夢のバレンタイン(16)
◇◇◇
家から全力疾走をすること2分。
俺は――。
「はぁはぁはぁはぁ……し、死ぬぅぅ、は、は、走り過ぎて……しぬぅ」
走り過ぎて死にそうになっていた。
もう無理……さっき飲んだ酒やら料理やらが全部出る……そ、そういえば……最近、まったく運動してなかったな。
全力疾走なんて何年ぶりだよ……やばい……本気で運動不足だ……くっ、まさかたかだか2分で体力を全て使い尽くすなんてな……。
俺はウルトラマンよりも貧弱かよ。
『ねぇ、貴方……』
それはスマホの向こうの如月も思ったらしく、スマホに繋いだイヤフォンから、心配そうな声が聞こえてくる。
『貴方、大丈夫かしら? 今にも生命が途切れそうな雰囲気だけど……わたくしは今人間の限界の声というものを聞いているのですね。大変そう』
他人事やめろ。
お前、感心するように呟いてるんじゃねぇ! そんな冗談が受け入れられないぐらい死にそうなんだからっ!
「はぁ、はぁ……くそ、これが終わったら、どこかでかいリゾートホテルで……はぁはぁ、温水プールにでも入って体力づくりしてやる。ふふっ…」
人間無駄遣いはいけないと言いつつ、精神を一番安定させるのは無駄遣いだ。特に俺の場合は。風俗マスターの名は伊達じゃない。
そんな普段はしない無駄遣いをすれば、このわけのわからん心労も少しは癒されるだろう。
『…………悪くないわね』
そんな妄想にふけっていると、今度は感心したように呟く如月ちゃん。
その声色はそこはかとなく……楽しそうである……。
お前この一歩間違えば、1人のストーカーに一生消えることないトラウマを植え付けそうな盤面で、何を楽しんでるんだよ。
というか――急げ俺!!!
『ふふっ、久しぶりにプール。ふふっ、将来の旦那と行くのは非常に悪くないわ。そうと決まれば貴方、春休みの予定を開けときなさいな』
おい、なんでお前が参加することになってるんだよ。
『施設を貸切って……ふふっ、水着も新しく用意した方がいいわね。今はどのような物が流行ってるのかしら?』
そして電話からは「カタカタ」とキーボードをたたく音が聞こえる……お前、もう寝ちまえよ。
いや……それもまずいか……暴走したフレアさんを止める術が俺にはないし。如月の鶴の一声が必要だろう。
「くっ……あああ、もうっ、クソったれ!!」
俺は悪態をつきながら走る。もう十数秒で公園に着く。
『何? 貴方ストレスたまってるの? わたくしが癒してあげましょうか?』
お前が元凶だけどな!?
カタカタ、キーボードを操作するのをやめろ。
ピロン――。
その時メールの着信音が鳴る。しまった、明菜か? 事情も説明せずに飛び出してきちまったからな……フレアさんを見つけたらすぐ連絡を――。
『今、いくつか水着の写真を送ったわ。貴方の好みを教えなさいな』
「お前かよ! はっ! 俺の好みだと!? そんなの見なくてもわかる。1番エロいやつに決まってるだろ!?!?!?!?」
『……貴方、そこまで自信満々に言えるのも一種の才能よね。はぁ、まあいいわ、どうせ貸し切りにするから、貴方以外の男を追い出せばいいだけだもの』
何で俺が呆れられてるんだよ。納得いかん。
それよりも――。
よし、公園に着いた!!!
「フレアさんは……!」
その時、信じられない光景が視界に飛び込んでくる。
それは……。
「義孝様、こんばんは……ふふっ、今この狼藉者に死よりも重い制裁を加えます」
「ひっ……! あんた誰よ!! は、話せ!!!」
フレアさんはレインコートで全身を隠したストーカー相手にアイアンクローを決めていた。
完全にキマッているので、レインコートはうめき声のが混じったような罵声をフレアさんに浴びせる。
その反応に不敵に笑うフレアさん。もう、マフィア映画です。
(すげぇー、人の身体って片手で持ち上がるんだぁー)
そんなことを考えていると――レインコートから、ストーカーの顔が垣間見れる……。
(はぁ……明菜が言ってた通り『美人』だな……)
そう……明菜のストーカーは女だ。それも高身長のショートヘア―が似合う美人……。
「川島義孝! あたしはあんたを許さないんだからっ!」
「…………」
俺の目の敵にされてるのか……まあ、別に他人にどう言われようと、『俺は』いいんだけど……。
「ほう、義孝様に無礼なことを言う舌は必要ありませんね……切断しましょう」
「……ひいいいい!!!」
「待って! フレアさん!!!!」
俺は必死にフレアさんを止める。だってこの人本当にバタフライナイフを取り出したんだもん!
そんな修羅場と言える状況でイヤフォンから……。
『……エッチな水着ね……もう少し胸があればよかったのだけど』
そんな落ち込むような声が、キーボードをたたく音とともに聞こえてきた……。
俺は『今の俺って社畜と何が違うんだろう』と本気で思った……。




