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長坂坡 -十八試甲戦闘機『陣風』(後編)-

お待たせしました、最終話です。

夜、暇つぶしにぶらぶらと外を歩いているときだった。

基地の兵達が騒ぎだし、「捕虜が逃げた」という叫びが聞こえてくる。


「やぁれやれ……」


日下部は興味なさそうに呟く。

すでにこの戦争に対する興味すら、失っていた。

自分の持っている軍刀の意味も、わからなくなってきている。


その時、日下部は近くに人の気配を感じた。

振り向くと、兵士が一人駆けてきた。

しかし、暗闇でよく分からないが、顔は明らかに日本人では無かった。

英語で何か叫びながら、その米兵は日下部を突き飛ばそうとする。

だが、日下部は米兵の手を掴むと、流れるような動きで背負い投げを決めた。


「悪いな、柔術じゃ負け無しなんだよ」


日下部は軍刀を抜いて、倒れた米兵の喉に突きつける。

闇の中、月明かりを反射し白刃が輝き、米兵の顔は恐怖で引きつった。


「………」


日下部は何を思ったのか、溜め息を一つ吐いて、軍刀で一方向を指し示した。


「……行け。向こうなら逃げられるだろう」


無論、その米兵は日本語が理解できなかった。

おろおろと立ち上がった彼に、日下部は叫んだ。


「行け ! 」


その言葉に弾かれたように、米兵は日下部の示した方角へ駆けだした。

日下部が刀を納めたとき、背後から声がした。


「日下部中尉 ! 」


振り向くと、そこには憲兵が立っている。



……日下部は拘束された。





………そして今。

日下部は闇を切り裂いて飛んでいる。

米軍のレーダーから逃れるため、海面近くの低空を飛行していた。

Q島まで往復することを考えれば、しばらくは増槽を捨てたくない。

そのため、敵夜間戦闘機の目から逃れる必要がある。


「ったく、何で上の連中は、もっと早く電探レーダーを採用しなかったんだか……」


1925年に八木秀次、宇田新太郎が開発したレーダーは、それまでの技術に比べると非常に画期的なシステムだった。

しかし日本の学会はこの技術を完全に不要と見なし、後に敵国となる欧米の国家が、日本より先にこの八木・宇田アンテナの技術を用いたレーダーを実用化することになったのだ。

陣風は夜間戦闘機ではないので、機上レーダーは搭載されていない。

日下部の戦闘機乗りとしての経験と勘が、生死を分けることとなるだろう。


しばらく飛行したとき、僅かなエンジン音が聞こえた気がした。

辺りを見回してみると、暗闇の中、微かに機影が見えた。

双発・双胴型の機体だ。


「……あれは……ペロハチか ? 」


ペロハチとは即ちP-38『ライトニング』戦闘機のことである。

しかし今日下部に迫ってきているのは、P-38と同様の双胴形態をした、ノースロップP-61『ブラックウィドー』だった。

毒蜘蛛の名を冠する、重武装の夜間戦闘機だ。


「見つかったみたいだな。目の良い奴だ」


増槽内の燃料は大分減っていたが、まだ切り離さなかった。

相手は双発機……格闘戦ではなく、その高速性を活かした一撃離脱戦法で攻撃してくるだろう。

それを射程ギリギリでかわし、逆に奇襲をかける。

そのためには、気づいたことを相手に気取られてはならない。


「まだまだ……もう少し、もう少し」


ちらりと後ろを振り返りつつ、耳を済ませる。

敵機のエンジン音で、自機との距離を測っていた。


「……よし ! 」


P-61が射撃しようとしたその瞬間、日下部は操縦桿をグッと引き、機体を上昇させた。

P-61はそれを追おうと機首を上げるが、日下部はその動きを読んでいた。

宙返りの途中で機体を180度横転させ、水平に戻る。

増槽を抱えているにも関わらず、完璧な機動のインメルマンターンだ。

さらに旋回して、P-61の後ろを取る。

日下部が一瞬トリガーを引くと、20mm機銃六挺、13mm機銃二挺が一斉に火を噴いた。

見事命中し、その瞬間P-61は炎に包まれて四散する。


「悪いな……」


そう呟いて、日下部は再びQ島へと向かった。


「発射のときの反動はあるが……いい機体じゃないか、お前」


陣風に話しかけた後、ほぼ空となった増槽を捨て、身軽になって低空を飛ぶ。


しかし、Q島まで後少しの距離となり、機首を上げたところで、複数のエンジン音が聞こえてきた。


「ちっ、グラマンかよ……」


グラマンF6F『ヘルキャット』にレーダーを搭載した、夜戦仕様である。

数は三機、日下部の陣風を発見したらしく、左後部から向かってきている。

Q島は近い。

陣風の速力なら、このまま逃げてQ島に通信筒を投下することも可能だ。

しかし、Q島に通信筒を投下するのを見られれば、そこに日本軍がいると知られてしまう。

現在米軍は都賀の計画を知らない。

下手に島を攻撃されたら、巡洋艦『神州』に搭載された原子爆弾が爆発する。


(……ここで墜とすしかないな ! )


日下部は反転し、F6F編隊に正面から向かう。

編隊の両側の機体は散開し、取り囲むような動きに入る。

F6Fは多くの米軍戦闘機がそうであったように、一撃離脱戦法を主にして戦った戦闘機だ。

しかし、F4U『コルセア』などと比べ、格闘戦もある程度はこなせた。

正面の機が、六門の12.7mm機銃を撃ってくる。


「そら ! 」


日下部は機体を横転降下させた。

暗闇の中でいきなり急降下するとは思わなかったのだろう、F6Fのパイロットは陣風を見失う。


「電探だって死角があるんだからよ ! 」


機を引き起こしてインメルマンターン。

F6Fの背後を取って、トリガーを引く。

短い発射音の後、F6Fは爆散する。


「残り二匹 ! 」


日下部は上昇し、月に機首を向けた。

夜戦において、月に向かって飛ぶのは危険である。

自分の機影が、相手にはっきりと目視されてしまうのだ。


「着いてこい、着いてこい ! 」


二機のF6Fは食らいついてきた。

上昇力では、米軍機の方が上と思っているのだろう。

陣風の発動機エンジンは高々度用で馬力はあるが、機械としての完成度ではF6Fのプラット・アンド・ホイットニー R-2800には及ぶまい。

しかし、二機のF6Fが近づいてきたとき、日下部は左に急旋回した。

更に旋回中に機を逆方向へ横転させ、急激に減速する。

F6Fは日下部の陣風を追い越して、前方に出てしまう。


「もらった ! 」


後部の一機を20mm弾の餌食にする。

最後のF6Fは旋回して逃れるが、機位を見失ったらしく、そのまま逃げようとしていた。


(逃げるなら逃げろ、追いはしない)


日下部はQ島へ機首を向けた。

敵機の撃墜が任務ではない。


「……おっ、見えてきた」


三角形の島の影が前下方に見えた。

日下部は元倉から聞いた辺りの場所を目指し、高度を下げる。

『神州』は偽装網をかけられているようだ。


(もしかしたら、撃ってくるかもしれないな……)


警戒しながら、低空で軽く旋回し、機体下部に取り付けられていた通信筒を投下した。


「投下完了。後は野となれ、山となれ……」


日下部は来た道を引き返す。

燃料は残っているし、まだ夜は明けていない。

しかし速度を上げようとしたとき……


「 ! 」


前方に、夥しい機影。

二十機以上はいる。

F6FとP-61の大群だ。


「……ちょっと大人げないんじゃないか ? 」


おそらく新型機を発見したとして、先ほど逃げたF6Fが報告したのだろう。

暗闇で機体の細部まで見ることはできなくても、20mm機銃を六挺も装備していたとなれば、新型以外に考えられない。


(墜としておくべき……だったかもな)


……今まで、数多くの戦友が散っていった。

ある者は爆撃機に体当たりし、ある者は対空砲火を受け、またある者は突然の事故で……。

それが戦争。

敵も味方も、次々と死んでいく。


「……ここを突破して、基地に帰還……まあ、不可能だろうな。普通はよ」


飛行機乗りは、地上の人間とは違う「生」を生きている。

飛んで、戦い、儚く散っていく。


「だが俺の腕と……この陣風の力なら…… ! 」


短い命。

ならばせめて、美しく飛ぼうではないか。



「頼むぜ、陣風 ! 」





…………


……



勅書は確かに届いたのだろう。

日下部直衛の名も、原爆を用いての特攻作戦も、歴史に記録されることはなかった。

元倉少佐も後に行方不明となり、陣風は再び、幻の世界へと帰って行った。



そして、21世紀。



「機長、そろそろですね」


「ああ」


雲海の上を飛ぶ、ボーイング747旅客機。

そのコクピットで、中年の機長がコーヒーを飲み干した。


「静かな空だな。親父にも見せてやりたかったよ」


「機長のお父さん、海軍の戦闘機乗りだったんですよね ? 」


副操縦士が尋ねる。


「ああ。『零戦』と『紫電改』と……あと一機種乗ってたらしいんだが、どの機種か教えてくれなかったな」


「もしかして、表向きには開発中止された戦闘機だったとか ? 」


「いや、まさか……」


機長は軽く笑った。


「都賀、お前のお祖父さんも、元海軍だってな」


「ええ、巡洋艦に乗ってたらしいんですけど、俺が生まれた頃に死んじゃったから、詳しい話は……」


「そうか。そう言えば昨日、テレビで元米軍パイロットの証言とかいうのをやってたな」


「ああ、日本軍の捕虜になって、脱走に成功したって人ですよね。途中で出会った日本兵がそれを見逃したっていう……」


「そう、それだ。やっぱり、空を飛ぶ者同士、何か共感みたいなものがあったのかもな」


機長は微笑を浮かべる。

そして、指示を出した。


「そろそろ高度を下げるぞ」


「はい ! 」



21世紀。

日本の空は平和だ。

だがかつて、この空でそれぞれの信念と、誇りを持って戦った者達の残光は、



目に見えなくとも、確かに今も残っている。



……

……如何でしたでしょうか。

これで「風」の航空戦機は終了です。


またこのような形の空戦短編を書くつもりです。

次は「電」か、或いは「星」ってところでしょうか。

急降下爆撃や雷撃機の話も書いてみたいので。

そしてそのうち、艦魂にも挑戦してみようと思います。

その他で「この軍用機を書いて欲しい」という希望のある奇特な方がいらっしゃいましたら、教えてください(爆)。


それでは、これからも宜しくお願いします !

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