チョコに気持ちを込めて
◇◇◇
一方その頃――。
(こ、こんなはずでは……)
三沢家のキッチンにて。
音無由衣は絶望していた。
今日はバレンタインということで、由衣と絆と三沢の3人でチョコとクッキーを作っていた。
「わああああ、みてみて、まいちゃん! きずなうまくできたよ!」
絆がクッキー生地を猫型にくり抜いたのを三沢に見せる。三沢をそれを見ると、ニカッと笑う。
「おう、いいじゃん。よし、どんどん作ろうぜ」
「うん! えへへ、おじちゃんよろこんでくれるかなー」
「それはもう、泣いて喜ぶに決まってるぜ。それで由衣は――」
三沢は恐る恐る、料理というか……もはや黒魔術の実験のような、禍々しいほど真っ黒な生地をこねくりまわしている由衣に視線を向けた
「な、なんで……毎回ただ黒いだけの物質になるの……わ、私はただ店長のために……くっ、どうして……」
「はぁ、そ、そう落ち込むなって! だがな……お前に料理は向いていないぜ」
「は、はっきり言わないでください……わ、私だって……」
「そ、そうだよおおお! まんまはおりょうりとくいなんだから!」
絆は怒ったようにそう言うと、由衣が作り上げた小さめのダークマター……もとい、チョコレートを口の中に放り込んだ。
その瞬間――絆の瞳に涙が貯まり始める。
「に、にぎゃい……うぅぅ」
「絆! 何やってるんだよ! 猛毒を自分で食うなんてどうかしてるぜ!」
「だ、だって、まんまおりょうりはさいきょーなんだもん……ぐすん」
「2人とも……私泣いてもいいですか? 母親が子供の前でみっともなく号泣しますよ?」
涙目になる親子ふたり……もっとも、泣く理由は全く違うが……。
「はぁ、由衣、なにテンチョーみたいなこと言ってるんだよ……」
「だ、だって……はぁ、未来も夢野さんも料理上手なのに……はぁ」
由衣は正月に義孝の家に遊びに行った時のことを思い出す。
その時、未来と明菜の手料理を食べたが……自分では足元に及ばないと、実力の差を思い知った。
由衣の聞いた話では、未来の得意料理は生地から作るピザとホワイトシチュー、明菜は肉じゃがとチョコレートケーキや和菓子などのお菓子系だそうだ。
比べて由衣の得意料理は……市販のたれを入れただけの野菜炒めか、レトルト系という、料理をしている、と言えるか微妙な品々だ。
(はぁ……まさか、料理の腕が問われることがあるなんて……勉強とか、頭を使うことなら上手くできるのに……)
「なんで料理できないんだろう……店長、今日は予定がいっぱいで会えないみたいだから……せめて美味しい手作りチョコを渡したいのに……」
「お前は理想が高過ぎなんだよな……普通に家庭料理を作る分には問題ないと思うけどな」
由衣が思い悩んでいると三沢が言いづらそうにポツリと呟いた。その言葉に自覚があるのか、すっと三沢から視線を逸らす。
「そ、そんなことないですよ……」
「はぁ、それなら今お前は何作ってるんだよ………?」
「ざ、ザッハトルテ……」
ザッハトルテとは、チョコレートケーキの王様とも言われており、バターケーキに杏ジャムを塗り、その後にチョコレートでコーティングしたものだ。
由衣はそんな王様をパンケーキはもちろんのこと、杏ジャムまで手作りしようとしていた。
「……素人の作るものじゃねぇぜ……」
「だ、だって! 猫クッキーとか作って店長に子供っぽいって思われたくないし……」
「お前、全国の女子に怒られちまえ。はぁ……テンチョーはそういうの気にするタイプじゃないぜ。変な話お前からのチョコなら10円でも喜ぶぞ」
「そ、それは……」
由衣は義孝がなんだかんだ言って優しい性格だということを知っている。仮にこのダークマターのようなチョコを渡しても、文句を言いつつも残さず食べてくれるだろう……という確信に近い考えがあった。
でも、だからこそ……その優しさに甘えたくない。現に数か月前から三沢に頼んで料理の特訓をしている……実力が上がってるかは別問題として。
「せ、せめて……美味しくて……見た目がかっこよくて……綺麗で……宝石みたいなチョコを……」
「はぁぁぁ……お前の料理下手の原因はその理想の高さだけどな……すぐ形から入りたがるし……お前ブランデーだけで何種類用意してるんだよ」
「うぅ……だっ、だって……お、大人の料理を……」
「まんま、泣かないでー……うぅ」
「たくっ……仕方ねぇな。時間はあるんだ。あたしも協力するから、何とか形にはしようぜ」
三沢が呆れながらも笑顔でそう言うと、由衣も顔をほころばせる。
「ゆ、由衣さん……ありがとうございます」
「……きずなも!!! きずなもがんばるよ!!!」
そうして3人はスイーツ作りに没頭していく。
そして……月曜日の義孝の昼食はチョコまみれになるのが決定していった……。




