偽りの約束(1)
手早く出かける準備をして家から出る。
「ふぁぁぁぁぁ……眠い」
そして俺はマンションの階段を降りつつ、大きくあくびをする。
(眠い……まだ7時前だぞ……昨日も朝早かったし……夜はずっと娘たちに如月のことを聞いてたからな……)
如月望
娘たちと同じ学年の15歳で、日本でも有数の資産家、如月家の1人娘だ。如月家は竜胆よりも大きな家で、あの竜胆爺さんでも、如月家のことは無下にはできないらしい。
涼しい顔でホテルをワンフロア貸切り、俺を孫の通う学校の学食の店長に抜擢した爺さんが、無下にできない家……というだけでやばさがわかる。
あと、竜胆はここ数十年で大きくなった家だが、如月は数百年の歴史を誇る名家らしい。
(だから……お見合いとかいう古臭い風習がまだあるのか……というか、なんで俺なんだよ……娘たちはあまり如月と仲良くないらしいし……俺が呼ばれたのは娘たちへのあてつけか? さっぱり……わからん……)
そんなことを寝ぼけた頭でごちゃごちゃ考えていると……マンションの入り口に……辿り着く――。
「…………はっ?」
思わず間抜けな声が出る。
俺が住む平凡なマンションの前の道路に、明らかに不釣り合いな外車がとめられていた。
黒塗りで、漫画やアニメで見るように車体が長く、窓はスモークガラスで車内は見えなくなっている。
こんな車に乗ってるのは超金持ちかヤクザの親分だろう……。
そして……極めつけが、車の前で姿勢を伸ばして立っている……20代後半ぐらいの黒人女性だ。
その女はドレッドヘアーに黒いスーツ姿、サングラス、身長は180センチ以上はありそうで……スーツの上からでもわかる……かなりの筋肉質だ。
性別は違うが俺なんか10秒で絞殺されそうだ。
「……か、帰ろう。今すぐ帰ろう。そして娘たちを連れて海外に高飛びを――」
「義孝様、おはようございます」
俺が全てを投げ出して逃げ出そうとしていると……女性がサングラスを外して礼儀正しくお辞儀をした。
うむ……かなりの美人さんだ……めっちゃ怖いけど。
「私は望お嬢様の秘書を務めております『フレア・マッカトーニー』と申します。気軽にフレアよおよびください」
「ご、ご丁寧にどうも……」
日本語もとても丁寧で、声色は雇い主と違い柔らかい……。まるで大企業の受付嬢のようだ。
う、うむ、まだわからんが……怖いのは見た目だけか……?
「私は今回、義孝様の運転手と身の危険を守らせて頂きます」
「えっ……身の危険って?」
強いて言うなら今、身の危険を感じているのだが……。
「それはもちろん、暗殺者や誘拐犯など狼藉者です」
「…………」
柔らかな笑顔を消して瞬時に真面目な顔になるフレアさん。さっきまで大企業の受付嬢だったのに今は数多の戦場を駆ける軍人にしか見えない。
「安心なさってください。どんな銃弾でも私の肉体が貴方をお守り致します」
真顔だ……どこまでも真顔だ。その戦闘力の高そうな容姿も相まって冗談を言っているようには見えない。
「いやいやいやいやいやいや。ツッコミどころが多すぎる!」
この平和な日本で何言ってんの!?
いつからここは戦場になった!?
「申し訳ございません。何かお気に触ることを申し上げてしまったでしょうか……」
「いや、本気で悲しそうな顔しないで下さい……さっきの発言がリアルになりそうな気がするから」
「お言葉ですが、義孝様」
キリッした顔をするフレアさん。
「御身はいつよからぬ考えを持つ輩に狙われても不思議ではありません。御身の身分を考えた方が良いかと」
「…………」
……コノヒトハナニヲイッテルノ?
俺はただの一般人なんだが……今回のお見合いの件といい、とてつもない勘違いをされている気がする。
「とにかく早く車にお乗りください。スナイパーに狙われる危険があります。ですが、どうかご安心をこの車は防弾ガラスに特殊装甲です。ロケットランチャーも一発なら耐えられます」
フレアさんはいい笑顔でそんなことを言う。
「えっ、えっと、あ、ああ……」
ここはもう言う通りにした方が話が早そうだな……。ツッコミも間に合わん……。
それにこの人を敵にまわすと命の危機に落ち入りそうだ……。




