体育祭に向けて(3)
「由衣のやつ、あんなに必死になるなんてよほど重要な悩みなんだな」
俺は再び1人になった事務所で呟く。
まあ、同じ子を持つ親として協力できることは協力してやりたいしな。
『もし、誰かいらっしゃるかしら』
その時、事務所の扉から控えめなノックが聞こえてくる。
この上品であり、冷静な声色は……よし、居留守しよう。人には防衛本能というものがあり、これが生きていく上でとても重要なものだ。
それがガンガン警報器を鳴らしている。
出たらひどい目に合うと!
「…………」
『……フレア、痕跡を残さず扉をこじ開けなさい』
『かしこまりましたお嬢様。一度徹底的に破壊し、まったく同じものを用意します』
「待て」
ガチャ。
俺は立ち上がり思わず扉を開く。そこにはむすっとした表情の如月とすました表情のフレアさんがいた。
「冗談よ」
「冗談でございます」
俺の顔を見た瞬間、揃って口を開く仲の良い主従。
いや、お前らの冗談は怖えよ。フレアさんの力なら鉄の扉なんて一瞬で鉄塊に代わりそうだし。
「はぁ、何か用か?」
「ふーん、将来の妻に対して随分な態度ね」
「何が将来の妻だよ。それはきっちり断ってるだろ?」
「ええそうね。だけど、将来のことなんて誰にもわからないわ。くすっ、可能性の1つとしてそんな素敵な将来もあるのではないかしら?」
如月はくすくすと小悪魔みたいに笑う。
俺が日本の重鎮になる将来とか勘弁してくれよ……はぁ、その重荷がなければめちゃめちゃいい話なんだけどな……。
だってまだガキとはいえ、いい女だし、金持ちだし……断る理由を捜す方が難しい。
そんな奴が毎日のように会いに来るんだから心が揺らぎそうになるよな……。
とにかくさっさと話題を変えてしまおう。なんか照れるし……。
「それでフレアさんは――」
「あら、照れてしまいました。可愛いわね」
やめろ。娘の同級生に可愛がられる趣味はねぇ。たぶん。
「フレアさんは『仕事』大丈夫なんですか……?」
フレアさんは如月の入学時から、この学校の警備員として勤めているらしい。
まあ、それは表向きで、目的は如月の護衛なんだろうけど……最近では俺の周りもうろうろしているのをよく見る……。
ぶっちゃけ、誰よりもフレアさんが不審者っぽいのだが……。
「はい。只今パトロール中で、たまたまパトロール先がここなだけな話でございます」
しれっとそんなことを言う。
フレアさんって意外にいい性格してるよな……前に俺の周りをうろついてた時も同じこと言われたぞ。
まあ……無理を通す分、仕事はできるらしいんだけどな。噂では学園に通うアイドル目的のカメラ小僧を数十人捕縛したとか……さすがデスサイズ。
「そうだ。如月に聞きたいことあるんだった」
「あら? 何かしら、ちなみに貴方と話すようになってから、AからBになったわ」
き、聞いてねぇ……。というか、お前のそのスペックで胸まで大きくなったら、弱点がなくなるんだから自重しとけよ。
「……あ、ああ、お前に聞きたかったのは、体育祭の件なんだけど……」
「帰るわよフレア。今日はテラスで優雅にディナーとしましょうか」
「かしこまりましたお嬢様。それでは義孝様失礼します」
「おい待てや! 何普通に帰ろうとしてるんだよ! というかやっぱり犯人はお前か!」
おかしいと思ったんだ! 何で学食の従業員が体育祭に出るんだよ!
「怒られるって新鮮ね。どんなことをされるのかしら。さあ、わたくしに説教をしなさいな」
「何で偉そうなんだよ……はぁ、頭痛い」
「頭痛いついでに教えとくけど、共犯は実花と未来よ。今朝、話を持ちかけられたわ」
めっちゃ身内だった……。
あいつらは説教のフルコースだな。
「あのな……お前らは物事を大きくしなくちゃ死ぬ病気か何かなのか?」
「待ちなさいな。言っておきますが、そこまで大事にはしてないわよ?」
「高校生の体育祭におっさんが参加する時点で大事じゃねぇか」
「はぁ、貴方何も聞いてないのね……貴方が参加するのは学校の職員が出る出し物よ?」
「へ? そうなのか?」
「ええ、厳密にいえば貴方は学校の職員ではないのだけど……面白そうだから強引にねじ込んだわ」
「…………」
なんだろう……素直に納得したくないこの気持ちは……。
結局力業じゃねぇか……。
「そうそう、貴方ゴールデンウィークのことは覚えているわよね?」
「ああ、プールだろ?」
5月初めに如月や娘たちとプールに行くことになっている。本当は3月に行くつもりだったが……仕事が。以下同文。
「今度、わたくしの予定をなくしたら、消えて貰うわ……あなたの会社の役員に」
「縁起でもないこと言うんじゃねぇよ……」
何で娘といい、如月といい……なぜ俺の会社に影響を与えようとするのか。なまじ実行できるのがマジで怖い。
「くすっ、冗談よ。それでは、お仕事がんばりなさいな」
如月はそれだけ言うと優雅立ち振る舞いで去って行った。
あいつ……何しに来たんだろうか? 本当にお話しに来ただけか?
そんなことを考えていると、フレアさんがすっと俺の耳に顔を寄せて来た。
な、なに? フレアさん美人で強そうだから、ドキドキ感と……普通に殺られるんじゃないか、というドキドキ感が半端ないんだけど。
「お嬢様はプールを楽しみしております。ふふっ、あんなにはしゃいでるお嬢様を見たのは初めて―ー」
「フレア、無駄口は叩くのはやめなさいな……行くわよ」
如月が照れたような口調で会話に割り込む。
それを聞くとフレアさんは小さく笑みをこぼし、俺に一礼をして如月の後を追っていった。
(はぁ……まあ、プールに行くぐらいはいいか)
俺は前向きに考えることにした。
プールに体育祭……まあ、なんだかんだ文句は言いたいが、少しだけ楽しみでもあった。




