バレンタインの幕開け(2)
それから数分後――。
俺は自分の家のリビングで未来が用意した夜食を食べていた。家に帰ってきた時は……マジで未来の将来が心配になったが……こうして夜食を用意してくれる姿は良妻そのものだ。
俺の好きなおにぎりの具も把握していて、具沢山の味噌汁が酔っぱらった身体に染みわたる……。
「未来ちゃんにかかればおにぎりでも美味しいよねー。ぱくぱく……」
実花は俺の隣の席に座り、美味しそうにおにぎりを食べている。
なんで実花まで食べてる……っと、思ったが、こいつ昼は食べに来なかったし、未来に怒られてたなら、ずっと食べてなかったのか?
というか……未来も機嫌が戻ったらしく、実花が服を着るのを許したようだ。
……それには正直ホッとしている。あのままだと、人間として失ってはいけない理性が崩壊しそうだからな……。
「それで……お前らはなんであんなことになってたんだよ」
「え、えっと……パパ、それは……」
「もう……お姉ちゃん、『如月さん』のことならもういいから……早く食べちゃってよ。お父さんには私から説明します」
その時、味噌汁の鍋と三人分のお茶を持った未来がキッチンからやってきて俺の前の席に座る。
「う、うん……」
実花の目が左右に泳ぎ、挙動不審になる。どうやら……未来に相当怒られたようだな……チラチラと未来の様子を伺ってるし。
こうして見てる分には……怒られた子供みたいで、微笑ましく可愛いが……それよりも気になることがある。
「待て……今如月って言わなかったか……?」
「お父さん知ってるんですか……? まさか……もう何かされましたか?」
「されたというか……される予定があるというか……」
縁談……お見合い誘われたし。知らない仲ではない……てか、ある意味では知り合い以上だ。普通は初対面でお見合いには誘われん。
「その反応……やっぱり何か言われたんですね……あの人、誰に手を出そうとしているのかわかっているんですかね……」
「うぅ、未来ちゃんが怖い……」
未来が無表情ながらも露骨に嫌そうな声を出す。その声色には不機嫌さも含まれており、語気が少し荒い……どうやら、如月が俺にちょっかいをかけたのが気にくわないようだ。
「えっと……如月ってお前らとはどういう関係なんだ?」
「クラスメートだよー。パパはなんで知ってるの?」
「それは……」
まずい。すごくお見合いに誘われたとは言いづらい……。父親が同級生にお見合いに誘われたと知ったら……どんな反応をするだろうか。
……それはそれで見てみたい気もするが……。
「へぇ……あの人はお父さんに何をするつもりなんでしょうか……? もし、お父さんに危害を加えたら――戦争です」
「…………」
俺の長年にわたり研ぎ澄ましてきた勘が言っている。未来に知られるとマジで大ごとになると……。
もう、爺さんの権力を使ってやりたい放題しそうだ……。
俺としては娘が悪逆に手を染めるのを黙って見ているわけにもいかない……。
ならば――。
「ああ、なんか……仕事を頼まれた。詳細は聞いてないけどな……」
適当な言い訳だが……しないよりはましだろう。まあ、嘘は言ってないしな……俺『お見合いする』っていうある雑な説明しか聞いてないし。
仮にガチのお見合いでも適当な理由で断れば、丸く収まる……気がする。
「そうですか……はぁ、如月さんの所為で、断れなかったんですね。私たちの関係を交渉材料に使われて……」
「あ、それは知ってるのか……?」
なんだ……隠して損したか?
「ええ、知ってます。知ってるよ。だって如月さんが私たちの関係を利用したのはお姉ちゃんの所為だし……最も貸しを作ってはいけない人に……はぁ」
「し、仕方ないじゃん! あの時はああするしかなかったんだし!」
未来がジト目で見ると実花が急に慌て始める
なんだ? 話が見えてこないな……。
「ぱ、パパ……私が家出した時のことを覚えてるよね……私ママの墓地に行く時にのぞみんに協力してもらったの……」
「えっ? あ、ああ……そういえば何でお前があそこにいたのか疑問だったな……」
あの時はそれどころじゃなかったから、すっかり失念していた……。
「あの時は台風の影響で電車もバスも全部止まってたから……のぞみんは竜胆と同じくらい……お金持ちだから、何とかしてくるかなって……あはは」
竜胆と同じぐらいって……あいつ本当にお金持ちだったのか……。言動からして ただ者ではないとは思っていたけど……。
なるほど、その時俺らの関係を説明したわけか。
でも如月は半年も経ってなんで今更そんな話を持ち出してきたんだろうか……。
「お姉ちゃん、笑い事じゃありません……」
「ご、ごめんなさい……」
「もう、いいよ。本当に反省してるみたいですし。問題は如月さんです……はぁ、どうしよう……やっぱり如月に戦争を仕掛けるしか……」
未来さん、色彩を失った目で小さく呟く……マジで怖いっす。
「ああ、その件はとりあえず俺に任せとけ。何とかする……」
「えっ……でも」
「未来が心配してくれるのは嬉しい。さすが俺の娘だ」
「お、お父さん……今の言葉は――」
俺の感謝の言葉がよほど嬉しかったのか、未来はその場で立ち上がる。未来にしては珍しく、嬉しさが表情に少し現れている。
「おお、いつもお前には迷惑を――」
「今の言葉は私たちへのプロポーズですねっ! 式はいつにするの?」
「かけられてるなっ! お前深夜によくわからねぇこと言ってるんじゃねぇよ」
「ああ、ずるいぃ……パパ、私も直接言われたいー」
ああ、こいつはこいつで面白がって俺の乳首いじってきやがった! 何!? 今真面目な話をしてたんじゃなかったの!?
そうして……川島家の夜はいつも通り過ぎて行った。




