前を向いて
◇◇◇
義孝が秋村と話をした数分後ーー。
明菜は目を覚ました。
「ん……? 義孝さん……?」
明菜は寝ぼけ眼で起きてすぐに義孝の姿を探すが……義孝の姿はどこにもない。
隣で幸せそうに寝ているアヤメを起こさないように慎重にベッドから降りて、家中を見てみるが、やはりいない。
家にいるのは明菜とアヤメの『2人』だけだ。
明菜はふつふつと嫌な予感を持つ。
「わ、わたし行かなきゃ……」
ガチャ。
その時、扉の鍵が開く音がする。
明菜がパッと振り向くとそこにはーー。
「はぁ、フレアさん、何度も言ってるけど、護衛なんていりませんよ……」
「お、お言葉ですが……よ、義孝様」
「ごめんなさいは?」
「も、申し訳ございません……」
義孝とフレアが部屋に入ってくる。
明菜は無事な姿にホッと胸をなでおろす。
だが………明菜にはいまいち状況が飲み込めない……だが、1つ思ったことがあった。
(うぅ、フレアさん、義孝さんと仲よさそうでいいなぁ……)
側から見たらただ説教されているだけだが、明菜にはそうは映らなかった。
(わ、わたしも義孝さんに怒られたい……はっ、わ、わたし何を考えてるんですかぁ。そ、そんな義孝さんに怒られることなんてできません。め、迷惑なんて……秋村さんの件でいっぱい迷惑かけたのに……で、でも義孝さんのお説教……というか、少しいじめられたい……とか思ったり……)
ただのドMだった。
そんな妄想に明菜が取り込まれていると、やっと明菜の存在に気がついたのか、義孝が申し訳なさそうな顔をする。
「わ、悪い明菜。起こしちまったか?」
「……え、えっ? えっと……わ、わたし」
妄想中にいきなり話しかけられて、戸惑う明菜。そして、その様子を見て悪い方向に解釈する義孝。いつも通りの負のスパイラルである。
「あっ、明菜悪い。葵ちゃんを駅まで送る過程で、勝手に鍵を借りてた。それも2つ……」
「あ、ああ、葵さんが早く帰るって言ってたので、渡してた物ですね……でも、もう1つは……」
「申し訳ございません、マダム。私が義孝様を追いかけるためにその……鍵もかけずに出て行くのは物騒だと思い、拝借しました」
「普通に泥棒だろ……はぁ……そういう訳だ。まあ、気が付かなかった俺にも責任があるから」
「そ、そんな! 義孝様に罪など! こうなれば私が全ての責任をとって―ー」
「わっ、ま、待ってくださいぃ。寝てたわたしも悪かったですからっ! それにわたし全然気にしてませんからぁ」
「まあ、明菜がそういうならいいけど……」
大ごとになりそうな雰囲気だったので、慌てて止めに入る明菜。
そういうと、フレアはほっとしたように息を吐く。
「マダム。恩情感謝いたします……」
「というか、明菜のマダムという呼び名まだ続けるのか……? 迷惑なんじゃ……」
「うぅ……」
(正直に言えば……優越感があるからそのままでいいんですけど……意味を考えるとにやけちゃうし……わ、わたしって本当に腹黒いなぁ……)
「そ、それより、義孝さん、葵ちゃんはちゃんと帰れましたか……?」
露骨に話を逸らす明菜。
その態度に若干戸惑いながら義孝は口を開く。
「えっ? あ、ああ、葵ちゃんは大丈夫なんだけど……そ、それより、これ鍵返すな」
今度は義孝が慌てた表情で話を逸らしながら、鍵を明菜に手渡す。
……明菜も慌てていたのだろう。次の瞬間、思っていたことをそのまま口にしてしまう。
「あっ、鍵、ひとつはそのまま持ってていいですよ」
「えっ?」
「えっ?」
明菜の一言に固まる義孝。そして義孝の反応を見て明菜も固まる。
(わ、わたし何言ってるんですかぁー!? 合鍵を持たせるなんてそれじゃぁ、まるで……)
「す、すみません、わ、わたし。間違えましたぁ」
みるみる内に赤くなっていく明菜。
その様子を見た義孝が鍵を渡しながら、またもや話を変える。
「そ、そうだ。秋村さんから伝言を預かってるんだ」
「えっ……あ、秋村さんに会ったんですか……?」
それを口にした瞬間、明菜の胸に罪悪感と、憎しみがあふれてきた。
明菜にとって秋村という人間は、最初は……後をつけられたり、家に大量の手紙が届いたりして、気味が悪い人という認識だった。
しかし今は違う。ただ憎い。
自分は自分を好いてくれている人に酷いことを言った……だが、それに後悔はない。それだけ秋村の言葉が許せなかった。
『家族ごっこ』それを聞いた瞬間、明菜は罵倒することしかできなかった。
「秋村さん……明菜に幸せになって欲しいってさ。来た理由は俺と明菜への謝罪だった。明菜の言葉で目が覚めたらしい」
「…………」
(何で今更……そんなことをいうんですか……わたしは……秋村さんことを)
「わたしは……許しません」
「いいんじゃねぇか。これで許したら都合がよすぎるだろ?」
「……い、いいんですか?」
てっきり軽蔑されると思っていた明菜はきょとんした表情になる。
「何でだよ。俺は一度謝られたぐらいで全てを許すほど善人じゃねぇ。人間どうしても嫌いな奴や合わない奴はいる。それに無理に合わせるのも社畜の技だが、俺たちはもう社畜じゃねぇんだしな。こういうのは気にしたら負けだ……あの様子ならあっちから一生会いに来ないだろうしな」
「…………義孝様、ふふっ、変わった慰め方ですね」
「うるせえ。人生はこのぐらい投げやりの方が面白いんだよ」
「…………」
(……義孝さん、わたしに気を使ってくれてる……心配してくれてる。それが伝わってくる)
「ふふっ、そうですね……義孝さん! フレアさん、お昼何か美味しい物食べに行きませんかぁ? それと、如月さんのことも聞きたいですし」
「ああ、一難去ってまた一難か……」
義孝の言葉で明菜の心は不思議と晴れやかになる。
前向きでいられる。前までのネガティブな自分が嘘のようだ。
明菜はそんな自分が少しだけ、好きになれそうな気がした……。




