夢見るバレンタイン(8)
デートが始まってから1時間ほどが過ぎた。
まあ……この辺でおさらいをしておくと……明菜は帽子を被っても可愛い。芸能人といわれても納得するクオリティーだ。
なので目立つ……それも大して特徴のないおっさんである俺の腕に抱きついているのである。もうそりゃ目立つ。
『あれ……1時間いくらだ?』
『あれは明らかに高級店だろ……同伴だろうなぁ」
おい、今通りかかったやつ! 同伴とか言うんじゃねぇ!
くっ、釣り合ってないのは自覚してるから、別に何を言われてもいいんだが……悪い。
何を言われてもは嘘だわ。具体的に釣り合ってない理由を言われたら泣いちゃうわ。
まあ、でも俺も歳をとったからだろうか……このぐらいではそこまでは動じない。昔なら喚き散らしていたが、むしろ注目されて気持ちいいまである。
しかし――明菜は。
「か、顔から火が出そうです……わ、私、ドラマみたいなことしてる……」
顔は真っ赤で本当に顔から火が出そうだ……このぐらい赤いのは酔っ払いと明菜ぐらいだろう……まあ、それは冗談だとしても……1つ間違いない事実がある。それは――。
(この人、なんか……恥ずかしがれば恥ずかしがるほど……雰囲気が妙にエロくなるな)
「心細いので……も、もっときつく抱きついてもいいですか? ぎゅうううって……」
「い、いやそれは別にいいんだけど……」
ぎゅうううううううううう。
「…………」
胸の圧がすげえぇぇぇぇ! 胸ってこんなにも圧を生み出すものだったのか……いや、俺だって風俗で数多くの戦いくぐり抜けた身だ。
おっぱいには慣れていると考えていた……しかし、俺はおっぱいの本質を何も理解していなかった。
張り、大きさ、形……そして柔らかさ……これまであったどのおっぱいよりも……。
「よ、義孝さん、なんか話をして下さい……こ、このままだと恥ずかしく死んじゃう……もう恥ずかしさを忘れるぐらい面白い内容で……」
「ここに来ての無茶ぶり!?」
「だ、だめですか……?」
涙目でこちらを見つめてくる明菜。うむ……どうやら恥ずかしすぎて錯乱してるようだ。何かに救いを求めてる感がすごい。
いや……それ難度高くないか?
「ていうか、そんなに恥ずかしいなら、離れればいいだけなんじゃ……」
「そ、それは嫌です! こ、ここで義孝さんから離れたら大切なものを失う気がするんです!!」
絶対にそこまで大げさなことじゃねぇよ!!
こうなったら俺から離れるべきだが……どうしよう俺も本能が離れることを拒否している……だって仕方ないだろう……ここで離れたらもう2度と抱きつかれることなんてないかもしれないんだぞ!
それは本能も拒否る……!
「わかった。それなら今の職業、配信者になったきっかけを聞こうかな」
これは普通に気になるしな。看護師から配信者とかギャップがすごすぎて、おっさんついていけてないし。
しかし――。
「なっ……!」
そんな風に軽い気持ちで考えていたが、俺の腕にしがみついてる明菜が何故かさらにテンパり始めた。
ぎゅうううっと腕に力を入れて、俺の腕にすがりついてくる。
「な、なんてことを聞くんですかぁ……は、恥ずかしい……」
「え、えっと……そ、そうなの……?」
よくわからんけど地雷を踏んだっぽい!
や、やばい……いくら人生経験が少しばかり豊富だからと言っても限度がある……。
俺もだんだんとテンパってきた。
そしてーーその時、俺に追い打ちをかけるように、視界に信じられない人物がうつったーー。
『はぁはぁ、走るのもなかなかきついわね。絆をお母さんに任せて正解だったわ』
俺たちがいる通路の左側の曲がり角から、ランニングウェア姿の音無さんがこちらに向かって走って来ていてた。
「…………」
幸い音無さんはまだこちらに気がついてないようだが……時間の問題だ。通路の関係上あと数秒で鉢合わせる。
……これは本格的に詰んだのではないだろうか……。




