122話 女神の加護
俺が怒りで我を忘れシエスタに手をかけようとしたその時――――森は眩い光に包まれ突如として聞き覚えのある声が響いた。
『喧嘩はやめなさい。私の可愛い子供達よ』
俺はおよそ十年ぶりに聞いたその声に驚愕した。
「何でここにいるんですか……女神様」
俺はそう言葉をこぼした。それを聞いた他の面々はハッと息をのみ、ゆっくりと光の中から姿を現す女神を凝視していた。
「それは、あなたがその娘を殺そうとしているからです、内身善行さん。いや、今は魔王エルでしたわね」
「えぇ……。全部バラすじゃん……」
俺は突然の女神の登場により、いつの間にか失っていた自我を取り戻していた。
そんな俺はシエスタから手を離しそこらに捨て置くと、女神の方に身体を向けた。すると女神は何やら気になることを口にする。
「それにもう一つ。この世界を揺るがす問題が迫っていますから……」
「世界を揺るがす問題……? 何ですか、それは……?」
女神が口にした世界を揺るがす問題――――俺は恐る恐る、それについて詳しく尋ねた。
「まぁそれは近いうちにわかりますから……。そもそも対処のしようも無いですし。それより今は……そこの勇者です」
「…………っ!」
俺の問いを軽く流した女神はそう言うと、倒れているユーリへ向き直り、ゆっくりと近付いた。
「あ……あっ、女神……様……? 貴女様は本当に……あの……?」
「ふふふ。あなたは聖女セリーヌですね。毎日のお祈り、しっかりと届いていますよ」
「…………っ! あ、あ……ありがとうございます……!!」
セリーヌはとても緊張した様子で女神に頭を下げている。彼女は聖女ということもあり特別、信仰心が強いのだろう。
「女神様……! ユーリを……ユーリを助けてっ……!」
「大丈夫ですよ、魔女リリィ。勇者は必ず助かります」
リリィは鬼気迫る表情で女神にすり寄る。対し、女神は優しく微笑みユーリが助かる事を告げた。
するとリリィは表情を緩め安堵した。
「本当……! ですかっ……? よかった……」
「リリィ、よかったクリンね!」
「うん……ありがとう、ふにゃちゃん」
そんなリリィにふにゃ丸は定位置から顔を出し、身体の一部を伸ばして彼女の頭を撫でた。
「ふふ。魔物とも仲良くしていて、たいへん素晴らしいですね。これからも二人は仲良くするのですよ?」
「うんっ……!」
「もちろんクリン……!」
終始、優しい声で話す女神。リリィとふにゃ丸は仲が良いことを褒められて嬉しそうだった。
「で、ですが女神様……。ユーリさんを助けると言っても具体的にどうやって……? だってもうユーリさんは……。蘇生魔法なんて聞いた事もないですし……」
「確かにあなたの言う通り、完全な蘇生魔法なんてものは存在しません。それに私は魔力など持っていませんからね」
「えっ……!? じゃあ本当にどうやって……?」
すると次にボンズが不安げな表情で女神に問うた。それに対しても丁寧に答える女神だったが、具体的な解決法が見えないボンズは更に怪訝な表情を浮かべた。
「大丈夫です、戦士ボンズ。蘇生魔法なんて必要ありませんから」
「えっ……?」
「そもそも勇者は死んでなどいませんよ?」
「「「…………っ!?」」」
女神から飛び出したまさかの言葉に、その場にいた全員が絶句した。
――ユーリが死んでいない……?
シエスタの魔法で完全に腹を貫かれたのに……?
俺は女神が何を言っているのか理解出来なかった。
すると女神は続けて口を開く。
「勇者には"女神の加護"を二つ授けています。一つは"聖剣"。これは魔族に対してのみ有効な能力です。ただ、まだ彼はこれを最大限に活かすに至っていないようですが……」
――女神の加護……。
俺のスキル言霊もそれと同じだよな。
ユーリは聖剣の他に何を授かったんだ……?
などと考えていると、女神はさらに続けた。
「そしてもう一つ。その名も"不滅"。――――これは魔族による攻撃では死に至らないというものです」
「「「「…………っ!!」」」」
女神の言葉に俺達は再度驚愕。言葉を失った。
――不屈……。正に勇者にとってのチートスキルだな……。
ただ、いくら死なないとはいえ痛みはあるだろうし、実際にユーリの腹には穴があいている。
だったら今、ユーリは相当苦しいんじゃ……。
「うっ……」
俺は今のユーリの苦しみを想像し、少しだけだが吐き気をもよおす程だった。
「ですが、女神様……。私は何度も回復魔法を施しました。それでも彼の傷は癒えませんでした……! それは何故なのでしょう……?」
「それは加護の力がはたらいているからでしょう。女神の加護はこの世のどんな力よりも優位になります。つまり加護の力によって治癒が行われている間は魔法による効果は受け付けないのです」
――なるほど、そういうことか。
だから俺のスキルによる変身は誰も見抜けなかったのか。
かといって、ユーリが今苦しんでいるのは事実だし、早く何とかしてやりたいけど、加護がはたらいている以上は何も出来ない……。
もどかしいな……。
「安心してください。完全に傷が癒えるまでにはもう少し掛かりますが、時期に目を覚ますと思いますよ」
女神は微笑みながらそう言った。すると――――
「カハッ……! いてぇよぉ……死ぬかと思ったぁ……」
ユーリが突然目を覚ました。そして口から血を吐き出し、いつもの調子で声を発した。
「「「ユーリ……!!!」」」
セリーヌ達はすぐさまユーリに抱きついた。余程心配していたのだろう。
「ごめんよ、みんな。心配かけちゃって……」
「ほんとよ……! 勇者なんだからもっと強くなりなさいよね……!」
「ユーリのばか……。心配した……」
「でもユーリさんが生きてて良かったですぅ……!!」
ユーリは仰向けに寝転がったまま、薄ら目を開けて三人に謝った。セリーヌは若干怒りながらも涙を流し、リリィは傷口から遠く離れたユーリの肩付近をポンポンと叩き、ボンズは大口を開けて泣き叫んだ。
「三人ともありがとう……。ボンズは絶え間なく呼びかけてくれて、セリーヌとリリィ、あとふにゃ丸も回復魔法をかけてくれて本当にありがとう」
「「「えっ……!?」」」
ユーリの言葉に三人は驚愕した。なぜならそれらはユーリが意識を失っていた時の話だったからだ。
「何かわからないんだけど、意識はずっとあったんだよね」
「「「ユーリィィッ!!!」」」
「えぇ……!?」
ボンズは驚いた表情を浮かべただけだったが、余程恥ずかしかったのかセリーヌとリリィはユーリの頬をひっぱたいた。
そして俺はそんな微笑ましい様子を遠くから眺めていた。
――よかった……。ユーリは生きてる……。
本当によかった……。
俺もあの場に混ざりたいが、魔王である俺が勇者の復活を喜ぶなんて場違いだろう……。
「エルもありがとうな。俺の為にあんなに怒ってくれて」
そんな事を考えていると、ユーリが俺にそのままの状態で声をかけてきた。俺は危うく涙をこぼしそうになったのを何とか堪えた。
「あぁ……うん。生きててよかったよ……」
「うん、本当に……ありがとう……」
俺とユーリはそんな言葉を交わした。しかしそれは、どこかよそよそしいものだった。
ユーリは倒れている間も意識があった。つまりそれは、俺が魔王である事を知ってしまったのと同義だった。
「ユーリ……。意識があったってことは、エルきゅんが、その……」
「うん……聞いてたよ。正直、びっくりしたな……」
ユーリはやはり聞いていた。しかし、俺はそれに対して何も言葉が出て来なかった。
「でも……エルは今まで一度も……! エルは悪い魔族じゃ……!」
「わかってるよ、リリィ。でも普通の魔族とは違う……魔王なんだ……」
リリィは俺が魔王だと知っても尚、俺を庇うような発言をした。ユーリもそれは理解している様子だが、それでも魔王とは人類の敵である事には変わりはなかった。
「そう……ですよね……。でもオイラ……エル君とは戦いたくないですよ……」
「俺だってそうだよ……。だけど……俺は勇者でエルは魔王……。それは変えようのない事実なんだ……」
ボンズもまた、俺と戦いたくないと口にした。それはユーリも同じだったようだ。しかし、彼の言う通り互いの関係はあくまで敵同士。それがわかった以上、もう一緒にいる事は出来ない。
そんな空気の中、女神が唐突に口を開いた。
「本当に馬鹿ですね……我が子達は……」
「え……?」
女神の突然の発言にユーリはぽかんとした表情で聞き返した。
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