お仕事を頑張ります(2)
それから由衣には座席の水拭きをしてもらい、俺は事務所で引き続き事務作業をしていた。
すると、三沢が出勤してきて着替えるとすぐに仕込みに入った。あいつは朝が弱いのでテンションは別人かと思うぐらいだが……まあ、仕事に入ればテンションも戻るだろう。
そして……7時半を回ると最後の1人の従業員がやって来た。
「おはざーす!!! 今日もお願いしまーす」
事務所に響く若い男の声――。
声の方を見るとそこには、150センチ代中盤ぐらいの小柄の若い男が立っていた。
うちの従業員の1人の『新井裕也』だ。
新井は由衣よりも二つ上で、男とは思えないぐらい綺麗な顔立ちをしていて声も高い。ぱっと見は女にも見える。まあ、それを言うとめっちゃ怒るから言わんけど。
可愛い容姿だけど……性格はチンピラだしなぁ……。
こいつとはちょっとした縁があって調理補助、三沢の部下として入ってもらっている。
「おう、おはよう……」
「兄貴!! 今日も頑張るっす!!」
無邪気な笑みを浮かべながら俺に駆け寄ってくる新井。相変わらず、懐いている猫みたいなやつだ。
……まあ、見てわかる通り、俺はとある事情からこいつにかなり好かれている。いやマジで、去年の文化祭に本当に『色々』あって……その辺も、もしかしたら語ることがあるのかもしれない……。
(はぁ……こいつが美少女だったら文句なかったんだけどな……)
「あ……、音無のあま、もうきてるんっすね」
さっきまでのにこにこ顔とは裏腹に不機嫌そうに顔をしかめる。
こいつと由衣はあんま仲良くないんだよなぁ……今のところ仕事には影響ないけど。
三沢とはうまくやってるみたいなんだけどなぁー。
「ああ、俺のことを気を使って早めに入ってくれたんだ」
「ああ! くそったれ!! あいつ兄貴の気を引きたいからって勝手なことしやがって! 下心でしか動けねぇのかあいつは!」
「いや……ただの親切心だろ……」
俺はいきりたつ新井に呆れながら言った。こいつ特に由衣には噛みつくからな……仕事はできるし、根は真面目だから従業員としては優秀なんだけどな……。
「兄貴は甘いっす! そのうちあの女に手籠めにされちまいますよ!」
「…………」
新井は思いっきり顔をしかめて嫌そうにしている。
由衣に手篭めにされるとか、それはハッピーエンドではないだろうか……まあ、由衣の性格からして俺に気があるようには見えないけどな……。
それにしてもこいつはなんで由衣を嫌ってるんだ? いい機会だから探りを入れてみるか。
「新井はゆ……」
由衣って呼ぶとこいつ騒ぎそうだな……ここはひとまず苗字で呼んでおこう。
「音無さんとかに興味ないのか……? あいつすげぇー美人だろ?」
「まったく興味ないっす。あんなもやしなんか、兄貴の足元にも及ばないっす。僕は兄貴一筋すっから!」
さらっといい笑顔で言う新井。
前々から気になっていたけど……こいつそっちの気があるのか……? 確認するのがとても怖い。というか、由衣ほどの美人に興味がないとか、それはそれで男として大丈夫だろうか……?
普通に心配になる……今度風俗に連れて行ってやろう……。
『おい! 新井! 来てるなら早く手伝ってくれ! 業者が遅れてて時間がぎりぎりなんだ!』
その時、三沢が叫びながら事務所に顔をのぞかせる。どうやらテンションは戻ったようだ。
「あっ、テンチョーと仲良く話してたのか……お前ら仲いいな。ホモなのか?」
こいつ聞きづらいことをサラッと聞きやがった!
これでうん……とか言われたらどうするんだよ!
「そんな! 僕はノーマルっすよ! ただ、恋愛対象が40歳以上なんで」
「えっ!! マジで!?」
それはそれで衝撃の新事実なんだけど!!! そりゃあ、音無さんみたいな若い子に興味がある訳ねぇか。
こいつとは数ヶ月に付き合いだけど初めて聞いたぞ……。
「そ、それじゃあ、三沢とかはどうなんだ?」
「おい! テンチョー! あたしはまだ20代だ! 失礼なこと言うなよ!」
すまん……まったくその通りだ。
目の前に珍しい性癖を持った奴がいたから思わずつい……。
「兄貴! そうですよ! こんな若い人は僕には似合わなっす。それで好みが知られたついでに相談なんですけど……この学校の教頭をナンパしてもいいですか? マジでタイプなんですけど……」
おい、頬を赤らめて何を言ってやがる。
「よしゃああ!! 後輩のそういう願いを聞くのも先輩の務めだ。あたしに任せておけ!」
「おお! 三沢さんあざーっす!!!」
「いや!! やめろや! 俺のクビどころか! この現場が消滅するわ!!!」
マジで大問題になるから。あの教頭気難しそうなんだから!
「えええぇ、テンチョーそれはないぜ……それだとこいつの若い欲求はどこに向ければいいんだ!」
「そうっすよ! 俺に熟女を下さい!」
「てめえ、真面目な顔で何言ってるんだよ! そんなに熟女が欲しければ俺が熟女専門のソープに連れて行ってやるよ!!!」
『へぇ~……なんか面白そうなお話をしていますね。みなさん仕事をしましょね』
その時背後からびっくりするほど冷たい声が聞こえた。
「…………働くか」
「そうっすね……いつもなら音無が泣くまで言い返すっすけど、今回は分が悪いっす」
「さあ、あたしも厨房に戻らねぇとな……」
笑顔で立っている由衣にビビりながら仕事に戻っていった。
ちなみに……俺は『店長には業務終了後に大事な話があります。主に熟女ソープについて』とにこやかに言われた。
どうやら今日は心を削るサービス残業が確定したようだ……。




