夢のバレンタイン(21)
「あ、明菜……お前、どうして……ここに。ここは俺が話すから――」
俺はこちらにツカツカと迷いなく、秋村さんの元へ歩んでくる明菜の前に出る。
「ふふっ、義孝さん♪ すぐに済みますから、いい子で待っててくださいね? さっさと帰って今日は朝まで飲みましょう♪」
「あ、ああ……」
明菜は上機嫌で、いつもの笑顔を俺に向けてくれるが……なんだろう……いつものほわほわしてるんだけど……瞳に力強さが宿っており、有無を言わせない感じがする。
いつも自信なさそうにしている明菜とは何かが違う……。
それを秋村さんも感じているのだろう……明菜が歩み寄ると一歩後ろに下がる。
「あ、明菜様……あ、あたし」
「秋村さん、さっき聞き捨てならない言葉を聞いた気がするんですけど……」
「はっ、そうです! この男の存在は明菜様にとって害にしかなりません! すぐに縁を切るべきです?」
「ふふっ、言いたいことはそれだけですかぁ? 仮に害になるとして、あなたに何の関係があるんですか? ふふふっ」
怒気が入ったような笑い……普段の明菜ではしない……だからこそ、それは迫力がある。
そしてーー明菜は表情を曇らせてキッと秋村さんを睨みつける。
「わたしは知ってます。義孝さんどれほど立派な父親か……どれだけの覚悟を持って2人とくらしてるか」
「あ、明菜様……」
「川島家がどれほど家族愛で溢れているか……あなたは知ってるんですか?」
「ああ、ああ……あき」
「それを……家族ごっこ? ふざけないでください! 義孝さん、義孝さんたちの関係は決してそんなものじゃないです……!! 何も知らないあなたがそんなことを言わないでください!」
それは心からの叫びに聞こえた。
「あ、明菜様……」
「はぁはぁ……ここまで人を嫌いになったのは初めてです……はぁはぁ、二度と……わたしに近づかない下さい」
「は、はい……あ、明菜様……」
明菜はそれだけ、冷たく言い放つと俺の元へ戻ってきた。
秋村さんは直接明菜に拒絶されたのがショックだったのか。おぼつかない足取りで、公園を出て行った。
「…………」
……明菜は強くなった。以前の明菜なら、ここまで自分の意思を表に出すことはできなかっただろう……だが、今は確かな自分の意思で秋村さんを拒絶した。
そして……俺は明菜が俺たち家族のために怒ってくれた……それがたまらなく嬉しい。
だが、1つ気になることがある。それは――。
「……明菜、こえええ」
「えっ?」
笑顔だが、底知れぬ恐ろしさを感じる雰囲気に俺は思わずそう反射的に口にしてしまう。
それを聞くと、明菜があわてたような表情をこちらに向けてくる。さっきまでの妙な威厳が一瞬でなくなった……。
「よ、義孝さん……? ち、違いますよ? わ、わたし、そんなにこわくないですよぉ?」
「あ、いつものあわあわした明菜だ」
なんかちょっと和む。
「も、もう、いいから帰りますよ。まだお料理いっぱい用意してるんですから。えっとそちらさまは……こ、こんばんは」
明菜は今フレアさんに気が付いたのか、ペコリと頭を下げる。
「ああ、こちらフレアさんだ。実花未来の友達? のお世話役の人? で、今回俺を守ってくれたりした功労者? だ」
うむ。嘘は言ってない。
「私はフレアと申します。マダム、私のことはお気になさらずに」
「えっ……ま、マダムって。わ、わたし、結婚してませんよ?」
「そうなのですか? 義孝様の奥様ではないのですか? 先ほどの意思の籠った瞳、義孝様の奥様(第二婦人)にふさわしいかと感じましたので」
おい、明菜は気がついてないけど、今、奥様のあたりで、変な副音声が聞こえた気がしたぞ。
「えっ……ち、違います」
あ、ああ……明菜はその手の冗談通じないんだから……真っ赤になってぶんぶんと否定している……そんなに俺と結婚してると思われるのが嫌なのか……。
まあ、そりゃそうか……はぁ、テンションが下がった。
『ふむ。彼女なら第二婦人として文句ないわね。貴方、頑張りなさいな。ふぁあああ、わたくしはそろそろ寝ます。お肌が荒れて貴方に嫌われたら嫌だもの。あとは大人だけで楽しみなさいな』
ツッコミどころが多すぎる……。
あいつ、言いたいことだけ言って電話切りやがった……まあ、今回の件で色々気遣ってくれたので、感謝はしてるけど……。
ん? 公園に入ってくるのはアヤメか?
「明菜ちゃん! もうっ、いきなり走らないでよー。実花ちゃんと未来ちゃんを待ってるように説得するのに時間かかっちゃったでござる」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「いいよ、いいよ。わああ、外人さんがいるでござる」
「ふふっ初めましてフレアと申します」
お前も外人だろ。
ん? というか……ま、また、娘たちが迷惑かけたのか?
「義孝さん、これからおふたりも誘っていいですか……? お礼をしたいので……」
「え、ああ、いいぞ」
「アヤメちゃん、お詫びにこれから一緒にご飯どうですか? コンビニ弁当だと力出ませんよぉ?」
「あははは、やった! 明菜ちゃんママみたい!」
明菜はアヤメが持つコンビニ弁当を見て、窘めるように言う。
まったく、面倒見のいい明菜らしい。
2人っきりの飲み会でなくなるのは……残念だが……まあ、こういうのも悪くないだろう。
「それなら、葵ちゃんも呼ぼうぜ。あいつ今仕事終わったぐらいだと思うし」
「もうっ……義孝さんはとりあえず葵さんを呼ぶ癖があるんだから……」
明菜は呆れながら、ぷくっと頬を膨らませる。さっきの凛々しい態度とは正反対でなんか面白い。
「フレアさん、秋村さんの件でご迷惑かけたみたいですし……もし、よかったらご飯一緒に食べませんか? 」
「えっ……よろしいのでしょうか……?」
フレアさんを俺のことを見る。
何の気を使ってるのんだが……というか、第二婦人とかいう話マジで言ってるのか?
ま、まさかな……い、いいや。俺お得意の後回しにしよう。
「いいんじゃないか? まだ仕事が残ってるなら、俺が如月に言ってやる。労働基準法を守れと」
「義孝様、そうおっしゃるなら……ふふっ、お邪魔致しますね。お嬢様に報告しないと……」
「はい! それと――」
明菜は一呼吸おいて、俺たちのことを見て、頭を下げた。
「義孝さん、フレアさん、アヤメちゃん、今日はご迷惑をお掛けしました。でも、わたし……ふたりにも負けませんからっ!」
「えっ? 負けないって何が――」
「べぇー、義孝さんは気にしなくてもいいんですよぉ」
明菜は俺の腕を掴んで引った。
フレアさんとアヤメはクスクスと楽しそうに笑ってるし……何が何だが……。
「さあ、行きましょう義孝さん」
明菜は笑う……こう言うのは何だが、俺のために怒ってくれた顔も好きだ……しかし、明菜は笑顔が似合う。
前向きに、今を楽しむように……そんな笑みを浮かべる明菜に俺は、ドキッとした。




