第44話うさぎと白すぎる善意
翌朝。
白いカーテンの隙間から差し込む光で、うさぎは目を覚ました。
うさぎ「……眩し」
どこを見ても白い。
壁も。 床も。 天井も。
ついでに隣で寝ているマシロの顔も妙にツヤツヤして白かった。
マシロ「すぅ……極楽ぅ……」
うさぎ「まだ言ってんのか」
昨夜の事を思い出す。
爆走。 突撃。 扉破壊。 地下侵入。
そして―――マッサージ。
うさぎ「……」
完全に俺が悪い。
教会内部は朝だというのに静かだった。
遠くから微かに鐘の音だけが聞こえる。
扉がノックされた。
女性職員「聖女様がお呼びです」
うさぎ「……うぃ」
数十分後。
教会の応接室。
白い長机の向こう側に座る聖女ロチュスは、相変わらず姿勢が良かった。
背筋が真っ直ぐすぎる。
今日も真っ白だ。
白い法衣。 白銀の髪。 頭にはあのティアラ。
柔らかく微笑む姿は、本当に聖女そのものだった。
うさぎはその場で勢いよく頭を下げた。
うさぎ「すみませんでした!!」
ゴメン寝土下座。
ロチュス「!?」
突然の謝罪にロチュスは少し目を丸くした。
うさぎ「ドア壊しました!地下に車で突っ込みました!色々すみませんでした!」
ロチュス「……」
数秒の沈黙。
ロチュスは困ったように微笑んだ。
ロチュス「こちらこそ申し訳ございません」
うさぎ「……へ?」
ロチュス「少し説明をしていませんでした」
うさぎ「少し?」
いや少しじゃねぇだろ。
うさぎの脳裏に昨夜の光景が蘇る。
袋詰めマシロ。 悲鳴を上げるウルシ。 地下施設。 猛スピード突撃。
うさぎ「かなりだと思うんですが……」
ロチュス「善意は迅速であるべきだと思っておりますので」
うさぎ「迅速すぎるんだよなぁ……」
ロチュスは不思議そうに首を傾げた。
悪気が一切無い。
そこが逆に怖い。
ロチュス「ですが皆様に危害を加えるつもりは本当にありません」
うさぎ「それはわかる」
これは本心だ。
だからこそ厄介だった。
うさぎ「その……ウルシの件なんだけど」
ロチュス「はい」
うさぎ「保護に関しては、もう少し様子見して欲しい」
ロチュス「何故ですか?」
即答だった。
うさぎは少し言葉を探す。
うさぎ「まだ心の傷が癒えてないんだ」
「急に知らない場所で知らない人達に囲まれたら……怖いだろ」
ロチュス「その為に保護するのですが」
うさぎ「……」
やっぱり少しズレてる。
ロチュスの中では、
“傷付いた子供” ↓ “保護施設へ” ↓ “安全” ↓ “解決”
という流れなのだろう。
間違ってはいない。
だが。
うさぎ「無理やり連れていくのは少し違う気がする」
ロチュス「……」
ロチュスは静かに考え込んだ。
怒っている様子ではない。
本気で理解しようとしている顔だった。
ロチュス「……本人の意思を優先するべき、と?」
うさぎ「少なくとも今はな」
ロチュス「……」
また沈黙。
やがてロチュスは小さく頭を下げた。
ロチュス「配慮が足りませんでした」
うさぎ「いや、悪い人じゃないのはわかってる」
ロチュス「ありがとうございます」
本当に真面目なんだろう。
真面目すぎる。
そこに妙な危うさを感じる。
うさぎは無意識にロチュスの頭のティアラを見た。
マシロが妙に気にしていたやつだ。
ロチュス「……どうかされましたか?」
うさぎ「いや、なんでもない」
その時。
部屋の扉が勢いよく開いた。
マシロ「天国はここにあったわ」
ツヤツヤで出てきた。
髪もサラサラしている。
なんか発光して見える。
うさぎ「何言ってんだおめぇは」
マシロ「見てこれ」
ほっぺを触るマシロ。
ぷにぷにしていた。
マシロ「肌の張りが違う」
うさぎ「妖精に肌の張りとかあんのか」
マシロ「あとね、羽の艶も戻った」
ぶんぶん飛び回る。
元気になってやがる。
ロチュスは満足そうに頷いた。
ロチュス「疲労回復用の施術です」
うさぎ「施術ってレベルだったか?」
マシロ「もう一回行きたい」
うさぎ「堕落してんじゃねぇ」
マシロ「だって全身マッサージに香油に高級果実に温泉まで付いてたのよ!?」
うさぎ「フルコースじゃねぇか」
ロチュス「喜んで頂けて何よりです」
聖女は嬉しそうだった。
うさぎ「……」
やっぱり悪い人には見えない。
でも。
どこか。
ほんの少しだけ。
怖い。
そんな違和感が、まだ胸の奥に残っていた。
その時だった。
応接室の外。
ガタンッ。
何かが倒れる音。
続いて。
「すみません……すみません……!」
怯えたような男の声。
ロチュスの表情が一瞬だけ変わった。
ほんの僅かに。
うさぎはそれを見逃さなかった。
ロチュス「……失礼します」
立ち上がるロチュス。
うさぎ達も後を追う。
廊下。
白衣の男性職員が床に座り込んでいた。
その手から白い液体の入った瓶が転がっている。
職員「も、申し訳ありません!」
周囲の職員達も青ざめていた。
ロチュスはしゃがみ込み、優しく声を掛ける。
ロチュス「怪我は?」
職員「ありません……」
ロチュス「なら大丈夫です」
その声は穏やかだった。
だが。
職員達は異常なほど怯えている。
うさぎ「……?」
床に広がった液体。
白い。
牛乳みたいな色。
昨日のスープに似ていた。
うさぎ「これって昨日の飯の……」
職員達の空気が固まる。
ロチュス「栄養薬です」
自然な口調。
だが少し早口だった。
ロチュス「この国では栄養状態と精神安定を保つ為、日常的に使用しています」
うさぎ「薬?」
ロチュス「はい。安全なものです」
その瞬間。
座り込んでいた職員の袖が少し捲れた。
うさぎの目が止まる。
腕。
そこに―――。
黒い痣のような注射跡が大量にあった。
うさぎ「……」
職員は慌てて袖を隠した。
ロチュス「!」
ロチュスが一歩前に出る。
庇うように。
うさぎ「……なぁ」
ロチュス「……はい」
うさぎ「この国ってさ」
静かな廊下。
白い光。
誰も喋らない。
うさぎ「……本当に大丈夫なんだよな?」
ロチュスは微笑んだ。
完璧な聖女の笑顔。
ロチュス「もちろんです」
でも。
その目だけは。
少しだけ疲れて見えた。
―――続く




