お仕事を頑張ります(3)
遅くなり大変申し訳ございません……
由衣に怒られるという恐怖というか……男としてはご褒美というか……イベントを控えているが、俺の仕事は減ってくれない。それどころか1日で1番忙しい時間に差し掛かろうとしていた。
午前12時半。食堂にて――。
俺たちスタッフは厨房と提供カウンターをバタバタと行き来していた。うちの営業時間はわずか1時間だ……しかし、その1時間に食べ盛りのガキどもが数百人来る。
それを4人で回そうとしてるんだから、狂気の沙汰だろう。
「おい、新井! そろそろ学生が来るぞ! 準備できてるか!」
今日のメニューは広東麺、蕎麦、うどん、とんかつ定食、八宝菜定食、カレーだ。
「ばっちりっす! 今日は記録更新してやりますよ!」
麺コーナーでやる気満々の新井。
ここではラーメンと蕎麦とうどんを担当している。麺をゆでる作業など手間が掛かることが多く、行列ができやすく、大変なポジションだ。
「……たくっ、また調子にのってオーダー間違えないでくださいね」
「音無、うっせぇぞ! 自分はミスしたことないからって調子に乗りやがって。ああん」
「はいはい、大きい声を出さないでください」
由衣は面倒そうに新井をあしらう……こう見ると、よくケンカする友達みたいだな……。
そんな由衣のポジションは俺と一緒にカレー、定食コーナーだ。三沢が調理した物を片っ端から盛りつけていく作業だ。
最初は……ただ盛りつけるだけだから楽だろう……とか思っていたが、マジで大変だ。
たかが盛り付けも、行列に煽られ、お客さんの前でプレッシャーを与えられ、大量にやるとなると、かなり神経を使う……。
「三沢! 追加の準備はいいか! 多分今日寒いから広東麺がかなり出るぞ」
「あはは、テンチョーがそう言うならそうなんだな」
俺は提供カウンターの裏手にある厨房に顔を出して、三沢の様子を見る。三沢の作業スピードはかなり速いのでもう自分の作業をすませて、パーティの仕込みをしていた。
よし、今日の営業を乗るきるか……。
うちの食堂はオートレジと自動式の巨大食器洗浄機を完備しているので、とりあえず食事提供さえしてしまえば片付けなどは後でどうにでもなる。
「よし……それじゃあ、営業を開始するか!」
俺の一言で、各々が持ち場でお客さんを待ち、すぐに対応できるようにする。
さて……給料分の仕事はするかな。
◇◇◇
営業が始まり45分が経過した。
だいぶお客さんも減り、今日の営業も終わりに向かっていた。
(定食が売り切れ……よし、売り上げはまずまずだな。はぁ、でもこれから片付けと懇親会の準備か……)
片付けと簡単に言っても数百食分の洗い物や馬鹿広い食堂や厨房の清掃だ。それを4人でやるのだから……毎日大ごとだ……。
はぁ、今日の懇親会は参加人数も多いし……でも、今日を乗り越えれば明日は休みだし、それに明菜と飲む約束をしている……。
あと数時間の辛抱だ。それにしても……。
「…………」
俺は提供カウンターから周りを見渡す。
俺の位置からは楽しそうに食事をする学生たちの姿が見えた。
『ねぇねぇ、今日の数学のテストどうだった?』
『まずまずだ。それよりも現国のテストのほうが気になる』」
『先輩てっば超かっこいいの!! 私に道案内してくれたんだんだよ!』
「…………」
多くの人が笑顔で友達との会話を楽しみ、休み時間を満喫している。そんな何気ない日常は俺には何故だが眩しく見えた。キラキラと輝いて見える。
(なんか俺も……歳とったよな……)
「兄貴! お客さんですよ!」
「え?」
年齢という越えられない壁の差にアンニュイな気持ちになっていると、入り口で食品サンプルの下げをしていた新井から声が上がる。
そこには未来が立っていた。
「こんにちは……」
「おっ、よく来たな。実花のやつはどうした?」
「お姉ちゃんは……昨日ゲームで徹夜してたから空き教室で寝てる」
「…………」
昨日夜遅くまでカチカチやってると思ったけど……あいつ徹夜したのかよ。そういえば俺が起きた時にはテレビ見てたし、妙にテンション高かったな……。
……ゲームで徹夜するのこれで何回目だよ……あいつは家に帰ったら説教だな。はぁ、ゲームってそんなに面白いものなかね……ちょっと興味で出てきたな。
「それで、おとう……店長さん……」
「あぶねぇな……バレるとやばいんだから呼び方には注意しろよ」
周りを確認すると、幸い近くに人はいない。
社員食堂の従業員以外では俺との親子関係は伏せてある。苗字違うしな……。
だが、爺さんの配慮で親戚関係にはなっているらしいので、一緒に住んでることがバレても俺が捕まることはないらしいが……念には念を入れてだ。
というか……配慮するならさっさと親子関係にしてくれよ……美奈の遺言マジで性質が悪い……。
「兄貴!、いいじゃねぇっすか! こうして未来の姉御が来てくれたんだから」
新井が元気に話しかけた。こいつは『とある事情』から俺だけではなく、実花と未来も崇拝している。まあ、想いは一方通行のようだけど……
「……声が大きいです」
未来は無表情でボソッと呟き、何故か俺に非難の目を向けてくる……。
「……おい、そういうことは直接言ってやれよ」
「私はおとう……店長さんと家族以外の男性とは必要以上の会話はしません」
「……いや、きりっとした顔で言われても」
こいつの将来が本気で心配になる。
実花もやっていることが狂気じみているから、心配だが……こいつは違うベクトルで心配だ。将来人間社会に適応できるのだろうか……。
「兄貴! 僕は気にしないっすよ! それより姉御! 何食べますか?」
「……何が残ってるの?」
「……だから俺に聞くなって」
「だって……おとう……店長さんが嫉妬したら嫌だし。おとう……店長さん以外の男は眼中にないということをアピールしておかないといけません。そこの……人には悪いとは思うけど……えっと名前何でしたっけ?」
無表情でもじもじするな。
それと、お前本当に悪いと思ってるか……?
「新井っす。だから、僕のことはいいっすよ」
「お前……俺たちに対しては器が広いよな……」
由衣相手とかだとすぐにブチギレるくせに。
まあ、本人がいいと言うならこの場はいいか……家に帰ったらそれとなく話してみよう。このままだと娘が社会に反逆しかねない。
「定食は売れきれちまった。麺かカレーだな」
「そうですか……それなら広東麺を下さい」
「てか、もう少し早く来いよ。そうすれば定食も食えたのに」
「嫌です……他の学生が多くて、おとう……店長さんと話せません」
「…………」
無表情ながらも顔赤らめる未来。
こういうところはいじらしくて……可愛いと思うが。呼び方をあえて間違えるところも含めて。
「じゃあ新井、作ってやってくれ」
俺が新井にそう言うと……何故か2人とも神妙な面持ちで首を振る。「お前わかってねぇなぁ」という感じである。
やめろよな。おっさんはそういう若者の視線に敏感なんだから。
「何言ってるっすか。兄貴が作るんっすよ」
「そうです。私はおとう……店長さんが作った広東麺が食べたいんです」
「……はぁ、うちはいつから指名制になったんだ? 指名料取るぞ? 電話指名1000円、本指名2000円だ」
文句を言いながらも……おれは広東麺を作る準備を始める。
作るとは言っても麺を茹でてあんをかけるだけだからな……たくっ、誰が作っても変わらないだろうに。
「……ふふっ、楽しみです……お父さんの手作り……ふふっ」
「お父さん、言うなよ……」
まあ、未来が嬉しそうだからいいか……。
俺はなんだかあたたかい気持ちになりながら、茹で麺機に麺を入れた。




