五十九の巻『訪問、異世界の砦』
五十九の巻『訪問、異世界の砦』
大猪を乗せた台車が門の前へとたどり着いた。
ゴブリンの一匹がギギィと門に向かって叫ぶと、門は右開きでゆっくりと開門されていく。
「柵や門を作る技術はあっても言語は話せないんですね」
「いや、あれはゴブリンなどが使う人型魔獣語だ、ゴブリンだけでなく人型の魔獣ならある程度知能を身に付ければどの人型魔獣でも使えるようになる」
「まさか雷丸様、魔獣語までも想像されたんですか」
「当然だろ」
親指を立てて答える。雷丸の想像は創造に域に達しているのではないだろうかと緋桜は思ってしまった。
新しくできた商店街の魔法具店の隅には魔獣語辞典なる物も販売されている。これを極めれば、もしかしたら魔獣の言葉を聞き取れるかもしれない、発音は人間の声帯の形状では難しいかもしれないが。
「ギルマス、門が完全に開いたわ」
「では仕掛けるか」
雷丸はローブを払い上げ召喚の杖を構えた。
「我に従う三匹の聖なる獣よ、我が声を聴き我が願いに応えよ、今ここに三獣同時召喚を施行する。来たれ我が従魔たちよ」
雷丸の新スキル三体同時召喚である。
「また呪文を変えたんですね」
冒険者ギルド『狼弧』が誇るノリ詠唱システム。魔獣召喚や強力な魔法などは詠唱を必要とするが、決められているのは強さに応じた詠唱の長さだけで、ギルドカードを操作すると自由に詠唱の文言を変更できるのだ。余談、どんな言葉でも書きこめるが倫理観を損なう文言や誹謗中傷などがふくまれた場合は相応にペナルティが付く。
呼び出された三体の魔獣の幼体。子狼、子狐、小熊は猛然とゴブリンどもに襲いかかった。
「大げさな詠唱のわりに出てきたのはカワイイのばかりね」
カワイイは正義、砦の調査に反対的であった杏樹も三匹の幼獣を見たら、不機嫌さが収まったようす。
「浮気したくなったか」
「まさか私は鳥一途よ」
「なら、シームルグに似合うカッコいい詠唱を考えておかないとな」
「もう考えて、アッ」
慌てて口を閉じるがもう遅い。
「やはり同好の士であったか親友よ」
雷丸の中で杏樹のランクが友から親友へとランクアップした。
「誰が親友よ!」
「杏樹、あなたは違うと思っていたのに」
「誤解よ緋桜!」
「さて話しがまとまった所で、砦の中へ侵入しようか」
「まとまってない!」
ツッコミ役はいつも緋桜のポジションだったはずなのだが、趣味は雷丸と似ていても感性が緋桜よりなため、板挟みになり両方へとツッコむ形になってしまっていた。
「覚えてなさいよ」
いろいろと訂正したことはあるだろうが、ここでダラダラと話し合っていてはチャンスを逃してしまうと、恨みそうに雷丸を睨むだけで納めた。
三匹の子魔獣がゴブリンたちを砦から引き離して行く、囮役に簡単に誘導され門の前は獲物を残して無人となった。
「統率はあまり取れていないようですね、門の前で騒ぎを起こしても中からは一匹も出てきません」
「トップだけが知能が高いってパターンだろうな、配下の下級種は言われたことだけをやっているだけで、自分から思考することをしないんだ」
三人は物音を立てないように素早く門へと移動して中を覗く。
そこには多くのゴブリンたちが思い思いの行動をしていた。雷丸の言う通り自分からは積極的に砦内での仕事をしている様子は無い、昼寝をしているモノや、喧嘩をしているモノと本当に勝手に動いている。
「緋桜、数はわかるか?」
「さすがにここからですと正確な数はわかりませんが、目算で推測しますと百前後ではないかと」
砦の大きさからわり出せれる内にいる数と、柵と砦の間にある広場でだらけている数を推測で合計して緋桜は瞬時に大よそ数の当たりを付ける。
これは忍として敵方の砦調査などでも使われる技術なので大きな誤差はでない。
「三ケタもいるのか、ボスがどんな奴かだけでも確認したいな」
「ってこれは、やっぱり入るのね」
「入るさ」
開けっ放しにされた門から侵入する。ついでに雷丸はゴブリンが仕留めてきた大猪を魔法の袋の中に納めた。
「お~、容量ギリギリだけど入ったな」
「そんなモノ何に使うのよ」
「まあ、いつか役に立つときが来るかもしれないだろ」
「絶対に来ないわよ」
「そうか、俺は案外すぐに使うと思うぞ」
軽口を叩きながら侵入できるほど砦の警備はザルだった、いや、警備自体をしていないと言ってもいいかもしれない、柵で外敵を拒めると安心しきっている雰囲気だ。
なので、ありがたく奥の砦まで進ませてもらう。緋桜を先頭にボスを探して砦に肉薄した。
「ここまで緊張感の持てない侵入ははじめてです」
砦の構造は各階一フロアの三階建て地下付きの立派なモノであった。これは緋桜が簡単に調べてきた情報、あまりの警戒の無さに真面目に調べた緋桜がコントをやっている芸人のように見えてしまう。
「ゴブリンの知能ではこんなもんだ、だがボスはこんな奴らを使いこなせる知能派、油断なく行こう」
主の言葉を受け、緋桜は場の空気には無い緊張感を自分の中から呼び起す。
「ボスが居るとすれば最上階がお約束だよな」
「どうするの、さすがに鈍感なゴブリンでも階段を登れば気がつくわよ」
杏樹の意見はもっともだ、内部の壁伝いに作られた石の階段はひらけたフロアから丸見えなのだ。
「そこで、こいつの出番だ」
雷丸は先ほどしまったばかりの大猪を取りだし砦の入り口前へ置いた。
「緋桜、こいつを軽く焼いてくれ」
「私がですか」
「この中で火炎魔法を使えるのは緋桜だけだろ、リトルフォックスなら使えたけど、今はいなし」
召喚士である雷丸のスキルは召喚獣に殆どを依存している。その点、魔剣士である緋桜は簡単な火の魔法なら媒介無しで使えるのだ。
「わかりました。火遁炎弾ファイヤーボール」
現代と異世界の折衷魔法。
忍としての緋桜のせめてもの抵抗、ノリ詠唱システムでわざわざ元の忍術名を使用している。初級魔法なら一言で済むのでみんな、火遁や風遁になっている。
「やっぱりあじけない詠唱だな、それ」
「私はこれでいいんです」
ともあれ、炎に焼かれた大猪から肉の焼ける匂いが漂ってきた。煙はいい具合に砦の中へと流れていく。
「隠れるぞ」
砦の入り口の影に身を隠す三人。間を置かずに砦からゴブリンどもが匂いに釣られておびき出されてきた。うまくいったと雷丸が拳を握る。
「なぁ、役にたっただろ」
「ええ、さっきの前言は撤回するわ」
門に続いて、またまた簡単に砦の内部へ侵入。少しは内部に残っているゴブリンもいると思ったのだが、すべて大猪に群がりに行っていた。
「ここまでヌルくていいのだろうか?」
さすがの雷丸も想像していた青写真よりも簡単な進行に不安を感じた。
階段を上がり二階へ、ここにもゴブリンはいなかった。またまたまた簡単に三階へと到着してしまう。だが簡単にいったのはここまでだった。
「雷丸様、ここからはヌルくないようですよ」
緊張を呼び起すまでもなく、気を引き締める緋桜。杏樹も腰にさげている剣の握りを確認する。
「扉の向こうから、鳥肌が立つくらいの強い気配を感じるわ」
杏樹も緋桜の意見を肯定、異世界ではなく現実で武術や武道をたしなむ二人は、リアルで気配探知能力を持っていた。
「つまりはボスは在住ってことか、こっそりと顔を拝ませてもらいますか」
「いけません!」
扉に近づこうとした雷丸を緋桜が腕を掴んで止めた。
そのおかげで雷丸は命拾いをした。雷丸の目の前を扉を突き破って巨大な斧が飛び出してきたのだ。緋桜が止めてくれなければ間違いなく直撃していた。
雷丸に当たらなかった斧は砦の壁に激突、岩の壁を砕き大穴を開けた。




