いつもの日常(8)
実花に心のHPを削り取られ、さらに仕事に物量作戦をされて……もうMPすら残っていない始末。
そして、現在の時刻は19時……外はすっかり暗くなり、もう部活をしている生徒も帰宅したらしく、校内も静かだ……。
由衣と新井も帰宅し、事務所には俺と三沢しかいない。
(はぁ……腹も減ってきたし、俺もそろそろ帰りたい)
昼間頑張ったおかげで予定していた仕事は殆ど終わったし、もう仕事場に来て12時間をゆうに越えてるし……お家に帰って娘たちと最近の若者への文句を言いながら歌番組を見たい。
だけど……帰るに帰れない……社畜とはままならないものだ。その理由は……。
「はぁ……スチコンの『修理』時間かかってるな……」
「だなぁ……でも、おっちゃんの話だと多分直るらしいから、よかったぜ」
俺と三沢は昼間に壊れたスチコンを修理しに来た業者を待っていた。
はぁ、修理をほったらかしにして帰る訳にいかないしな……むしろ今日来てくれたことを泣いてお詫びしなきゃいけないんだが……明日スチコンが使えるなら、メニュー変更とかの調整しなくていいし。
「おい、三沢、さっきも言ったけどお前は帰っていいぞ?」
俺は責任者として業者の作業が終わるまで居なきゃいけない。業者を信用していない訳ではないが……万が一直らない場合はメニュー変更の申請書とか作らなきゃいけないし……お願いだから必ず直してほしい……俺は修理業者を信じてる。
しかし、そんな俺とは違い、三沢は帰ってもいい。というか、調理担当の三沢が残っててもできることはない。
(だから……気にし過ぎなんだよな……三沢の所為じゃない。だけど……この話も散々したから、これ以上は嫌味になるからもう言わない方がいいよな……)
見た目からは想像できないが、根は本当に真面目だよな……三沢ッて。
「あたしのことはいいって。それよりもテンチョー、スマホの使い方教えてやるって……」
「……そうだな。素直に教わるか……」
と、コーヒーがなくなったか……ビールを飲みたいが、ぐだぐだしてるが一応勤務中なのでそういう訳にもいかない。
仕方ない。外の自販機でコーヒーを買ってくるか。
「ん? テンチョーコーヒーか? あたしが買ってきてやるぜ」
「いや、業者の様子を見に行くついでだから。さらに、ついでに……家に電話するか」
「ああ、実花と未来心配してるかもしれねぇから。テンチョーは家族思いだよなぁー」
うっせえ。褒めんな……照れるじゃねぁか。
はぁ、さて……行くか……。
◇◇◇
事務所を出て厨房に寄る。そこでは2人の作業員がスチコンの修理にあたってくれていた。
作業員の話では今回動かなくなったのは内部の部品が一部劣化しており、それに伴い安全装置が働き、動作が止まってしまったのことだ。
これは部品を新しいのに交換すればすぐに直るらしい。
(はぁ……でかい故障じゃなくてよかったな……これで、明日のメニューをいじる必要もないな)
俺はそんな安心感を持ちながら、食堂の外に備え付けられている自販機に向かう。
食堂の中にも自販機はあるが、この自販機にある『男の中の漢コーヒー』が俺のお気に入りだ。
これを飲むと眠気など一瞬で吹き飛び、頭が一気に覚醒するという優れものだ……危ないもの入ってないよな……?
「ん……?」
自販機でコーヒーを買うと食堂の裏手で、如月を見つけた。如月は暗がりで何か独り言を喋っているようだ。
……あいつこんな時間に何やってるんだ?
『ああ、私が死んだなど夢に思わないことね。私は貴方の中で生き続けている』
真剣な表情で、そんなことを言う如月。一瞬中二病でも発症したのかと思ったが……。
手には台本らしきものが持たれている……どうやら、ひとりで演技の練習しているらしい。よほど集中しているのか、近くにいる俺にまるで気が付いていない様子だ。
(そういえばあいつ演劇部に入ってるって言ってたな……初めてあいつと会ったのも演劇部のパーティーだったし……)
それにしても――。
『私の意思は消えない! これからも未来永劫残り続ける! そう、この想いだけは!!』
話の内容はわからないが……如月の演技は魅入られるものがあった。演技の上手さがあり、何より……声や瞳に感情が多大に乗り、まるで如月が別の人間に見えた。
強い意志……それが声や表情に宿っている。人の目を惹きつける魅力がある。そして……何より、演技をしている如月がとても楽しそうに見えて……見ていて気持ちがいい。
(……若者が頑張る姿はいいもんなだな……はぁ、若者が頑張ってるんだから、中年が頑張らなくてどうするって感じだな……事務所に帰って体育祭の資料に抜けがないか見直すか)
俺は如月の演技から、心に不思議なやる気を貰い、練習の邪魔をしない様にその場をそっと後にした。




