体育祭に向けて(5)
それから俺は暗い気持ちで、娘たちを起こそないように準備をし、由衣たちとの待ち合わせ場所である、都のスポーツセンターを目指した。
俺の最寄り駅から数駅先にある4階建てのスポーツセンターは、巨大な公園と隣接しており、ランニングはもちろん、申請すればバスケットコートやテニスコート、はてまではシャワー室や風呂までも完備してある。
それが都民なら格安で施設を使えて、いい場所だとは思うのだが……。
「……帰って寝たい」
今の俺には安眠を邪魔する暗黒ビルにしか見えない。
現在朝7時半、俺らと同じく運動をしに来た大学サークルや家族ずれで賑わっているが、なんでこいつらの笑顔は晴れやかなのか、疑問に思う。
いやよく見れば俺ぐらいの歳の、お父さんたちの目は死んだ魚のようだ。家族に無理やり連れてこられたとか、恐らく俺と同じような立場なのだろう。
すごく親近感を感じてしまう。同士たちよ。
「店長、おはようございます……何を黄昏ているんですか?」
「わあああああ、おじちゃんだあああ、おはよう!」
その時、待ち合わせ場所付近につくと、ジト目の由衣と朝から元気を持て余している絆ちゃんに話しかけられた。
……さっきの電話での件を根に持っているのか、視線は冷たい気がする……。
「お、おう、おはよう……由衣、さ、さっきの件なんだけど……」
俺は社畜時代の経験から誤解や問題は先送りにすると碌なことにならないことを知っている。特に人間の感情に関しての問題は。
事情はどうあれこんな朝っぱらにモーニングコールを貰ったのに、不快にさせたのは事実だしな。
本当ならこの場に実花の馬鹿も引っ張りだしたいんだけどな。
「その件はもういいです……ふん」
嘘つけ、どう見ても納得してねぇじゃねぇか。
「何ですか……? その目は? 私の言葉を信じてませんね。めんどくさい女だと思ってますね。そうですよ。私はめんどくさい女です。勝手に電話をかけて、勝手に軽蔑して、勝手に自己嫌悪に入って……はぁ」
「え、えっと……」
どうしよう。社畜時代に様々な世界の心理を理解した俺だが、この状況の女を慰める術は習っていない。
そ、そうだ。家を出る前に未来が寝ぼけ眼で教えてくれたあの『言葉』を実行すれば!
『お父さん、もし由衣がめんどくさいことを言い始めたら言ってあげてください』
「ん? 由衣、今日はとびっきり可愛いな。どうかしたんだ?」
「なっ……!!!」
俺のわざとらしい言葉に異星人と遭遇したぐらいに驚きを見せる由衣。な、なんだ? 俺がストレートに褒めることがそんなに意外か?
「そ、そうですか? ふ、ふーん。まあ、店長にそんなことを言われても思うところはないですけどね。ふーん、そうですか。ふふっ」
そして由衣は口調ではツンケンした感じだが、笑顔でまんざらでもなさそうだ。
「お、おう……そうか」
すげぇ! 由衣の機嫌が一発でなおった!
未来の言葉は本当だなーー。
『どうせ由衣の、ことだからメイクとか髪とか、お父さんが気が付きにくいところに時間をかけてるに決まっているので。はぁ』
とのことだった。
うむ。言われてみれば由衣の髪はいつも以上に艶々で、ビシッとメイクも決まっている。
……うん? お前これから運動するんだろ?
「まんま! よかったね! まんま、ずっとお化粧台の前にいたもんね! いまもおじちゃんがくるのまってたし!」
「えっ? そ、そうなのか!?」
「き、絆……!?」
言われれば待ち合わせはスポーツセンターの中だ。由衣がここで突っ立っているのはおかしい。
「うん! さっき麻衣ちゃんが来たとき、まんまが言ってた! おじちゃんと一緒に――むがっ」
「き、絆、余計なことは言わなくていいから」
由衣は優しく絆ちゃんの口をふさぐ。どうやら俺に知られたくないらしい……。
そんないじらしい態度を見てしまうと、ついからかいたくなってしまう。
「なんだよ、由衣も可愛いところあるじゃないか」
「べ、別に待っていたのは、練習中もぎくしゃくするのが嫌だったからです……そ、それ以上の意味なんてありませんからね!」
「あはは、わかってるって」
「そこは少し勘違いしてくれてもよかったんですけど……」
「ん? 何か言ったか?」
「いえ! 何でもありません! ほらっ、絆そろそろ行こっか」
「うん! まんまとおじちゃんといっしょだぁあ! えへへへ」
絆ちゃんは俺と由衣の手を取るとニコニコとした無邪気な笑みを向けてくる。
はぁ……こんなに楽しみしてるのに水を差すのもあれだな……やるからには俺も楽しむか。




