるで貼り付けたみたいに同じだった。
うさぎ「考えすぎか……?」
その時だった。
遠くから呻き声が聞こえた。
「……っ」 「う……あぁ……」
うさぎ「?」
耳を動かす。
複数人。
苦しんでる?
うさぎは音のする方へ向かった。
白い路地。
その奥。
数人の住民が壁にもたれ込み、 苦しそうに震えていた。
男は頭を抱えている。
女は涙を流していた。
「いや……いや……」 「怖い……」 「助けて……」
うさぎ「……!?」
昼間とは別人だった。
目は虚ろ。 汗だく。 呼吸も荒い。
まるで禁断症状。
そこへ。
白装束の教団員達が現れる。
誰も慌てていない。
慣れている。
教団員は小瓶を配った。
白い液体。
住民達は震える手でそれを飲む。
数秒後。
「……ぁ」 「落ち着いた……」 「ありがとうございます……」
さっきまで苦しんでいた住民達が、 ゆっくり笑い始めた。
安心したように。
救われたように。
うさぎ「……なんだこれ」
物陰から見ていたうさぎは、 眉をひそめる。
薬。
あれはどう見ても薬だった。
教団員の一人が優しく声を掛ける。
「大丈夫ですよ」 「不安は消えます」 「聖女様が救ってくださいますから」
住民達は泣きながら頷いていた。
うさぎ「……」
救ってる。
確かに、 救ってはいる。
でも。
うさぎは背筋に寒気を覚えた。
苦しみを止める為に、 薬を飲ませ続ける。
それが当たり前になっている。
その時。
ふらり。
見覚えのある白い影が通った。
ロチュスだった。
うさぎ「聖女さん……?」
ロチュスは一人だった。
護衛も居ない。
彼女は静かに回廊を歩いていく。
うさぎは無意識に後を追った。
やがて。
教会奥の小部屋。
ロチュスは中へ入る。
扉は少しだけ開いていた。
うさぎ「……」
覗くべきじゃない。
そう思った。
でも。
違和感が離れなかった。
そっと中を見る。
部屋の中は簡素だった。
机。 椅子。 ベッド。
それだけ。
ロチュスは椅子に腰掛けていた。
昼間の完璧な聖女の姿ではない。
肩で息をしている。
指先が少し震えていた。
そして。
机の上の小瓶を手に取る。
白い液体。
昼間、 住民達に配られていたものと同じに見える。
ロチュスは慣れた手つきでそれを飲む。
ごくり。
飲み干した直後。
彼女の身体から力が抜けた。
ロチュス「……はぁ……」
その瞳。
少しだけ焦点が合っていない。
頬も赤い。
でも本人は普通のつもりなのだろう。
ロチュスは小さく笑った。
ロチュス「……これで皆を愛せます」
うさぎ「……っ」
息を呑む。
その顔は。
壊れていた。
悲しそうで。
苦しそうで。
それでも。
本気で、 誰かを救おうとしている顔だった。
ロチュスは窓の外を見る。
白い街。
ロチュス「争いは駄目です……」 「悲しみも……苦しみも……」
ロチュス「だから……消さないと」
その声音は優しい。
優しすぎる。
だから怖い。
ロチュス「皆が笑っていれば……」 「きっと世界は平和になります」
うさぎ「……」
うさぎは何も言えなかった。
悪人じゃない。
本当に。
この人は、 人を救いたいと思っている。
だけど。
方法が壊れている。
その時。
ロチュスがふらついた。
机に手をつく。
小瓶を握る手が、 無意識にもう一本へ伸びる。
うさぎ「……聖女さん」
思わず声が漏れた。
ロチュスが振り返る。
目が合う。
数秒。
沈黙。
ロチュス「……うさぎさん?」
見られた。
そう理解した瞬間。
ロチュスは、 少しだけ困ったように笑った。
ロチュス「……夜更かしはいけませんよ?」
―――続く




