第15話うさぎとバグ姫
閃光。
遅れて衝撃。
大気を殴りつけるような轟音と共に、車体が大きく跳ねた。
「うおっ!?」
ハンドルを握るうさぎの身体がシートに叩きつけられる。積んでいた缶詰が車内を跳ね回り、荷台に積まれていた野菜が宙を舞った。
バックミラーの向こう。
そこに広がっていたのは―――この世の終わりみたいな光景だった。
巨大なきのこ雲。
黒煙はただ空へ伸びているだけじゃない。生き物みたいに蠢きながら広がり、空そのものを侵食している。
雲の内側では赤黒い稲光が暴れ回り、地鳴りのような低音が腹の底を震わせていた。
「……っ」
うさぎは歯を食いしばる。
見なくてもわかる。
終わっている。
あの村は。
「クソッ……!」
車に乗りこみ。
エンジンを始動する。
タイヤが悲鳴を上げる。
白と黒の車体が大きく滑りながら半回転し、後輪から白煙を噴き上げた。
そしてそのまま急加速。
先程まで居た村へ向かい、うさぎはアクセルを踏み込む。
エンジンが猛獣の咆哮みたいな音を響かせた。
農園地帯へ入る。
そこは既に地獄だった。
作物はなぎ倒され、地面は焼け焦げ、あちこちで火が上がっている。
炎に包まれながら暴れるボレムチチ(バロメッツ)が、甲高い悲鳴を撒き散らしていた。
『メ゛ェェェェエエエエエ!!』
「……っ」
うさぎは視線を逸らし、さらにアクセルを踏み込む。
見たくなかった。
だが、見えてしまう。
焼けた地面。
崩れた畑。
炭化した何か。
看板も何も消し飛び、どこが村だったのかすら分からない。
「ここ、だよな」
勘だけを頼りに、領主の家があった辺りへ車を進める。
その途中。
うさぎは違和感に気付いた。
地面に妙な岩が転がっている。
大小様々。
形も不自然。
その中の一つが―――人の顔に見えた。
「ひ、人の顔に見える何とか現象ってやつか」
乾いた声が出る。
自分でも分かっていた。
誤魔化しているだけだ。
嫌な既視感が脳裏を掠める。
だが、うさぎは無理やり思考を逸らした。
車内から周囲を見回す。
誰も居ない。
焼けた地面。
崩れた円卓。
黒く煤けた豪華な椅子。
その時。
陽光を反射する何かが視界に入った。
「……」
地面に落ちていたのは、溶けかけた銀食器だった。
昨日まで使われていたもの。
昨日まで、そこに人がいた証拠。
「朝飯…食ってなかったな」
思わず口から零れる。
自分でもふざけていると思った。
腹は減っている。
でも、そんな気分じゃない。
なのに、何か喋っていないと正気を保てそうになかった。
「聞いてたよりクズだな…あの女神」
低く呟く。
その時だった。
一際大きな岩陰。
その影に誰かが倒れているのが見えた。
「!」
車を飛び降りる。
駆け寄る。
そこに居たのは―――姫だった。
服は焼け焦げ、ところどころ裂けている。
だが、それ以上に異常だったのは。
身体が“ブレていた”。
砂嵐の映像みたいに、輪郭が時々乱れる。
映像がノイズを起こしているみたいに。
意味が分からない。
うさぎには“ブレている”としか表現できなかった。
「生きてる?」
しゃがみ込む。
「姫?おい…!」
耳を近づける。
息はある。
その直後。
姫の瞼がゆっくり開いた。
「……」
ぼんやりした目で辺りを見回す。
「ここは…?」
「何があった?」
うさぎの問いに、姫はゆっくり首を振った。
「分かりません」
そして。
周囲を見回しながら、不安そうに呟く。
「皆さんはどちらに……?」
「領主さんも、先程まで隣に居たのに…」
「!」
その瞬間。
うさぎの中で嫌な予感が確信へ変わった。
さっきの岩。
人の顔に見えた岩。
あれは気のせいじゃない。
昔、学校で見た資料。
火山災害の映像。
人だったもの。
「……っ」
胸糞が悪い。
胃の奥が捻れる。
吐き気が込み上げた。
でも。
今それを言うわけにはいかなかった。
「…俺が来た時には、誰もいなかったよ」
苦し紛れの嘘。
姫は静かに目を伏せた。
「そう、ですか」
その顔は、どこか思い詰めているように見えた。
もしかしたら。
彼女はもう気付いているのかもしれない。
街の人たちがどうなったのか。
「とりあえずここから移動しよう」
うさぎはそう言って立ち上がる。
「…姫?」
だが、姫は動かなかった。
静かに岩へ向き直る。
そして。
両手を胸の前で重ね、祈りを捧げ始めた。
「……」
風が吹く。
遠くで雷鳴が響く。
うさぎは何か声を掛けようとして―――やめた。
かける言葉が見つからない。
今の自分に言えることなんて、何も無かった。
だから。
ただ待った。
雷鳴と風の音だけが、焼けた村を吹き抜けていた。
―――続く




