113話 お説教
ジャペン近郊に"走る鬼"と呼ばれる鬼人が現れたという情報が、ナイトーくん経由で入った。
スカーレットとゴラムはその話をしながら終始浮かない表情を浮かべている。
――走る年寄りの鬼人ニック……。
二人がそんな顔をする程にヤバいやつなのか?
「その鬼人は後どれくらいでここへ到着する見込みだ? 場合によっちゃあ俺様達で相手するしかねーぞ?」
「はぁ……。こんな忙しい時に面倒ですね。エル様との再会も果たせたばかりだというのに」
俺が鬼人の正体について思案していると、スカーレットとゴラムは浮かない表情ながらも、仕方がないといった様子で戦闘に入る心づもりだけはしていた。
そして、ゴラムの問いに答えるかのように、ナイトーくんは続けて入った情報を俺達に伝える。
「鬼人は一直線にこちらへ突貫。あと数分でこちらへ到着します……!」
「あと数分……。これはもう猶予は無いという事だな、ナイトーよ?」
――無いという事だな、ナイトーよ。
ふふっ。我ながら洒落た親父ギャグだぜ……。
ってそんな事を言っている場合じゃないな。
走る鬼人か……。どうする……?
まぁもう既に戦いは避けられないにしても、旧四天王は皆強者揃いだと聞く。
ふにゃ丸も以前にスカーレットを圧倒したわけだし、ゴラムと二人がかりで倒せるのか?
やはり俺が出張るべきなのか?
「エル様……ここは私にお任せを。マゼンタに洗脳されるなどという失態を挽回したいと思います」
俺が思案を重ねていると、スカーレットは俺の前に膝まづき、そう願い出た。そこまで言われると俺もNOとは言えない。
「スカーレット……。わかった。ならば、頼む」
「エル様……! ありがとうございます……!」
俺がそう言うとスカーレットは目を輝かせた後、しっかりと頭を下げた。すると横からゴラムが強引に割って入り口を開く。
「はっ! 寝ぼけた事言ってんじゃねーよ! 引退した老いぼれなんぞ、俺様一人で十分だ! テメェはエル様に情けない姿でも晒しとけショタコン! な!? エル様!?」
「何を言うか、脳筋岩野郎!? 貴様が私より弱い事は以前にも証明したはずだろうが!?」
ゴラムは語気を強めてスカーレットを貶すと、俺に同意を求める様にそう言った。するとすかさずスカーレットは反論に出た。
「ゴ、ゴラム……。だがスカーレットの言っている事は筋が通っている。失態を挽回しようとする事は別に悪い事ではないだろう?」
「だけどよ! こんな腑抜けが参加して相手出来る程、ニック様はヤワじゃねーぜ!?」
「だから私がやると言っているのではないか! 雑魚は引っ込んでいろ!」
「あぁ!? 誰が雑魚だとテメェ!?」
「お前だ、クソ岩が!」
俺の諭す様な文言はやはりと言うべきか、ゴラムには一切響かず、再びスカーレットと喧嘩を始めてしまった。
「貴様ら……喧嘩をしている場合ではない。少しは落ち着いて話をせんか」
「「はい……」」
ひとまず俺は二人の喧嘩の仲裁に入り、それをピシャリと止める。
「まずゴラム。貴様はいちいちスカーレットに突っ掛かるな。だからスカーレットが怒るのだろうが」
「すまねぇ、エル様……」
「次にスカーレット。貴様もゴラムの言う事をいちいち真に受けて反論するな。貴様が怒ればゴラムも怒って喧嘩になることくらいわかるだろうが」
「はい。申し訳ありませんエル様……」
俺は二人にしっかりと説教をした。
喧嘩をするほど仲がいいとは言うが、やはり喧嘩は良くない。
それに喧嘩の原因が何であれ、どちらかが一方的に悪いのではなく、どちらも悪い。これが俺の持論だ。
「よし、わかったのなら握手だ。友情のな」
「「うっ……はい……」」
俺がそう言うと、二人は苦虫を噛み潰したような顔で固い握手を交わした。
「貴様らー。絶対に手に力を入れるなよー」
「「ギクッ……。はい……」」
仁王立ちでそれを見つめている俺の言葉に、二人はビクッとした後に、肩の力を抜き睨み合いながら数秒、手を握っていた。
「よし、じゃあ仲直りも済んだことだ。貴様ら二人でその走る鬼とやらを倒して来い」
「「はぁ!?」」
俺はそのままの体勢でそう提案をすると、ゴラムはいつもの調子だが、普段俺には丁寧な言葉遣いを心掛けているスカーレットまでもが声を上げた。
「何だ、不満か?」
「「い、いえ……」」
――うーん。これはパワハラだぁ……。
強い権力でやりたくない事を無理強いしている。これはれっきとしたパワハラだぁー。
上司に命令された上に、「不満か?」などと言われて、素直に「はい」なんて言える奴なんていないんだよ……!
だが、ここは耐えてくれ二人共……。
このまま二人の仲が悪いままでは下の者に示しがつかないからな……。
「よし、じゃあ行ってこい! 俺も遠くで見ているからな! 喧嘩したらすぐわかるのだからな!?」
「承知しました……」
「わーってるよ……」
二人は暗い表情を浮かべたまま、とぼとぼとわかりやすく肩を落として歩いて行った。
――流石に少し可哀想だったか……?
でもまぁ二人には仲良くして欲しいしなぁ。
「よし、じゃあ俺もこっそり後を…………って。ナイトーよ。貴様、まだいたのか?」
「へっ……?」
俺はそう言うと、二人を追うように抜き足差し足忍び足で歩き始めた。すると俺の背後で突っ立っていたナイトーくんの事を思い出す。
「へっ……? ではない。間抜けな声を出しよって。貴様はさっさと残りの死人達を連れて魔王城へ帰れ」
「はっ! 承知しました……!!」
「あと……ロクサーヌの事は俺に任せろ。必ず連れ帰ってやる」
「…………っ!! はい……!!」
ナイトーくんは俺の言葉を受け、涙を流しながらその場を駆け足で後にして行った。まぁ実際のところ、涙なんて流れてはいないのだが、声色から何となくそう思った。
「おい、ふにゃ丸。起きているのだろう? よもや元魔族内序列二位の貴様が、マゼンタのスキルにやられたとは言わせんぞ?」
「クリン……。何だ、バレてたクリンか」
そして俺もその場を立ち去る――――なんてフリをして、リリィの帽子の中でぬくぬくとしているふにゃ丸に声を掛けた。するとふにゃ丸はゆっくりと帽子を持ち上げ、中から顔を出した。
「貴様……何故話に入って来なかった?」
「オレは争いが嫌いクリン! 相手が同族となれば尚のことクリン!」
「そうか。だが、リリィを見てみろ。ぐったりして倒れているではないか」
「クリン……」
俺がそう言うとふにゃ丸はリリィの顔を覗き込む。そして申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「貴様が着いていながらこのザマは何だ? 自分だけ難を逃れて、主人であるリリィはどうでもいいのか? 貴様のその魔法適正は飾りか?」
「ふにゅう……」
「次は無いからな? 俺がいようが、いまいが関係なく、貴様はリリィを必ず守れ。良いな?」
「わかったクリン……。ごめんなさいクリン……」
俺の説教を受け、ふにゃ丸はわかりやすく反省し、しょぼくれていた。
――さっきから俺、説教ばかりしてないか?
嫌な奴だな俺は……。
早くみんなと笑って飯が食いたいぜ……。
「よし。ならば俺はあの二人を追う。その間に貴様はこの街にいる人達全ての精気を戻し、目を覚まさせておけ」
「ひ、一人でクリンか!?」
「何を言う。貴様には頼れる主人と仲間がいるだろう?」
「クリン……!」
「ふっ。わかったようだな。ならば頼んだぞ」
俺はそう言い残し、必死にリリィを起こし始めたふにゃ丸を置いてその場を後にした。
◇
ジャベンの入口に聳え立つ大きな扉の前に辿り着くと、既にスカーレットとゴラムは、大きな土煙を上げ迫り来る"走る鬼人"を待ち構えていた。
「足引っ張っらないで下さいね」
「そりゃあこっちのセリフだ。テメェが言うな」
二人は俺にバレないようにか、小声でそんな言い争いをしていた。俺はそんな二人を含め、全体を見られるように扉の上に座りそれを眺めていた。
「なるほど。上から見たらこうなってたのか」
物事は角度を変えて見ると違った見え方をするというが、これは文字通りの意味だ。
ジャベンと聞いて、俺はてっきり島国だと思ってたが、海の反対側はかなり広い陸地が続いていた。
そしてその陸地こそ、走る鬼がいる場所だった。
――ていうか、海に面したここで待つより、陸地で迎え撃った方が戦いやすくないか?
ここに来て口を挟むのは少々野暮だが仕方ない。
「おーい、スカーレットー! ゴラムー! 鬼は反対側だ! そっちの方が広くて戦いやすかろう。移動したらどうだー?」
俺がそう声を掛けると、二人は顔を赤くして猛スピードで町の反対側へと駆けて行った。
――あれ、アイツらもしかして気付かずにあそこで待ってたのか?
何か可哀想なことしたな……。
何はともあれ二人はその後、反対側の陸地で走る鬼を迎え撃つ。そしてそこへ走る鬼も到着し、いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。




