過去の自分よりも
それから数日後――。
仕事が終わり、帰宅した俺は娘たちと共に食卓を囲んでいた。
……今日も売り上げがよかったからな、学生で食堂は溢れていて……とても疲れた……。最近イベント事が多かったしな……。
特にバレンタインはやばかった。当日もだが、未来に対抗したのか、由衣が大量のチョコを持ってきてくれた……今まで無縁のイベントだったので非常にありがたく嬉しかったが、もう当分チョコはいい。
「はぁぁぁぁ、美味い……」
そんな疲れた身体に缶ビールのアルコールが染み渡る。
「パパ、お疲れさまー。さあ、料理食べようよ! 今日も未来ちゃん気合入れて作ってたんだからっ!」
「それは見ればわかる……」
食卓に並べられているのは、大きな鍋とその具材だ。色とりどり野菜と魚たち……特に気合が入っているのは魚だ。
あれってあんこうだよな……俺あんまり詳しくないんだけど……美味いということは知ってる。
隣にはあん肝和え物やあんこうの唐揚げまであるし、酒のつまみに最適だ。
「お父さん、お姉ちゃん、お替りいっぱいあるからね」
未来がキッチンからビールのお替りを持ってきながら、そう声をかけてくる。
お替りを言わなくても持ってくる……できた娘だ。
「はい、お父さん、明日もお仕事なんだから飲み過ぎないでね」
「おお、サンキュー。おい、未来。このあんこうどうしたんだ?」
「ああ、それ? パパが好きそうだったから、私が魚屋さんで買ってきた。一匹丸ごと。てへぺろ」
「それを私が吊るし切りで捌いて調理しました。1メートル級だったので暴れて大変でした」
「…………」
娘たちのスペックが高すぎてパパドン引きです。
1メートル級のあんこうを買ってくるやつも、捌くやつも尋常じゃねぇ。
ま、まあ、なんにせよ、ごちそうなの変わらない。ありがたく頂こう……。
『初めまして! こんばんは~~! 夢です!』
その時、壁越しに隣の部屋から元気な声が聞こえてきた。
「おっ、今日もやってるな……」
最近の食卓の定番となっている明菜の声だ。この時間に生放送の収録しているらしい。おっさんにはよくわからんが、明菜は相当の人気らしい。
「というか……家の壁って結構薄いんだな……」
最近気が付いた衝撃の新事実だ。10数年ここに暮らしてるけど、隣は空き部屋になってることが多かったし、明菜が越してきた頃は社畜で家にいなかったからな……。
だが、娘たちは知っていたらしい。言えよ。
「パパ、今更何言ってるのー?」
「本当です。お父さんの性癖は全て筒抜けですよ……」
冷静に語ってるんじゃねぇよ……。
はぁ……家結構騒がしくしてたからな……明菜は収録で家に迷惑をかけることを、かなり気にしてるけど、こちらとしてはどうぞ自由にやってくださいって感じだ。
いつもこっちがうるさいし。あっ、でも、収録中は個人情報を叫ばないようにしないとな。まあ、叫ぶつもりは元からないけどな。
それよりも前から気になっていたが――。
「……動画配信者って目立つんだろ? 明菜ってこういう仕事してるってことは目立つのが好きなのかな……こないだのストーカーの件といい強くなったよな……最初はすごく自分に自信なさそうだったのに」
そう言った瞬間、娘たちの視線が冷たいものになる。
「何、他人事のように言ってるのパパー。本日2回目のチョンボだよ~~8000点~」
「お父さんはまったく……そういうところは鈍感ですよね」
「…………」
最近娘たちに責められると何も言えなくなってしまう……まあ、ここで大人気なく騒ぐのはよくない。隣は収録してるからな、明菜は気にしないで、とは言っているが、それを気にするのが大人のマナーだ。
「そうだ、パパ。如月さんの所の、のぞみんがパパの初体験の話を聞きたがってたから、詳しく教えておいた」
「はああああああああああ!? お前同級生に何してくれてんの!?」
ただでさえ、最近、如月とフレアさんはことあるごとに俺に絡んでくるのに……。くっ、これ以上変な情報を与えたくないんだぞ!
「お父さん、安心してください。私もその場にいましたから」
「……………」
いや、こういう状況のお前はまったく安心できない。
「あの、傲慢なお嬢様にお父さんとお母さんがいかにラブラブかを私も語りました。5時間。あっ、そのせいで午後の授業を3人でサボってしまいました」
「てへぺろ」
「ふざけてるんじゃねええええええええ! お前ら説教だあああああ!!!」
こうして川島家の夜は騒がしく過ぎていった。
大人のマナーとは何なんだろう……。
◇◇◇
明菜は仕事の時に被る猫の仮面をつけて、週に2回の生放送をしていた。
生放送といっても特別なことをするわけではない。リアルタイムでコメントしてくれたリスナーの質問に答えたり、悩みを聞いたり、フランクな物だ。
明菜のリスナーは若い女学生中心の活発な子が多い。
そして……若い女の子のリスナーが多いということはこのような質問がよく来る。
『人気者の先輩を好きになってしまいました。私なんかが釣り合うとは思えません。でも……諦めたくはありません。どうすればいいでしょうか』
(うっ、半年前の自分を見てるようですぅ……)
「偉そうなことは言えないけど……ま、まずは自分に自信を持つことが大事だと思います。自分に自信を持っている人はそれだけで輝いて見えると私は思います……」
そこまで言って隣の義孝の部屋から声が聞こえてくる。
『ふざけてるんじゃねええええええええ! お前ら説教だあああああ!!!』
義孝の声がマイクに入ると、一斉にコメントが増える。
『あははは、今日もやってるよwww』
『出た最強のお隣さん! また娘ちゃんが何かしたのかなw』
『わたしもあんなパパに怒られてみたーい』
『ああ、聞こえてくる言葉から、いい人ってのがなんとなく伝わってくる』
明菜はそんなコメントくすりと笑う。
生放送時にたまに入る声だけで、義孝はひそかに人気を集めていた。その理由は明白で……愛があるからだ。
そんな義孝の人柄に少しでも近づきたい。ふさわしい女になりたい。それが明菜の目標だ。
「私も、正直自分に自信がありません……でも、それではだめだと気が付きました。そうしたら、日々が少しだけいいものになった気がしました……それが今の私の自慢です」
……明菜は今自分が昔の自分に誇れるのかはまだわからない……。
だけど――それでも、確実に自分は前に進めている……そう思えた。
ここまで読んでくださってありがとうございます!!!
2章完結です!!!!
以降も頑張ります!!!




