第14話うさぎは削除を見る。
空港。
高級ブランドの広告が並ぶ広いロビーを、旅行客たちが行き交っていた。
その一角にあるカフェ。
窓際の席で、派手なサングラスを頭に乗せた女がスマホを構えていた。
「ん〜、盛れてる盛れてる」
テーブルの上には、宝石のように着色された巨大なパンケーキ。 金粉。 クリーム。 意味不明な量のフルーツ。
どう考えても甘い。
だが女―――女神は、写真を撮ることにしか興味がなかった。
「たまには息抜きも大事よねぇ」
息抜きが必要なのは間違いなく別の連中である。
だが、そんなことを理解する頭は彼女には存在しない。
スマホを操作しながら鼻歌交じりに投稿。
『#推し活 #女神でも休暇は必要 #世界管理とかマジだる』
最低だった。
その時。
ピコン。
端末に通知音。
「あぁもう……」
露骨に嫌そうな顔。
女神はバッグから薄い透明端末を取り出した。
画面には地図。
無数のマーカー。
そのうち一つが点滅している。
「……まだ残ってたんだ」
指で拡大。
第6世界。
農園エリア。
見覚えのない小さなマーカー。
「しぶといわねぇ」
心底どうでもよさそうに呟く。
「まぁいいや」
指で範囲指定。
適当。
本当に雑。
「はい、削除っと」
決定。
画面に文字が浮かぶ。
『削除完了』
マーカーが消える。
「……ふぅ」
女神は満足そうにコーヒーを飲んだ。
「あ〜仕事したら疲れちゃった」
「推しに癒されなきゃ割に合わないわ」
彼女は知らない。
その“適当な操作”が、どれだけ異常な結果を生むのか。
そして。
それが全ての始まりになることを。
◇
翌朝。
変な村。
うさぎは車の前で伸びをしていた。
「んあぁ〜……」
数日滞在した結果。
完全に馴染んでいた。
街の人は相変わらずゴリラみたいな見た目だったが、慣れると普通に会話できる。
いや、普通ではない。
でももうどうでもよかった。
世界観にツッコんでいたら精神がもたない。
うさぎは車体を軽く撫でる。
白と黒の警備車両。
スポーツカーを無理やりパトカー化したような狂気のデザイン。
朝日を反射しながら静かに停まっている。
「……そろそろ行くか」
暇だった。
平和すぎた。
敵もいない。
イベントも起きない。
ご飯は出る。
寝床は最高。
ほぼ温泉旅館である。
姫の不気味さにも慣れてしまった。
いや、慣れてはいけない気もするが。
そこへ。
「おはようございます」
振り向く。
バグ姫だった。
今日も服装が違う。
昨日はドレスだったのに、今日はどこか軍服っぽい。
だが色合いはお姫様。
脳が混乱する。
「おう、おはよう」
「もう出発されるのですか?」
「まぁな」
うさぎは少しだけ視線を逸らした。
「旅を続ける事にしたよ」
嘘ではない。
実際、人のいる場所を探している。
それに―――。
少し怖かった。
自分の力が。
まだ加減できない。
何かの拍子に村を吹き飛ばすかもしれない。
姫を巻き込むかもしれない。
それが、なんとなく嫌だった。
姫はいつもの笑顔。
「私は各領地の視察を続けますので」
「またどこかでお会いするかもしれませんね」
「……かもな」
うさぎは苦笑した。
その時。
「騎士様ー!」
「また来てくれよー!」
「次はボレムチチ鍋を!」
村人たちが手を振っている。
「いや鍋はいいかな……」
若干引き気味のうさぎ。
でも悪い気はしなかった。
変だけど。
本当に変だけど。
いい人たちだった。
うさぎは車に乗り込む。
改造チャイルドシート。
延長されたペダル。
うさぎ専用運転席。
エンジン始動。
低く獰猛な咆哮。
村人たちが「おぉ〜!」と拍手していた。
なんなんだこの村。
「じゃ、またな!」
車が走り出す。
農園の道を駆け抜ける。
ミラー越しに見える姫と村人たち。
手を振る姫。
それを見ながら、うさぎは少し笑った。
「変だけどいい人たちだったなぁ」
道はやがて草原へ。
風が吹く。
草が波のように揺れる。
空は青い。
世界は静かだった。
「人が居るのも分かったし……」
「結構この世界いいかもな」
車は滑るように草原沿いを走る。
エンジン音。
タイヤ音。
揺れる荷物。
後部座席には缶詰と保存食が山積みだった。
「次はどんな街かなぁ」
その瞬間。
後方が光った。
「……はら?」
間抜けな声。
振り返ろうとした時だった。
衝撃。
「うおぁっ!?」
車体が揺れる。
缶詰が跳ねる。
果物がフロントガラスに激突し潰れた。
後部から何かが転がってくる。
煙。
振動。
だが。
車は止まらない。
「いっ……たぁ……」
うさぎは頭を押さえながら車を停車させた。
静かになる。
「なんだったんだ今の……」
車から降りる。
そして。
振り返った。
「―――」
言葉を失った。
遠く。
村のあった方向。
そこにあったのは。
巨大な黒煙だった。
天を貫くほどの煙。
渦を巻く暗雲。
赤黒い閃光。
稲妻。
空間そのものが裂けているような異様な光景。
きのこ雲。
まるで世界の終わり。
「……なんじゃこりゃぁ」
乾いた声。
現実感が無い。
だが。
方向は。
間違いなく―――。
「村……?」
喉が鳴る。
冷たい汗。
うさぎは理解してしまった。
「あの天使の言ってた……削除……?」
想像していたものと違う。
もっとこう。
静かに消えるとか。
データみたいにフェードアウトするとか。
そんな感じを想像していた。
違う。
これは。
災害だ。
終末だ。
世界破壊だ。
「規模おかしいだろ……」
風が吹く。
黒煙が揺れる。
遠くから地鳴りのような音が響いてくる。
うさぎは青ざめた。
「……話と違うんですけど?」
乙女ゲームを壊せ?
国家を潰せ?
「こんなの無理だろ!!」
草原に、うさぎの叫び声が響いた。
―――続く




