夢見るバレンタイン(10)
それから俺に蔑む視線を向けながら音無さんは去っていった。
本人が言うに……。
『私がいると話がややこしくなりそうですし……はぁ……今日は夢野さんの日ですから。それに私も『店長とデート』をしたことがありますから。これでおあいこです。私も『店長とデート』を……』
と、いうことだ。
デートとは去年水着を買った時のことを言っているのだろうが……。
何を張り合ってるんだが……こんなおっさんとデートしても自慢にならないだろうに。
まあ、そんなこんなでデートを再開する。
明菜はまた照れながら腕組をしてきて……そのまま公園を歩く。そしていろいろなことを話す。主には――。
「義孝さん、私は残業代を貰っていなかったわけではないんです。だって私は会社に自分の意思で残ってパソコンで遊んでいただけですから、残業代なんて貰う訳にはいきませんね……ふふっ」
「そうそう、休日もそうだよなぁ~人と話したくて会社に行って、パソコンで遊んでるだけだからな。そんなので休日出勤手当をもらう訳にはいかない……あはは」
俺たちは楽しく社畜時代トークに花を咲かせている。
ちなみに俺と明菜の瞳には色彩は一切にない。昔の俺たちは生きる屍だということを身に染みて感じている……。
「……社畜とは現代にさまようゾンビなのかもしれない……東京はおしまいだ」
「そうですね……いつから日本はパンデミックに襲われるたんですかね……バイオハザードです。はぁ」
一応言っておくが、めっちゃ暗い話をしているけどデート中だ。俺たちはお互いの過去の傷をなめあい、親交を深めているのだ。
そんなこんな『楽しい』お話をしていると、いい時間になる。公園を歩くこと1時間、そろそろストーカーへのアピールタイムもいいだろう。
「明菜、疲れただろ? ストーカーが見てたかわからないけど、そろそろ帰るか
「あっ……そ、そうですね。あまり長く一緒にいてはご迷惑になりますし……手も離した方がいいですよね……離した方が……離した方が……」
だが……明菜は中々手を離そうとはせずに名残惜しそうにしている。そんなにドラマのヒロインでいたいのか……?
ん……でも……そういう反応をされるとこっちもドキッとするんだが……。
何かを言いづらそうにしてるな……。
「何か言いたいことがあるなら言った方がいいぞ? 自分の希望も願いも何も言えないのは社畜だけで充分だ」
「……ふふっ、そうですね……その通りです。では……」
明菜は意を決した様子で口を開く。
「えっと……義孝さんは来週の土曜日はお休みですか……?」
「えっ……? 来週の土曜っていうと2月14日か……確か仕事はないな」
……突然の休日出勤がなければ……。
「まあ、大丈夫だろう。大丈夫にして見せる。俺は今回に社畜にはならないと神に誓っているんだ……だから……必ず絶対に」
「ち、力強いですね……気持ちはわかりますが……」
「まあ、大丈夫だ。それで? またデートのふりをするのか……?」
「い、いえ……義孝さんに……お礼が……したいなって……」
明菜は顔をうつむきながらとぎれとぎれ言葉を口にする……表情は見えないが、声色からとても緊張しているのがわかる。
「いや、お礼なんかいいって。いつも実花が世話になってるからな。気にしなくても――」
「そ、そういう訳にもいきません! お礼はさせてください!」
明菜は顔を上げて力強く輝く瞳で俺に訴えかける。普段ほわほわして大人しい明菜にしては珍しい反応だ……。
なんというか……責任感が強いな……そんなに気にしなくてもいいのに……それか、俺に気があって関係を持ちたいってか……?
「…………」
はぁ……。俺もそんな勘違いをする歳じゃないな……若い時なら何も考えずに、はしゃいでただろうけど。
夢を見ることもできなくなったな……歳は取りたくないもんだな……。
おっと……今はお礼の件か。まあ、本人が……ここまで言ってるんだから断るのも変な話か。
「わかった。土曜日は開けておくよ」
「! ……ほ、本当ですか……? よかったですぅ……」
「それでどこか出かけるのか……?」
「い、いえ……その……美味しいワインを買っ……じゃない。たまたま、『実家から送られてきた』ので一緒に飲みませんか……?」
「おっ、いいな。結局昨日は飲めなかったし」
「よ、よかったぁ……えへへ、勇気を出してよかったです」
俺がそう答えると、明菜はぱあああっと笑顔になった。
そこまで喜んでくれるとこちらもうれしくなる。
まあ、たいして用事もなかったし、ちょうどいいか……。




