第37話うさぎは整備士ではない
夕焼けだった。
白い石畳の上に、長く影が伸びている。
うさぎ、マシロ、ウルシは、半分地面へ突き刺さった車の横で野営することにした。
テントは一つ。
携帯コンロ。
折り畳み椅子。
簡易ランタン。
そして。
地面に大穴。
うさぎ「いやほんと何なんだよこの着陸」
クレーターの縁に立ち、うさぎは自分の車を見下ろした。
半分埋まっている。
しかも斜め。
完全に事故現場だった。
うさぎ「俺の愛車がぁ……」
マシロ「生きてただけ感謝しなさいよ」
うさぎ「それはそう」
とはいえ。
車内が無事だったのは奇跡である。
いや奇跡どころか意味不明だ。
外装はボコボコ。
タイヤも一本変な方向を向いている。
だが車内だけ新品同然。
うさぎ「どういう物理法則してんだこれ……」
マシロ「私に聞かれても」
マシロは極小サイズのタブレットを操作したまま適当に返した。
テントの中ではウルシが寝ている。
胸元には、マシロがどこからか出した“うさぎ型ぬいぐるみ”。
無駄に再現度が高かった。
うさぎ「なんだあのぬいぐるみ」
マシロ「泣き止ませ用」
うさぎ「なんで持ってんだよ」
マシロ「福利厚生」
うさぎ「どんな職場だよ」
マシロ「地獄」
即答だった。
うさぎはそれ以上聞かなかった。
ブラックだ。
しかも超絶ブラックだ。
うさぎはシャベル片手に車周辺の土を掘り返していた。
数時間格闘した結果。
ようやく車体の全貌が見え始める。
うさぎ「……ふぅ」
最後の土を掻き出し、車体から離れる。
夕陽に照らされた車は。
ボッコボコだった。
うさぎ「何とか掘り起こせた」
マシロ「おつ〜」
全然手伝ってない奴の返事だった。
うさぎ「お前マジで何してんのさっきから」
マシロ「調査」
うさぎ「遊んでるようにしか見えん」
マシロ「失礼ね。超真面目よ」
言いながら寝転がっている。
全く説得力がない。
うさぎは運転席へ乗り込んだ。
キー……ではなく始動スイッチを押す。
一瞬の沈黙。
その後。
ブォン。
エンジン音。
うさぎ「……あ、動いた」
マシロ「ほらね?」
うさぎ「いやなんで動くんだよ」
フロントガラスはヒビだらけ。
車体は歪み。
タイヤも死んでいる。
だがエンジンだけ元気だった。
うさぎ「生命力だけ高ぇなコイツ……」
マシロ「飼い主に似たんじゃない?」
うさぎ「誰が生命力系うさぎだ」
うさぎは車から降りる。
そのままタイヤ付近を確認した。
曲がっている。
完全に。
見事なくらい。
うさぎ「……これ走れねぇな」
マシロ「でしょうね」
うさぎ「俺整備士じゃないんだけど」
マシロ「私も車はわからーん」
うさぎ「役に立たねぇ妖精だなぁ」
マシロ「妖精さん傷付いちゃう」
全然傷付いてなさそうだった。
うさぎは少し考え込む。
食料はまだある。
折り畳みカートもある。
最悪徒歩移動も可能。
ただ。
距離が問題だ。
うさぎ「……そういや地図とかあんの?」
マシロ「んー?……ほい」
空中に半透明の画面が展開される。
地図だった。
世界地図のようなもの。
そこには二つの点滅マーカーが表示されている。
うさぎ「これ何?」
マシロ「現在地と城」
うさぎ「どれくらい離れてんの?」
マシロ「地球換算で日本とブラジルくらい」
うさぎ「!?」
うさぎ「ほぼ星の反対側じゃねぇか!!」
マシロ「歩きなら何年コースかしらね〜」
うさぎ「うわぁ……」
ちょっと遠足感覚だったうさぎの顔が死んだ。
うさぎ「まぁでも地続きなら……」
マシロ「海あるわよ」
うさぎ「終わったわ」
即終了だった。
うさぎは車の下を覗き込みながらため息を吐く。
そのままぼんやり呟いた。
うさぎ「……姫、大丈夫かな」
マシロ「……」
一瞬だけ。
マシロの手が止まった。
だがすぐにいつもの調子へ戻る。
マシロ「大丈夫でしょ。あの子強いし」
うさぎ「そうだといいけどな」
少しだけ沈黙。
風の音だけが聞こえる。
その空気を誤魔化すように、うさぎは別の話題を振った。
うさぎ「そういやさ」
マシロ「なにー?」
うさぎ「兄弟姉妹とかいるの?」
マシロ「……」
珍しく。
マシロが黙った。
タブレットを見つめたまま、小さく呟く。
マシロ「……弟がいた……と思う」
うさぎ「思う?」
マシロ「覚えてないのよ」
うさぎ「え?」
マシロ「ここで働く前のこと、あんまり」
うさぎ「ブラックに脳焼かれたんか」
マシロ「現在進行形で焼かれてるわよ」
うさぎ「うわぁ」
妙なリアルさがあった。
うさぎは苦笑しながら工具箱を漁る。
その時。
ふと。
昔の記憶が浮かんだ。
仕事終わりの姉。
ぐったりした顔。
『洗濯物忘れてたぁ……』
『しょうがねぇ姉だなぁ』
優兎。
自分。
昔はもっと普通だった。
普通に笑って。
普通に生活して。
普通に家族がいた。
うさぎ「……」
今は。
うさぎ。
異世界。
意味不明な能力。
人喰い。
妖精。
空飛ぶ車。
意味わからん人生だった。
うさぎ「……なんか人生バグってんなぁ」
気付けばマシロは地面で大の字になっていた。
完全に電池切れである。
うさぎ「しょうがねぇ妖精だな」
うさぎはマシロを持ち上げた。
軽い。
本当に軽い。
そのままテントへ運ぶ。
ウルシはぬいぐるみを抱えたまま寝息を立てていた。
マシロを横へ転がす。
マシロ「むにゃ……始末書は……嫌ぁ……」
うさぎ「夢の中でもブラックかよ」
うさぎは小さく笑った。
その後。
携帯コンロへ戻る。
お湯を沸かし。
茶葉を入れ。
簡単な紅茶を作る。
夕風が心地よかった。
うさぎは椅子へ座る。
湯気を眺める。
そのまま。
少しずつ。
瞼が重くなっていった。
遠くで風が鳴る。
石畳の上。
静かな夜。
そして。
壊れた車の中。
誰も居ない運転席。
ひび割れた液晶ディスプレイが―――ふっと光った。
『user:うさぎ型■■■』
文字化け。
『車内システム Ver.1.■』
『車体状況確認中……』
『外装:損傷』
『車軸:破損』
『自己修復:アップデート中』
『自立運転:終了』
『水上走行:検討中』
『システムアップデート』
『80%』
『81%』
車体表面へ。
一瞬だけ。
ノイズのような光が走った。
だが。
うさぎは気付かない。
椅子に座ったまま。
静かに眠っていた。




