第3話うさぎの廃墟探索
森を歩き続けていた。
ぴょん。
ぴょん。
ぴょん。
「……」
白いうさぎ――佐伯優兎は無言だった。
もう何時間歩いただろう。
太陽の位置もよく分からない。
森。
木。
草。
たまに変な鳴き声。
景色がずっと同じだった。
「遭難ってこんな気分なのかな……」
ぽつりと呟く。
しかも自分はうさぎ。
それが地味に精神へ来る。
さっきから移動が全部ぴょんぴょんだ。
「人間に戻りてぇ……」
耳がしょんぼり垂れる。
途中、小動物らしき影を見つけた。
だが逃げられた。
たぶん向こうから見ても危険生物なのだろう。
実際その通りだった。
優兎は前足を見る。
数時間前、巨大怪物を粉砕した白い前足。
「……意味わかんねぇ」
しかも。
怪物を食った。
「いやマジで何なんだ俺」
思い出すだけで嫌だった。
美味かったのがさらに嫌だ。
「うさぎって肉食うっけ……」
不安しかない。
その時。
さらさら、と音が聞こえた。
「ん?」
川だ。
見覚えがある。
「あ、ここ……」
最初に自分の姿を確認した場所だった。
水面へ近づく。
白いうさぎが映る。
「……うさぎだなぁ」
何度見ても現実感がない。
優兎はため息を吐いた。
そして川を見る。
「川沿いなら人里あるか?」
ゲームでもよくあるやつだ。
人間は水辺に住む。
たぶん。
「そもそもこの世界の人間と言葉通じるのか?」
そこが問題だった。
異世界だ。
言語問題は普通にある。
「まぁ、遠目で確認して通じなさそうなら逃げればいいか……」
うさぎが慎重すぎる。
優兎は川沿いを進み始めた。
◇
しばらく進むと。
森の向こうに、巨大な壁が見えた。
「……ん?」
優兎は立ち止まる。
木々の隙間。
石造りの壁。
かなり高い。
「城壁?」
さらに進む。
森が開けた。
「……は?」
そこにあったのは。
都市だった。
だが。
異様だった。
建物の半分以上を木々が飲み込んでいる。
ツタ。
草。
崩れかけた壁。
森に侵食された街。
「廃墟……?」
入口には大きな看板。
文字が書かれている。
優兎は目を細めた。
『~ようこそ※※※の街へ~』
「日本語だ」
だが。
「……読めない?」
街の名前部分だけ、認識できない。
文字が滲む。
ノイズみたいに。
「なんだこれ」
不気味だった。
しかも。
「……廃墟、だよな?」
妙だった。
人の気配がない。
なのに、放置された時間が曖昧だ。
完全な廃墟にも見えない。
優兎は門を見る。
閉じている。
だが。
「隙間あるな」
うさぎサイズなら通れる。
「……行くか」
ぴょこん、と隙間から入り込む。
◇
門の内側。
「……」
優兎は言葉を失った。
石畳。
石造りの家々。
完全にファンタジー世界の街並みだった。
だが。
「普通、門番の詰所とかあるだろ……」
門の内側すぐに民家が並んでいる。
防衛設備らしきものが無い。
違和感。
そして。
「……生活感?」
街は死んでいなかった。
道端に木彫りの人形。
まだ新しい。
汚れていない。
風雨に晒された感じもない。
庭先には洗濯物。
干されたまま揺れている。
民家の窓から中を見る。
テーブル。
食べかけの料理。
腐り始めている。
「最近まで人がいた……?」
ぞわり、とした。
さらに進む。
道端。
小さな靴。
子供用。
片方だけ。
「……」
嫌な静けさだった。
争った痕跡はない。
血もない。
壊された形跡もない。
なのに。
人だけが消えている。
「女神の改変って……こういう事か?」
優兎は思い出す。
あの女神。
乙女ゲームにハマって歴史改変。
国を消す。
推しカプ優先。
「最悪過ぎるだろ……」
街を進む。
大通りへ出た。
そして。
「……は?」
優兎は足を止めた。
石畳が。
途中で切れていた。
その先。
黒い地面。
「アスファルト……?」
思わず呟く。
完全に現代日本の道路だった。
「急に現代的な道になってる……」
意味が分からない。
境界線みたいに世界が切り替わっている。
石造りの街。
その途中から。
急に日本。
「……改変ってこの事か…」
優兎は呆然と境界を見る。
アスファルト。
白線。
横断歩道。
そして。
信号機。
カチ。
カチ。
まだ動いていた。
「は?」
完全にホラーだった。
誰もいないのに。
信号だけが生きている。
優兎はゆっくり前を見る。
アスファルトの向こう。
そこには。
コンクリートの建物。
レンガ造りの店。
現代日本っぽい街並み。
なのに背後にはファンタジー都市。
「……なんだよこの世界」
白いうさぎは呆然と呟いた。
そして。
恐る恐る。
アスファルトへ前足を踏み入れた。
妙に綺麗だった。
ひび割れも少ない。
まるで数日前まで普通に人が歩いていたみたいに。
「……いや、絶対最近までいたよな」
優兎は周囲を見回した。
石造りのファンタジー街。
その途中から突然始まる現代日本風の道路。
意味が分からない。
世界観が事故っている。
「女神の改変ってレベルじゃねぇだろこれ……」
信号機がカチ、カチ、と音を鳴らしていた。
赤。
青。
黄。
誰もいない交差点。
なのに律儀に動き続けている。
「怖ぇよ」
うさぎはぴょん、と横断歩道を渡った。
妙に交通ルールを守るうさぎだった。
◇
街並みは完全に現代寄りへ変化していた。
コンクリートの建物。
レンガ調の外壁。
ガラス窓。
自動販売機。
看板。
だが。
「やっぱ誰もいない……」
静か過ぎる。
風の音だけ。
遠くで何かが軋む音。
それだけ。
ふと。
「ん?」
優兎は建物を見上げた。
見覚えがある。
赤、青、緑の看板。
大きなガラス扉。
「……コンビニ?」
近づく。
看板の文字は一部ノイズみたいに潰れていたが、どう見てもコンビニだった。
「異世界って何だっけ……」
自動ドアは止まっていた。
優兎は隙間から中へ入る。
◇
「うわ……」
店内は薄暗かった。
だが。
完全な廃墟ではない。
棚の商品はかなり残っている。
雑誌も並んでいた。
床もそこまで汚れていない。
「最近まで営業してた感じだな……」
優兎は商品棚を見る。
パン。
弁当。
サンドイッチ。
「うっ」
全部腐っていた。
「だよなぁ……」
鼻を押さえる。
だが。
「ん?」
缶詰。
棚の奥に並んでいた。
「やったぜ!」
うさぎがテンション上がる。
ぴょんぴょん跳ねる。
「助かった……!」
だが数秒後。
「……あ」
沈黙。
「缶切りないじゃん」
うさぎは絶望した。
「終わった……」
前足で缶詰を転がす。
開けられない。
「歯でいけるか?」
ガジガジ。
無理だった。
「文明って偉大だな……」
優兎は諦めて店内探索を再開した。
冷蔵コーナー。
腐敗臭。
「うわっ」
野菜も肉も駄目だった。
「でも腐りかけってことは……」
つまり。
「最近まで人がいた?」
嫌な静けさが広がる。
その時。
雑誌コーナーに目が止まった。
「新聞?」
前足で引っ張り出す。
「……ここも日本語なんだな」
普通に読める。
だが。
「なんだこれ」
内容がおかしかった。
『第一王子熱愛発覚!?』
『注目の婚約イベント!』
『運命の舞踏会間近か!』
『禁断の恋愛関係!?』
「ゴシップしかねぇ……」
政治。
経済。
事件。
何もない。
恋愛記事だけ。
「終わってんなこの世界」
優兎はレジカウンターへ飛び乗った。
すると。
「……ん?」
奥の機械が動いていた。
カフェマシン。
ランプが点灯している。
「マジ?」
恐る恐るボタンを押す。
ゴゴゴゴ……。
普通に動いた。
「動くのかよ!?」
紙コップへコーヒーが注がれる。
優兎はしばらく固まった。
「……飲める?」
恐る恐る口をつける。
ずずっ。
「……うま」
思わず呟いた。
温かい。
妙に安心する。
レジカウンターの上。
新聞を読む白いうさぎ。
絵面が終わっていた。
※無銭飲食は犯罪です。
「……情報少ねぇな」
新聞を置く。
「どれくらい前に人が消えたんだ……?」
考える。
そして。
「……“あれ”なら分かるか」
優兎はレジの中へ飛び降りた。
棚を漁る。
「どこだ……」
ガサガサ。
そして見つける。
「……これにしよう」
星柄の小箱。
包装を破る。
中から紙巻きの棒を取り出す。
口に咥える。
「ライター……あった」
火をつける。
じゅっ。
煙。
吸う。
数秒、目を閉じる。
息を吐く。
「…………」
ただのタバコだった。
※万引きは犯罪です。
「……湿気てないな」
つまり。
「やっぱ最近まで人いたんだな」
妙だった。
世界全体が止まったみたいだった。
優兎は近くに落ちていたリュックを見つける。
「使わせてもらうか……」
缶詰。
ライター数個。
大量のタバコカートン。
適当に詰める。
※窃盗は犯罪です。
「レジの鍵どこか分かんなかったなぁ……」
※窃盗は犯罪です。
優兎はコンビニを出た。
◇
再び街を歩く。
静かだった。
誰もいない。
だが。
「……ん?」
遠くに妙な建物が見えた。
綺麗過ぎる。
周囲の建物は多少劣化しているのに、それだけ異様だった。
「なんだあれ?」
近くの地図看板を見る。
街の中心部。
どうやらそこにあるらしい。
「行ってみるか」
優兎は大通りを進み始めた。
だが。
近づくほど違和感が増していく。
「……なんか嫌だな」
空気が違う。
静か過ぎる。
やがて建物の全貌が見えた。
「……うわ」
宮殿だった。
ファンタジーの王宮みたいな巨大建築。
白い壁。
巨大な塔。
豪華な門。
「現代的な街から急にこれかよ……」
意味が分からない。
そして。
門の前に看板があった。
『※※※国立高等魔法学園』
「……読めない」
一部だけ認識できない。
ノイズみたいに潰れている。
「また文字化け……?」
だが。
「……学園?」
優兎の顔が引きつった。
「乙女ゲームっていうか……」
周囲を見る。
現代。
ファンタジー。
学園。
「もう世界壊れてるじゃねぇか……」
白いうさぎは呆然と門を見上げていた。
―――続く




