第29話うさぎと歪な脚本
王宮の一室。
豪華な部屋だった。
赤い絨毯。
高級そうな調度品。
甘ったるい香水の匂い。
だが。
床には何人もの女性が転がっていた。
アザ。
裂傷。
虚ろな目。
誰もまともに動けない。
その中央で。
金髪の青年は楽しそうに笑っていた。
「ルートは順調だよ?」
青年は空中に浮かぶ光の画面へ向かって話している。
「もう少ししたら始めるからさ……」
「まっかせてよ」
「なんたって俺は主人公だもの」
ケラケラと笑う。
床に転がる女性の髪を踏みつけながら。
「それにまた新しい彼女見つけちゃったよ」
「今日から付き合う予定なんだ〜」
「これも女神様のおかげだよ」
嬉しそうだった。
本気で。
「今回は最高のショーにするからさ」
そこで通信が切れる。
光の画面が消えた。
青年は立ち上がる。
「ほら、そろそろ行くよ?」
「……」
返事は無い。
女性達は動かなかった。
意識を失っている者もいる。
青年は少し眉を顰めた。
「俺が言ってんだぞ?」
「起きろよ」
ドゴッ。
女性の腹部を蹴り上げた。
「うぐぅっ……!」
身体が小さく跳ねる。
女性は痛みに顔を歪めながら起き上がった。
「ご、ごめんなさい……すぐに準備するわ……」
立ち上がる。
だが。
足の向きがおかしい。
まともに歩けていない。
ミシッ。
嫌な音。
そのまま女性は倒れ込んだ。
「あ……うぁ……」
涙を流しながら震えている。
青年はそれを見て。
「あーあ」
「もういいや」
「新しい彼女作るから」
それだけ言って部屋を出ていった。
残されたのは。
女性達の小さな呻き声だけ。
そして。
部屋の隅。
壁際に立っていた侍女は。
唇を噛み締めながら震えていた。
何も出来ない。
助けられない。
そんな顔だった。
◇
歓迎の食事会。
豪華な料理が並ぶ長テーブル。
だがうさぎは落ち着かなかった。
マオ『……やっぱりおかしいわね』
うさぎ(何が?)
マオ『ヒロインが近くにいない』
うさぎ(ヒロイン?)
マオ『この食事会、元々は他の攻略対象とヒロインが顔合わせするイベントだったはずなのよ』
マオ『姫の存在がイレギュラーなのは分かるけど……居ないのは変』
うさぎ(探せるのか?)
マオ『反応を調べるわ……少し待って』
その時だった。
バン!!
食事会場の扉が乱暴に開け放たれた。
うさぎ「……あ」
転生者だった。
爽やかな笑顔。
まるで舞台に登場する役者みたいに手を広げている。
うさぎ「さっきのやつか」
マシロ「……何かやな予感」
青年は笑う。
「さぁ!」
「皆さんイベントの時間ですよ?」
その瞬間。
青年の手のひらに模様が浮かび上がった。
黒い刺青のような紋様。
うさぎ「あれって……」
見覚えがあった。
路地の少女の足。
あの刺青とよく似ている。
嫌な予感がした。
本能が叫ぶ。
やばい。
うさぎ「……全員伏せろ!!」
その声に反応できたのは。
姫だけだった。
次の瞬間。
ズボォッ!!
刺青から何本もの黒い触手が飛び出した。
悲鳴。
触手は周囲の人間達へ突き刺さる。
首。
手の甲。
腕。
だが。
血は出ない。
代わりに。
刺された箇所へ黒い紋様が浮かび上がる。
うさぎ「……そういう事ね」
第1王子「ぐっ……ぁ……!」
第2王子「や、やめ……ろ……!」
貴族達が苦しみ出す。
侍女。
執事。
兵士。
その場にいた全員。
うさぎと姫以外が苦悶の声を上げた。
少女も姫へしがみつきながら震えている。
そして。
突然。
静かになった。
無音。
叫んでいた貴族達も。
苦しんでいた王子達も。
全員が苦悶の表情のまま止まっている。
動かない。
呼吸音すら聞こえない。
気味が悪かった。
転生者はニヤニヤ笑いながら言った。
「シナリオ通りにやっちゃって?」
その瞬間。
ドゴッ!!
第1王子が第2王子を殴り飛ばした。
「貴様ァ!!」
「兄上こそ!!」
次の瞬間には。
貴族同士が掴み合い。
侍女が悲鳴を上げ。
執事が椅子を投げ飛ばしていた。
会場が一瞬で地獄になる。
転生者は楽しそうに笑った。
「さぁ〜て」
「彼女はどこかなぁ?」
うさぎ「姫!マシロ!一旦逃げるぞ!!」
―――姫「み、皆さんは!?」
うさぎ「今は無理だ!! 数が多すぎる!」
混乱に乗じ。
三人は反対側の扉へ飛び込んだ。
◇
調理場。
鍋。
包丁。
食材。
料理人達は既に暴れ始めていた。
マオ『何やったのよアンタ達!?』
うさぎ「知らねぇよ!! あの転生者だ!!」
うさぎ「イベントがどうとか言ってやりやがった!」
「ここかなぁ〜?」
扉が開く音。
転生者だった。
まるで遊んでいるみたいな笑顔。
「怪我しないうちに俺の彼女になれよ」
うさぎ「マシロ!外へのルートは!?」
マシロ「そこの扉から!」
マシロ「右!右!左!突き当たり右ー!――」
うさぎ「姫!行けるか!?」
―――姫「はい!」
うさぎは近くに転がっていたトマトを掴む。
そして。
全力投球。
ベチャッ!!
転生者の顔面へ直撃した。
「ぶぇっ!?」
うさぎ「今だ!! 行くぞ!!」
走り出す二人。
転生者は顔についたトマトを拭いながら笑った。
「鬼ごっこもたまにはいいね」
そう言って走り出す。
その様子を。
マシロは鍋の隙間から見ていた。
マシロ「……うわぁ」
◇
右。
右。
左。
長い廊下を全力で駆け抜ける。
後ろから足音。
転生者が追ってきている。
うさぎ「クソッ……!」
その時。
通路の先から誰かが走って来た。
ロズワール王。
うさぎ「チッ!」
うさぎ「最悪突き飛ばして脇抜けるぞ!」
―――姫「待ってください! あの方は……」
ロズワール「王女殿下!! 急ぎこちらへ!!」
うさぎ「は?」
ロズワールは壁へ手を触れる。
ゴゴゴゴ……。
壁が開いた。
うさぎ「隠し扉!?」
ロズワール「ここから外へ!」
中には薄暗い通路が続いていた。
ロズワールの顔は青ざめている。
それでも。
その目だけは。
必死だった。
―――続く




