121話 友
ユーリの身体から炎の矢が抜け落ち、それと同時にユーリは前のめりに倒れた。
「「「「ユーリ!!!」」」」
「…………」
スカーレットとゴラム以外の四人は一斉にユーリの名を叫んだ。
しかし、彼がそれに答える事はなかった。
「ハッハハハッ……! 勇者と言ってもこの程度か! 妾はまだ中級魔法しか使っとらんぞ?」
シエスタは倒れたユーリを嘲笑うかのように余裕たっぷりの表情を浮かべた。
セリーヌ達はそんなシエスタの言葉に耳を貸さず、すぐさまユーリの元へ駆け寄った。
その間、俺を含めた魔族の三人は姿を晒すわけにもいかず、ただ目の前に広がる凄惨な現場を見て奥歯を噛み締めるしか出来なかった。
「――――【エクストラヒール】! ユーリ……! 起きて……!」
「セリーヌもっとだよぉっ……! 早くしないとユーリが死んじゃうっ……!! ユーリ! ユーリィ……!!」
「ユーリさん……! ユーリさん……! オイラ、ユーリさんが死ぬなんて嫌です……! 起きて下さい……!!」
セリーヌは必死に、そして何度も回復魔法をユーリにかけつづけた。リリィは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら必死にユーリの名を叫んでいた。そしてボンズもまた、大きな身体を小刻みに震わせながらその様を涙を流して見ていた。
それから暫く。セリーヌは魔力切れになる限界を超え、鼻から血を吹き出しながらも回復魔法をユーリにかけ続けた。
そしてリリィも、ふにゃ丸の力を借り回復魔法を行使。ボンズは自分には何も出来ないと無力さを噛み締めながらも、必死にユーリの名を呼び一縷の希望に賭けた。
「ハッハハハ……! 何をやっても無駄じゃあ……! 妾のファイヤーアローは強大な魔力を込めておる。それがそやつの内臓をも焼き尽くしたのじゃ。いくら勇者とはいえ死は免れんわ……!」
シエスタは自慢げにそう語る。しかしセリーヌ達は諦めなかった。必死にユーリの回復を試みる。
そして俺は巨木の陰で怒りを必死に押し殺しながらも言葉を漏らす。
「おい……スカーレット。ゴラム……」
「はい、エル様。お気持ちは重々承知しております。ですが……」
「そうだぜ。わかっちゃいるとは思うがエル様。今あそこに出ていくのは駄目だぜ? ンなことすりゃあエル様の計画が全部――――」
「――――黙れ……」
「あぁ……?」
「エル様……」
俺は内から溢れ出る怒りで気がおかしくなりそうだった。あるはずの無い魔力が体の底から湧き出て来ているかのような錯覚すら覚える。
「何が計画だ……何が和解だ……。一人の友も救えないで誰が世界を平和にするだって……!?」
「「…………っ!?」」
俺は感情のままに思いの丈を曝け出す。スカーレットとゴラムは驚いている様子だが、そんな事を気にかける余裕は俺には無かった。
「俺はシエスタを殺す……」
「待ってくださいエル様……!」
「駄目だってそりゃあ……! 確かに気持ちはわかるけどよ、シエスタを殺っちまえば後々ぜってぇに魔族から憎しみが生まれるぜ!?」
俺の言葉を受けスカーレットとゴラムは説得を試みた。だが俺は止まれない。
「因果応報だ。シエスタが死んで、人間を憎むような奴らも俺が殺す」
「どうしてそこまで……!?」
「ユーリはこの世界で出来た、俺の初めての友だからだ……」
「友……? 相手は勇者だぜ、エル様……いや、魔王様?」
スカーレットは戸惑っている。ゴラムは俺がユーリを友だと言ったことに怪訝な表情を浮かべていた。
「それがどうした。人間だろうが、勇者だろうが、俺にとってユーリは友だ。そいつを傷付けられてじっとしていられる程、俺は大人ではない」
「エル様はユーリ達を利用して、人間共を生きたまま捕虜とし、魔族の繁栄のために使おうと思っていたのではないのですか……?」
「何を言っているんだスカーレット。俺は初めから人間と魔族の争いを止めると言っていただろう? よもや俺の傍に長くおりながら、その真意に気付けていなかったとは……。失望したぞ……」
「…………っ!!」
俺はゴラムの言葉に怒りを滲ませて答えた。するとスカーレットは困惑しながら俺の計画について話した。
しかしそれは長く続いていた彼女の勘違いであり、俺はそれにひどく落胆し冷たい言葉を口にしてしまった。
スカーレットはショックを受け、涙を浮かべて顔を伏せた。
「俺様はエル様の真意をわかった上でついてきた。だけどよ……今のは流石にこの女が可哀想だぜ……?」
「何だ? 貴様も俺のやる事に口を出すつもりか? 邪魔をするというのなら貴様も殺すぞ、ゴラム……」
「…………ッ!」
俺は怒りによって我を失っていた。その証拠に言霊の能力で隠蔽していたはずの二本の角や赤い目も姿を現し、自らを慕ってくれているゴラムにすら手をかけると口にしてしまっていた。
そしてゴラムは俺が放つ圧倒的な圧力に気圧され口を噤む。
「…………【筋力 限界突破】【速度 限界突破】【防御力 限界突破】――――」
そして俺はぶつぶつと言霊を唱えながら立ち上がり、目の前の巨木を蹴飛ばし爆散させた。
「な、何じゃ……!?」
シエスタは突然森の中に木霊した爆音に驚き、そちらを見やる。そして尚も驚愕。なぜならそこにいたのは魔王である俺と、同族であるスカーレットとゴラムだったからだ。
「魔王様……!? それにスカーレットとゴラム……。ここで何をしておる……?」
「「「魔王……?」」」
シエスタは俺達に気付くやいなや、すぐさま俺達の正体を明かした。そして――――その声を聞いたセリーヌ達は口を大きく開け俺の顔を見つめていた。
「ま、魔王様……何故ここへ……」
「貴様こそ、ここで何をしておる……? 人間に危害を加え、広大な森を焼き……挙句の果てには罪なき者を傷付けた……。なぁシエスタよ……。一体、俺はいつそんな事を貴様に命じたのだ……?」
俺は怒りで我を忘れ、セリーヌ達の戸惑いの声も耳に入らず、ゆっくりとシエスタに近付き問い詰めた。
――俺は今、どんな顔をしているだろうか。
怒りによって顔を歪ませているだろうか。
それとも配下に尽く裏切られ、悲しみに満ちているだろうか。
などと考えていると、シエスタはひどく肩を震わせながら口を開いた。
「わ、私は……ただ魔王様のご意志に――――」
「――――俺の意思……? やはり貴様は何もわかっていないようだな」
「はい……?」
シエスタは俺の問いに答えるように口を開いた。そして俺は彼女が発したたったそれだけの言葉で、俺の真意が何も伝わっていない事を理解した。
刹那。森の中にリリィの声が木霊する――――
「セリーヌ……! ユーリが息してないよ……!!」
「な…………っ!?」
「ユーリさん……!」
ユーリが命の火を消してしまった。セリーヌ達が、俺とシエスタのやり取りに気を取られていた間に。
セリーヌ達は倒れているユーリを仰向けにしてやると、彼に抱きつき泣き叫んだ。
「そうか……。ユーリは死んだか……」
俺は友であるユーリの死を確認すると、シエスタの服を掴み、俺の顔の位置まで引き下ろした。
「ま、魔王様……!?」
「――――俺は今から貴様を殺す。一秒だけ時間をやろう。その間に俺を納得させるだけの理由を言ってみろ。俺の親愛なる友を殺した理由を……!!」
「…………っ!!」
俺は最後のチャンスをシエスタに与えた。当然の事ながら許すつもりなど毛頭ないが。
そして、シエスタが怯んでいる間に約束の一秒は経過した。
「時間だな……」
「ま、待ってください魔王様……! 奴がまさか魔王様の友だとは知らなかったもので……! どんな罰でも受けます……! お望みとあらば、五芒星を降ります……! ですからどうか命だけは……!」
「黙れ。俺は貴様の命乞いなど求めてはおらん。――――終わりだ。死ね……シエスタ」
「魔王様ァァァッ……!!」
俺は左手でシエスタの首をしっかりと掴み、右手を大きく振りかぶった。そして今まさに、渾身の一撃をシエスタの顔面に叩き込もうとしたその時――――眩い光が森全体を包み込んだ。
「…………何だ?」
俺はシエスタを殺そうと振り下ろしていた手を止めた。
『喧嘩はやめなさい、私の可愛い子供達よ』
すると、聞き覚えのある声が森の中に響いた。
俺がその声を聞いたのは十年ぶりのことだった。
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