114話 走る鬼
スカーレットとゴラムが海とは反対側の陸地へ移動すると、"走る鬼"こと鬼人ニックが丁度到着し、二人の前で足を止めた。
「ガハハ……。来たぜ、スカーレットォ……。気ぃ引き締めろやァ……」
「当然です。もしニック様が現役の時のような強さを持っていたら、我々に勝ち目はほぼありませんからね……」
二人は足を止めたニックを前に、顔を引き攣らせつつも程よい緊張感を持って対峙していた。対するニックは走って来たからか、身体から蒸気のようなものを発し、異様な威圧感を放っていた。
――おぉ、アレが"走る鬼"か。
凄い威圧感だ……。
まぁでも、心配はしていない。
何せ、二人は俺の頼れる部下だからな。
俺の期待を一身に背負ったスカーレットとゴラムは、背筋にゾクッとした感覚を覚える。そして二人は、謎の蒸気を発し、威風堂々と貫禄のある立ち姿のまま動かないニックに対し、口を開く。
「ニック様。お初にお目にかかります。私、魔王エル様のお世話係をしております、スカーレットと申します。早速の質問で恐縮ですが、こちらへはどういった目的で……?」
「…………」
「俺様は五芒星のゴラムってんだ! ニック様は確かにつえー。だけどよ、残念ながらもう歳だ! テメェの出る幕はもうねーよ! 用がねぇーなら帰りやがれ!」
「…………」
スカーレットは丁寧に、そしてゴラムは威勢よく言葉を発したのに対し、ニックは未だ口を開こうとはしない。
――ん? どうしたんだ?
目の前に向かってくる二人がいて、何でだんまりだ……?
何を考えている……?
初手はどう来る……?
俺はニックの動向を見ながら彼の次の動きを予測したりと考えを巡らせる。すると漸くニックが重い口を開いた。
「ぐっ…………ぷはぁ……!! がァー! 久々に走ったら死ぬかと思った……!」
「「は……?」」
「はぁ……?」
漸く口を開いたニックから発せられた言葉は、何とも掴みどころがないものだった。スカーレットとゴラムは困惑し、ただ声を漏らすばかり。そしてそれを見ていた俺ですら、どれだけ思考を巡らせても理解が追い付かなかった。
「ん……? 何だおめーら? オラの前に並んで立ちやがって? もしかしてオラのファンか?」
「はい……?」
「何言ってんだテメェ……?」
訳のわからない事を口走るニックに、スカーレットとゴラムは未だ困惑。だがニックはそんな二人を他所に続けて口を開く。
「何だ、そうなのかー! ならさっさと言えば良かろうて。何が望みだ? オラのサインか? 握手でも構わんぞ? 同胞なのだから、何も遠慮する事はないぞ?」
「いや、そうではなく……」
「何だ? 速く走るコツか?」
「聞いてねーよ……!」
あっけらかんとした様子で二人を翻弄していくニック。スカーレットは訂正を、ゴラムはツッコミを入れるが、特に何も響いてはいなさそうだ。
――旧四天王の鬼人ニック……。
ここまで何を考えているのかわからないとは……。
ふにゃ丸みたいに、もう少しわかりやすく敵意を向けてくれたら良かったんだけどな。
でもニック自身、二人の事を同胞と認識しているところを見るに、魔族とは戦わないという事なのか?
「何だよー? オラのファンじゃないんだったら、おめーらは何なんだよー? オラの前に立つなよなぁー」
「スカーレット……?」
「あぁ、わかっていますよ……。やるなら今です……!」
俺が思案を重ねていると、ニックは頭を掻きながら二人の反応に困り顔を浮かべ始める。そしてその隙をつく形でスカーレットとゴラムは互いの顔を見合わせ突貫を開始した。
「おっ!? なんだなんだ?」
「いい感じに油断してるとこワリィんだけどよ、その隙。つかせてもらうぜ……!」
「こんな姑息なやり方は好みではありませんが、格上のニック様が相手では仕方ありません……。その首、頂きます……!」
突貫を開始した二人にニックは慌てふためく。二人は左右に分かれ、同時に殴り掛かる――――が。
「そうかー! おめーら、オラと模擬戦をしたかったんだな? だったらそれを早く言えよー!」
「「は……?」」
ニックの言葉に二人はまたも困惑。コンマ数秒、動きを止める。その間、ニックは目にも留まらぬ速さで走り出し、一瞬で二人の背後から強烈な一撃を加える。
「ガハァッ……!!」
「うっ……!」
ニックの速すぎる一撃に、ゴラムとスカーレットは思わずその場に膝を着く。
「何だ? もう終わりか? オラはまだまだいけるぜ? ……何? 一撃の威力を上げるにはどうしたらいいかって?」
「聞いて――――」
「――――ねーよ……!!」
動きを止めて腰に手を置くニックは、またしても不可解な言葉を口にする。そしてそれに反応を見せるスカーレットとゴラムは再度、突貫を開始。今度は攻撃に魔力を込め、確実にニックを仕留める心づもりだ。
「お遊びはここまでです……! ――――【フル・ドレイン】!」
「くらえやァ、ジジィ……!! ――――【ゴーレム・ウェポン】!」
スカーレットは両手両足に魔力を集中させ、以前ゴブリンロードの精気を抜き取り、瞬時に戦闘不能とした【フル・ドレイン】を。そしてゴラムは地面をえぐりとり、それを変形させ、巨大な武器を作ると、それをニックの頭上へ振り下ろした。
「何だ、まだ戦えるんじゃないか。オラは元気がある子供は嫌いじゃないぜ。ただ一人を除いてな……!」
そう言うとニックは再び高速で移動を始める。鋭い蹴りや拳を突き出すスカーレットを、まるで合気道の如く容易くいなす。
その後、一瞬で数メートル離れた所まで走ったかと思えば即座に方向転換。そして、大きな助走をつけて真っ直ぐゴラムの武器へ突貫し、それを粉砕。加えて、呆然と立ち尽くす二人の腹を華麗に蹴り飛ばした。
「うぐぅあっ……!!」
「グハァッ……!!」
二人は数メートル先まで飛ばされ、仰向けで倒れてしまう。その後も二人は懸命に立ち上がり、文字通り血反吐を吐きながらヨタヨタとニックの元へとゆっくり向かって行く。二人の目はまだ死んでいなかった。だが――――
「流石にこれは……もう見ているだけでは駄目か……? いや、でも二人はまだ……。いや、ここは俺が……!」
俺は二人を助けに入るか決めあぐねていた。二人はまだやる気に満ち溢れている。ここで俺が手を貸すのは二人の為にならないのではないかと、葛藤していた。
――しかし、まさか現役を退いた旧四天王のニックがこれ程までに強いとは……。
それにゴラムは五芒星、スカーレットは五芒星に匹敵する程の実力を持っている。
なのに、そんな二人をここまで圧倒するのか……?
五芒星と旧四天王の実力には、ここまでの差があるというのか……?
「うっ……ぐっ……! エル様が見ているのです……。こんな所で、負ける訳にはいかないのですよ……」
「そうだぜ……。エル様に迷惑はかけらんねぇ……。ここは俺様達だけで何とかしねーと……」
俺が助けに入るか否かを決めあぐねているうちに、スカーレットとゴラムは再びニックの前に立っていた。だがその姿は最早、満身創痍。立っているのもやっとといった具合だった。
そんな中、先までこの戦いを"模擬戦"と称し、終始楽しそうにしていたニックの顔付きが変わった。
「今、おめーら……エル様って言ったか……?」
「……? 言いましたが、それが何か……?」
「エルってのは今、この町にいるのか……?」
「あぁ!? エル"様"だろうが! いくら元四天王でも魔王様を呼び捨てにすんのは許されねーぞ!? どっかでエル様は見てんだからな!?」
様子が変わったニックに対し、二人はそれぞれの性格通りの答え方をした。するとニックは更に多くの蒸気を身体から発し、一瞬で二人の前から姿を消した。その速度は二人の実力を持ってしても、目で追えない程だった。
「オラはよ……そのエルってのを探しに来たんだ……。俺が受けた屈辱を……晴らすためになァ……!!」
「「…………っ!?」」
そして瞬時に二人の背後へと回り込んだニックはそう叫ぶと、そのままの勢いで腕を振る。二人は速すぎるニックの動きに一切反応が出来ず、驚愕した表情のまま動けない。
だが、スカーレットとゴラムの実力を持ってしても捕捉出来ないニックの動きを、完全に捉え反応出来る者がいた。それは――――俺だ。
「何だ。貴様、俺を探していたのか? ならば俺の客ではないか」
「…………っ!?」
俺はニックの動きを捕捉し、二人の背後に回り込んだタイミングを見定め、言霊の能力を行使。
身体強化と動体視力向上。超加速と瞬間移動で両者の間に割って入り、ニックの腕を弾き飛ばした。
「すまない二人共。俺の客人の相手をさせてしまって。もう下がって良いぞ」
「い、いえ……そんな……私はまたお役に立てず……」
「俺様は、もっと……戦える……ぜぇ……」
俺はそう言う二人の前に立ち、下からニックを睨み付ける。
「せっかく来たのだ、客人よ。存分に楽しんでくれよ? 俺流のお・も・て・な・しを……!」
そして戦いは、第二ラウンドへと突入する。
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