勇気が欲しくて
義孝が愛娘の教育方針について思い悩んでいる時ーー。
義孝のマンション入り口前で、1人の女子高生も思い悩んでいた。
「はぁ……」
その女子高生、如月望は自分に呆れるように深くため息を吐く。
望は可愛らしくも上品で、大人っぽい黒を基調としたワンピースに身を包み、かれこれ30分はここにいる。
もう8月も近いのでその気温は30度を超えているので、立っているだけで暑さをじわじわ感じる。
「いい加減覚悟を決めなさいなわたくし……実花さんには『約束』を取り付けているのだし、ここに立っていては汗をかいてしまうわ。せっかく髪やお化粧、お洋服に気合入れてきたのに台無しになるわ……でも、先週に引き続きなのだし、怒られないかしら……」
1人でぶつぶつ言う姿は不審者そのものだったのだった……。
そして……望がマンション前で立ち尽くすのは度々あることなので、この辺の近隣住民にとっては軽い名物になりつつあった。
「あら、如月ちゃん! 今日も実花ちゃんと未来ちゃんのところに来たの?」
今日も今日とて、義孝のマンションの隣の家から出てきた50代の女性に友好的に話しかけられる。
「あ、あら、隣のおば様……」
「やーね! おば様なんて言われる家柄じゃないわよ。ふふふっ」
以前、同じようにマンション前で立ち尽くしていると、望の容姿や雰囲気に惹かれるように近隣住民が望に話しかけた。
その際に望は緊張で頭が働かず、普段では弱みを他人に見せない望だが、つい頭で考えていたことを口にしてしまう「友人とその父親に会いにきました。でも緊張してしまって……」と……。
その一件で「健気で可愛いお嬢様!」と言う噂が広がり、望は近隣住民に愛されることになった。
「あ、あの……そうです。実花さんと義孝さんに用がありまして……」
望は如月という家名を背負うがゆえに、今まで他人に無償の気遣いをされたことが経験が少ない。
なのでこのような場面でどんな顔をしたらいいのかがわからない。
「ふふふふ、仲がよくていいわねー。これ持って行きなさい! うちの実家から送られてきたスイカなの!!」
「…………えっ? そんな悪いです」
「いいの! いいの! 義孝ちゃんのことは昔から知っているんだから!」
「ありがとうございます。川島家の皆さんも喜びます」
そこで女性に顔に陰りがさし、悲しそうの顔になる。
「お姉さんが亡くなって、2人の子供を預かるなんてなかなかできることじゃないわ。うううっ、義孝ちゃん、立派になって……」
「そ、そう……」
(そ、そう言うことになってるのね……世間体のためだから仕方がないけど、嘘に嘘を重ねてるわね)
「ふふふふっ、でもこんな可愛いお嬢さんが家にくるんだから義孝ちゃんも喜んでるわよ」
「そ、そうですか……?」
(それなら嬉しいのだけど……)
「そうだ! 今度未来ちゃんと実花ちゃんにせがまれて、義孝ちゃんの高校生時代の話をするんだけど、あなたもどう?」
「行きます。絶対に」
即答だった……。
今までのたどたどしい態度が嘘のようだ。
その時、マンションの入り口から未来が出てきた。
「あっ……如月さんにおばさん。如月さん、お姉ちゃん待ってますよ?」
「……今行くわ」
(ま、まだ気持ちが重いのだけど……義孝さんにはサプライズということになってるし、怒られたらどうしようかしら。実花さんの口車に乗らなければよかったわ……)
「あら、未来ちゃんお出かけ?」
「はい……アルバイトに行ってきます」
「あらあら、偉いわねぇ。如月ちゃんにスイカを渡したから、後で食べてね!」
「ありがとうございます。帰ったらいただきます」
「ふふふふっ、それじゃあね2人とも。今度義孝ちゃんのお話ししましょうね」
女性はにこやかにそう言うとその場を去っていた。望は未来の顔を見る。
「あら? 未来さん機嫌がよさそうね」
望は未来の表情がいつもより嬉しそうに見えたので、思わずそう口にする。
すると未来が望に一歩近づいて、ぐっと顔を近づける。ぱっと見は無表情なので迫力がある。
「わかりますか? お父さんが今度どこにでも連れて行ってくれるそうなんです。それでどこ行こうかとても迷っていますが、その思考をするのが嬉しくて、楽しくて。遊園地、プール……温泉もいいなぁ」
「ふふっ、そう。よかったわね」
「はい……!」
望は冗舌な未来を見て微笑ましく、あったかい気持ちになる。
重い気持ちが少し軽くなった気がした。




