第32話うさぎと眠れない夜
王都中央広場。
血の臭いがまだ残っていた。
瀕死だった転生者は。
間もなく動かなくなった。
胴体を大きく抉られたまま。
目を見開いたまま。
二度と。
動かなかった。
うさぎ「……俺が……やったんだな……」
誰も答えない。
広場には静かな混乱だけが広がっていた。
支配から解放された人々が。
少しずつ現実を理解し始める。
「……え?」
「私……何を……」
「なんでここに……」
泣き崩れる者。
吐き出す者。
震える者。
転生者へ向けていた笑顔はもう無い。
代わりに残ったのは。
恐怖と。
困惑だった。
ロズワール王は血だらけのまま立ち上がり。
震える兵士達へ命令を飛ばしていた。
「負傷者を運べ!」
「城内を封鎖しろ!」
「被害確認を最優先とする!」
片腕を失いかけながらも。
王は止まらなかった。
その姿を。
うさぎはぼんやり見ていた。
まるで。
自分だけがそこに居ないみたいに。
◇ ◇ ◇
その夜。
うさぎは王宮の客室に居た。
広い部屋だった。
豪華なベッド。
綺麗な机。
大きな窓。
だが。
落ち着かない。
窓の外ではまだ騒ぎが続いていた。
怒号。
泣き声。
走り回る兵士達。
遠くで鐘の音も鳴っている。
街はまだ混乱の中だった。
転生者による被害は。
王国だけではなかったらしい。
周辺国家。
貴族家。
商会。
至る所で同様の報告が上がっているという。
被害者の多くは若い女性。
中には。
子供と呼ぶべき年齢まで含まれていた。
うさぎ「……」
ベッドにも座らず。
窓際に座り込む。
自分の前足を見る。
真っ白な毛並み。
綺麗なままのはずだった。
……なのに。
まだ血がついている気がした。
取れない。
どれだけ見ても。
赤い気がする。
マオ『……起きてるのね』
静かな声だった。
うさぎ「……」
うさぎ「……なんか寝れなくてな」
マオ『……』
沈黙。
窓の外では兵士達の足音が響いている。
うさぎの脳裏に。
昼間の記憶が蘇った。
骨が砕ける感触。
血の熱。
肉を噛み千切る音。
転生者の顔。
悲鳴。
周囲の視線。
そして。
―――姫に噛みついた感触。
うさぎ「……」
喉が詰まる。
昼からまだ。
姫と顔を合わせていなかった。
会えなかった。
……怖かった。
どんな顔をしていたのか。
自分を見て。
姫が。
どんな表情をしていたのか。
思い出せない。
いや。
思い出したくないのかもしれない。
うさぎは部屋に閉じこもっていた。
逃げるみたいに。
うさぎ「……噛みついちまった」
ぽつりと漏れる。
間。
マオ『……見てたわよ』
うさぎ「止めらんなかった」
マオ『……でしょうね』
うさぎ「この前みたいなやつかと思ってたのに……」
うさぎ「……物理攻撃とか聞いてねぇよ」
乾いた笑い。
全然笑えていない。
マオ『あの時アレじゃなくて私は良かったわ』
うさぎ「……そうだな」
また沈黙。
遠くで誰かの怒鳴り声。
窓の外を灯りが横切っていく。
うさぎ「……ほんとにバケモンだったな」
マオ『……バケモンよね』
否定しなかった。
うさぎ「皆……怖がってたな……」
マオ『……誰だって驚くわよ』
うさぎ「正直……俺も怖い……」
マオ『……怖くなかったらバケモンよ』
うさぎ「……だな」
少しだけ。
力なく笑った。
でも。
すぐ消えた。
マオ『……なんかいつもと違うわね』
うさぎ「……今は冗談言える程、余裕ねぇや」
マオ『……』
うさぎ「……」
静かな部屋。
窓の外だけが騒がしい。
マオ『……気休めにもならないでしょうけど……』
マオ『……助かった人はいるわ』
うさぎ「……」
返事は無かった。
助けた。
……たぶん。
でも。
それでも。
飲み込めない。
胸の奥に残る感触が消えない。
うさぎはもう一度前足を見る。
白い。
でも。
やっぱり汚れて見えた。
うさぎ「……マオ」
マオ『……なに?』
うさぎ「……トイレ行きたいからちょっと見ないでね」
少しだけ。
いつもの調子を作ろうとした。
マオ『……ばか』
小さな声。
うさぎは立ち上がる。
ふらつきながらトイレへ向かった。
扉を閉める。
少しだけ沈黙。
次の瞬間。
「……っ……!」
ゴボッ。
うさぎは便器へしがみつくように吐いた。
胃液。
嗚咽。
身体が震える。
止まらない。
昼間の感触が。
何度も脳裏へ蘇る。
骨。
血。
肉。
「……ぁ……」
呼吸が乱れる。
涙まで出ていた。
それでも。
マオは何も言わなかった。
ただ。
静かに見ていた。
―――続く




