体育祭前日(2)
由衣との一件があった30分後――。
俺は1人で屋台の設営の続きをしていた。寂しくネジを占めている……この屋台ネジ穴多いっす……。
「…………」
いや、1人寂しく設営をしているのは別に由衣が俺のことを気持ち悪がって去っていったのではない。
それは数分前――。
◇◇◇
『悪い! テンチョー! 由衣借りてもいいかっ! 明日の仕込みがこのままじゃ間に合わなそうなんだ。あああ、もう! くそ業者が!! 食材持ってくるのが遅いんだよ! ああ、もう! 明日使うパン生地は1日寝かせたいんだ! 早く仕込まないと!』
『業者の配送が遅れたのか? おい、三沢、それって大丈夫なのか……?』
『ああ、今から最速やりゃあ、最悪な事態にはならないぜ! だけど、料理と相性が悪い由衣の手すら借りたい状況なのは間違いないぜ』
『ま、麻依さん! な、なんですかその言い方は! わ、私だって料理ぐらい……で、できるし……さ、最近は練習してるし……ちょっ、ちょっと! 麻依さん腕を引っ張らないでください!』
『すまん! 由衣にとって、今がチャンスだって言うのはわかってるんだが、今は緊急事態だ! この埋め合わせはするから!』
『わ、私は店長と……うぅぅぅぅ』
◇◇◇
と、誘拐されていった。
まあ、さっきの抱きつきの件で微妙に気まずい雰囲気だったからよかったかもしれない。時間という万能選手が、気まずさを解消してくれるだろう。
だけど……この屋台を組み立てる作業は1人でやると……想像以上にむなしい。
「はぁ……さっさと終わらせるか……」
俺は屋台に向かって作業を再開させようとすると――。
『お父さん、授業が終わったので来ちゃいました……』
その時、後ろから愛する愛娘の声が聞こえてきた。
(あっ……気が付いたら4時まわってるのか……ふぅ、それで娘が会いに来てくれたのか……)
俺は幸せ者なのかもしれない……職場という現代の地獄に居てもこうして愛する者の声を聞けるなど……幸福以外なんというのだ……。
「未来……」
振り向くと何かを期待するような未来がたっている。
そんな未来に俺は笑顔を向けて――。
「よし、すぐに家に帰れ。お前、学校では他人以上知り合い以下の関係の約束だろうが。俺はお父さんなんて名前じゃないから口きかないし!」
俺様は今年で36歳である。
「…………じぃぃ」
俺がそんな大人げないことを言うと、未来は反抗的な視線をこちらを向けてくる。
なんかいじけてるニュアンスも入っている……未来にしては珍しく感情が顔に出ている……ん? なんかあったのか?
そんなことを考えていると、ツカツカと俺の元に未来が歩み寄ってきて……俺の耳元に口を近づけて小さく囁く。
『由衣とはあんなに仲が良かったのに……私とはお話してくれないんですか……? お・と・う・さん』
「お、おまえ……見てたのか? あ、あそこは死角になっていたはずなのに……」
「ええ、たまたま移動教室が早く終わって、設営してるお父さんの姿を見たくて、普段は誰も立ち寄らないあの空き教室いました」
「ああ……あそこか。倉庫になってるって聞いてたから油断してた……」
「…………」
未来はただ俺のことをいつもの無表情でにらみつける。我が娘ながら、美人なので妙な迫力がある……。
「ま、待て、あれは事故だ。俺も由衣も本意ではなかったんだ……た、他意はない。俺は何も悪いことなんてやってない」
「…………そうですか。へぇ……そうですか。それにしては284.56秒も抱きしめる必要があったんですか……?」
「…………」
俺が見苦しく言い訳すると、未来はまるで痴漢男を見る目で俺を視線で射抜く。おい、何でそんな正確な秒数言うんだよ……適当に言ってるだけじゃ……。
「…………ずるい、ずるい、ずるい、ずるい、由衣ばかりずるい………ずるい、ずるい、ずるい、私だってお父さんに抱きしめられてずるい、ずるい……ずるい、ずるい」
「…………」
色彩の失った目でうわごとのように呟く未来さん。
もはや、未来が言うことが本当なのか。とか、本当に見られてのか? とかは些細な問題だ……俺のすることは速やかに未来にご機嫌を取ることだった……。




