第31話(仮)捕食
目の前の光る画面が消える。
同時に。
うさぎの視界が赤く染まった。
音が遠い。
身体が軽い。
いや。
違う。
周囲が遅い。
転生者の手のひらの紋章が強く輝く。
黒い触手が滲み出すように現れ始めた。
その時。
転生者の視線が姫の傍らへ向く。
しがみつくように震える少女。
その姿を見た瞬間。
転生者は舌なめずりした。
「また楽しめそうだな」
少女の顔が一瞬で青ざめる。
触手がさらに膨れ上がる。
「それじゃあ今度こそ―――」
その瞬間だった。
転生者の腕に何かが当たった感触。
「……あれ?」
光が消えた。
触手が出ない。
腕が軽い。
違和感。
視線を向ける。
肘から先が無かった。
「……は?」
血が遅れて噴き出す。
ブシュウウウッ!!
「え?」
姫の傍ら。
少女は目を見開いたまま固まっている。
その視線の先。
転生者の背後。
ボリッ。
グチャ。
何かを噛み砕く音。
転生者がゆっくり振り返る。
そこに居たのは。
口元を真っ赤に濡らしたうさぎだった。
何かを咀嚼している。
骨を砕く音。
血が顎を伝う。
「お前は後で遊んでやるって言ってんだろ?」
転生者は顔を引き攣らせた。
「……ふ、ざけ」
ドゴッ!!
再びうさぎを蹴り上げる。
だが。
空振り。
うさぎの姿が消えた。
「……なんだ今の」
再び。
背後から咀嚼音。
今度はさっきより大きい。
肉ごと噛み千切る音。
ゴリッ。
バキッ。
「……ぁ」
隠れていたマシロが姫の傍へ飛び込んでくる。
マシロ「覚えてないとはいえ……」
マシロ「ヤバいもん放り込んじゃったなぁ」
マオ『……シャレにならないわよ』
珍しく。
マオの声が震えていた。
転生者は振り返ろうとして。
そのままバランスを崩した。
ドサッ。
尻もちをつく。
「え?」
「え、なにこれ」
右足。
膝から下が消えていた。
転生者の顔が青ざめる。
そして。
うさぎを見る。
口元を血で汚しながら。
何かを食べている。
足だった。
自分の。
「な……なんだよ……」
「なんで俺が……」
うさぎの姿がまた消える。
転生者は周囲を見回した。
居ない。
右。
左。
後ろ。
そこで気づく。
……目の前に居る。
「―――ッ!!」
うさぎは首を傾げる。
獲物を観察する獣みたいに。
転生者は震える左手を向けた。
紋章が浮かぶ。
強い光。
「俺は主人公なんだぞ!?」
その瞬間。
うさぎがぴょんと跳ねた。
胸元へ飛び込む。
◆
ズブッ。
「ぁ?」
ベキッ。
グチャ。
ボリボリボリッ。
噛み砕く音。
肉を引きちぎる音。
「あああああああああああああ!!」
絶叫。
血飛沫。
転生者の身体が痙攣する。
「お、俺は……転生者で―――」
グチャ。
ボキッ。
続く咀嚼音に言葉が掻き消えた。
少女は完全に蒼白だった。
腰が抜けて動けない。
姫も驚いていた。
だが。
その目は。
じっと何かを見つめ続けていた。
赤く染まったうさぎの瞳。
そこに浮かぶ淡い光。
周囲には。
咀嚼音。
骨を砕く音。
転生者の悲鳴だけが響く。
―――姫「……うさぎさん!」
姫が走り出した。
うさぎへ飛びつくように抱き寄せる。
転生者の身体が崩れ落ちた。
胴体前面が大きく抉れている。
「な……んで……」
「転生者の……俺が……」
掠れた声。
次の瞬間。
ガブッ。
―――姫「っ!」
姫の肩口へうさぎが噛みついた。
鋭い牙。
血が滲む。
だが。
姫は離さない。
抱き締めたまま。
―――姫「大丈夫です……」
―――姫「もう怖くないですよ……」
その瞬間。
うさぎの目の前へ再び光る画面が現れた。
同時に。
無機質なアナウンスが響く。
――――――――――――――――――
・精神エネルギーが安全域に達しました。
・補給行動を終了。
・敵性個体の著しい活動低下を確認しました。
・敵性個体による精神汚染の影響排除と認定。
・反撃行動を終了します。
・個体安全確保を認定。
・自己防衛機構を終了します。
・補給の際、敵性個体より神性エネルギーを獲得しました。
■
■
■
神性エネルギーを消去しますか?
――――――――――――――――――
うさぎ「……は?」
赤い視界が徐々に薄れる。
音が戻る。
身体の感覚も。
目の前。
姫に抱き締められていた。
うさぎ「……あれ?」
―――姫「大丈夫です……」
―――姫「もう怖くないですよ……」
うさぎ「……どういう状況?」
なんで抱きつかれてる?
何が起きた?
うさぎはゆっくり周囲を見る。
兵士。
貴族。
王子達。
誰も動かない。
全員。
青ざめた顔でこちらを見ていた。
そして。
目の前。
瀕死の転生者。
胴体が大きく抉れ。
呼吸する度に血が溢れている。
うさぎ「……」
理解した。
うさぎ「俺が……やったんだな……」
誰も。
何も。
一言も発さなかった。
―――続く




