第12話うさぎは人間関係に悩む。
白と黒の車体が、石畳の街道を低く唸らせながら走っていく。
甲高い排気音。
路面を擦るような低いエンジン音。
猛獣が喉を鳴らしているような振動が車体越しに伝わっていた。
運転席では、白いうさぎ――佐伯優兎が前足でハンドルを握っている。
「うおぉぉ……マジで慣れてきた……!」
足元には大量に積まれた木箱。
後部座席には缶詰、保存食、毛布、工具、謎の便利グッズ。
完全に夜逃げスタイルだった。
助手席には、先ほど拾った謎の王女。
いや。
“拾った”と言っていいのかすら怪しい。
地面に埋まってたし。
「―――うさぎさん、もう少し先を右です」
「お、おう」
聞き取れない。
相変わらず名前も国名もノイズみたいに消える。
だが会話自体は成立していた。
意味がわからない。
「……」
うさぎはちらりと隣を見る。
綺麗な銀髪。
上品なドレス。
整った顔立ち。
絵本の王女様みたいな見た目。
なのに。
時々。
視界の端で輪郭がブレる。
服の色が変わった気がする。
今一瞬、軍服じゃなかったか?
「……気のせいだよな」
「はい?」
「いやなんでもない」
怖ぇんだよ。
しかも本人は一切気付いてない。
余計怖い。
その時だった。
「……あれ?」
うさぎは眉をひそめる。
おかしい。
景色が違う。
さっき通った道のはずだ。
森。
街道。
石畳。
そのはずなのに。
「……村?」
前方。
森の奥に。
小さな集落が見えた。
「は?」
思わずブレーキを踏む。
車体が低く唸りながら減速した。
「こんなの……あったか?」
確実に無かった。
一本道だった。
分かれ道も無かった。
だが。
今は。
普通に村へ続く道が存在していた。
「魔法とかで侵入者対策……?」
いや違う。
よく見ると。
石畳の劣化具合そのものが違う。
道が変わっている。
「……なんだこの世界」
「―――私が向かっていた街です」
「そうなんだ……」
もうツッコむのも疲れてきた。
車を進める。
村の入口には木製の看板。
だが。
文字は読めない。
『―――王国』
『―――領』
『―――市』
『―――の街』
「また文字化けかよ……」
車はそのまま村へ入っていく。
のどかだった。
畑。
井戸。
木柵。
農園。
……農園?
「……ん?」
うさぎは耳を動かした。
『めぇぇぇぇぇぇ』
羊みたいな鳴き声。
だが。
周囲に羊はいない。
「……」
畑から聞こえる。
だが見ない。
絶対見ない。
嫌な予感しかしない。
「―――あちらが領主さんのお宅です」
「掘っ建て小屋じゃん」
思わず本音が出た。
目の前にあったのは。
木の枝を雑に組んだだけの何か。
家というより。
失敗した自由研究。
「安全基準どうした?」
「はい?」
「いやなんでもない」
だが姫は気にせず話を続ける。
「この街は一年中気候が安定しているので、作物が豊富なんです」
「作物って何育ててるんだ?」
姫は満面の笑みで答えた。
「ボレムチチです!」
「え?」
「ボレムチチです」
満面の笑み。
「……」
意味がわからない。
名前から物体が想像できない。
「ぼれむちち……」
「はい!」
異世界怖ぇ。
その時だった。
「姫様ー!!」
突然。
周囲に人影が集まり始めた。
うさぎは反射的に身構える。
「よくぞご無事で!」
「お待ちしておりました!」
「―――姫様ー!」
歓迎ムードだった。
だが。
住民を見て。
うさぎは沈黙する。
「……ゴリラじゃん」
毛皮。
筋肉。
ドラミング。
顔面。
いや。
ギリ人間。
たぶん。
でも九割ゴリラ。
「歓迎いたします―――姫殿下!」
領主らしきゴリラが頭を下げる。
すると。
姫が車から降りようとして。
うさぎは固まった。
「……は?」
すり抜けた。
ドアを開けていない。
なのに外に立っていた。
「……」
見なかったことにしよう。
うん。
疲れてるんだ。
「今年も豊作ですね」
「えぇ! 元気に育っております!」
「さっきの鳴き声か……」
嫌な予感しかしない。
「歓迎の席を用意しております!」
「騎士様もぜひ!」
「騎士ってなんやねん……」
流されるまま。
うさぎも後を追う。
そして。
枝小屋の裏へ回った瞬間。
「……???」
思考が止まった。
そこにあったのは。
豪華絢爛な大理石の円卓。
金の装飾。
赤いクッション。
銀食器。
高級ホテルの晩餐会みたいな光景。
背景だけ原始時代なのに。
「脳がバグる……」
青空。
草原。
枝小屋。
超高級円卓。
意味がわからない。
次々と料理が運ばれてくる。
どれも妙に美味そうだった。
「……うま」
普通に高級料理。
なんで?
領主が誇らしげに胸を張る。
「こちらは今年最初のボレムチチでございます!」
運ばれてきたのは。
山型の鉄板。
肉。
野菜。
湯気。
「……」
見覚えがある。
めちゃくちゃある。
「ジンギスカンじゃん」
その瞬間だった。
うさぎの脳裏に電流が走る。
羊みたいな鳴き声。
植物。
肉。
鉄板。
そして。
ボレムチチ。
「……あ」
思い出した。
「バロメッツか!!」
一文字ズレてる!
伝説上の羊植物!
「名前バグってんのかーい!!」
思わず叫ぶ。
だが周囲は普通に拍手していた。
怖い。
めちゃくちゃ怖い。
「―――ボレムチチです!」
姫は満面の笑み。
「はいはいボレムチチですね……」
うさぎは半分諦めながら肉を口に運ぶ。
「……羊肉うまぁ」
普通に美味い。
悔しい。
その時だった。
領主が笑顔で宣言する。
「続きまして! 本日のメインイベント!」
「ボレムチチ解体ショーです!」
「……は?」
次の瞬間。
『めぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』
悲鳴。
吹き出す赤い樹液。
蠢く植物の肉。
鉄の臭い。
切断されても動く果肉。
うさぎは真顔になった。
「……」
「この世界の人間との関わり無理かも」
―――続く




