土曜日にお仕事
さらに同時刻――。
都内にある北条が経営するオフィスビルにて――。
アヤメはパソコンモニター3つを前に事務作業を淡々とこなしていた。
社員が500人規模で入りそうな室内には土曜日ということもあり、アヤメ以外は誰もいない。
北条が経営する会社は葵が羨んで嫉妬の炎で焼き尽くすぐらいのホワイト企業だ。なので休日出勤は基本ないのだが……アヤメは特別に楽しい楽しい休日出勤を楽しんでいる。
「あ~、『ご褒美』のためとはいえ、この仕事は単純作業の繰り返しで楽しくな……たまにはお兄ちゃんと遊びたいござる」
文句を言いながらもアヤメの指はキーボードを叩き続ける。
アヤメが今やっている仕事は打ち込み作業、資料作りなどの雑務だ。本来アヤメの仕事ではないが、夏輝にお願いことを叶えてもらうために引き受けていた。
「……でも、『情報収集』は大事だからなぁ~。仲良くしたいでござる」
ガチャ。
アヤメが1人でお仕事をしていると……ふと、扉が開く音がした。
「お疲れ様! グレイさん! やってるわね!」
すると元気な挨拶と共に、若々しく可愛らしくも派手目な私服に身を包んだ北条夏輝がオフィスに入ってきて、アヤメの元へ歩を進める。
手には会社の近くにある有名な喫茶店の紙袋が握られている。
「夏輝ちゃん、この仕事つまらないでござる」
アヤメは友達に話しかけるような感じで夏輝に言う、雇い主に対しての口調ではないが、夏輝は気にする様子もない。
夏輝は実力主義の考えなので、実力のある者に対してはかなり大らかな性格だ。
それに文句は言うが、面倒見もよかったりする。
「はぁ、あんたが言い出した交換条件でしょ!」
「そうなんだけど……ぶぅ」
「はいはい! 可愛くいじけないで!」
夏輝はアヤメが作業しているパソコンの画面を覗き込んで、不敵な笑みをこぼす。
「ふっ、なんだかんだ言ってもう終わりそうじゃない! この量の入力作業を数時間で終わらせるなんてやはりグレイさんは優秀ね! これ、昼食よ! 下の喫茶店買ってきたわ!」
夏輝は偉そうにそう言うと、アヤメに持っていた紙袋を差し出した。
「…………ありがとうでござる」
アヤメは思わぬ心遣いに照れてしまう。「上に立つ者とはこういうことか! ……私って単純すぎでござるか?」と、よくわからない心境だ。
お腹も空いているの正直ありがたかった。
「メニューは何でござるか?」
「ふっ、私のお気に入りのサーモンクリームソースのサンドウィッチとオニオンリングとサラダよ! あと、私お勧めのアイスコーヒーもあるわよ」
「うむ、普通に嬉しいでござる」
さっきまでの不機嫌が嘘のように紙袋を覗き込む。
夏輝はその様子を微笑ましく見ながら、持っていた鞄からクリアファイルにA4用紙五枚ほどが入った資料を取り出した。
「はい、あとこれがその仕事の対するご褒美よ!」
「おお! 仕事が早いでござるな!」
「ふっ、グレイさんの能力なら早く仕事が終わると思ってね! 北条は早い仕事には早い仕事で返すのを流儀としているのよ!」
「それはありがたいでござる!」
「ねぇ、グレイさん、会う前に調べるなんて……その『資料の子』と戦争でもするの?」
「そんな物騒なことはしないでござるよ……仲良くしたいだけ! なんせ、私たちは『姉妹』でござるから!」
「ほんと、ジョン君はどんな星の下に生まれたのかしら……?」
夏輝は呆れたように呟く。
資料には『川島晴香』の名が記載されていた。
そして――。
ピピピピ!
アヤメのスマホに着信がかかってきて、ディスプレイには『お兄ちゃん!』と出ている。
「あっ、お兄ちゃんだ! 何の用だろう?」
「ふっ、噂をすればなんとやらね! ほら、早く出てあげなさいよ」
「うん!!」
アヤメは元気に頷くと、上機嫌で電話に出た。愛する兄の声を楽しみにしながら。




