五十七の巻『異世界の新名所、チェリーの大岩』
五十七の巻『異世界の新名所、チェリーの大岩』
大混雑していたギルド本部を出た雷丸、緋桜、杏樹の三人は、雷丸の提案で以前月光熊討伐クエストの時に使った大岩がある原っぱへとやってきた。
この場所は低レベルエリアの終了地点となっており、ここから先が本当に魔獣どもがランダムに配置されている異世界となる。雷丸はクエスト参加の選抜テストの時に緋桜が切断した岩の断面に異世界の地図を広げた。断面が平らため広げやすいのだ、ここから先に進む冒険者はこの断面を利用する者も少なくない。
「キレイな切り口ね、これをやった人は相当な腕だわ」
この岩の存在を知らなかった杏樹は、指でなぞって感嘆する。
「だとさ、よかったな」
「え? もしかして、コレをやったのってあなた?」
雷丸のフリに杏樹はこのスゴ技を使った人物に気がつく。
「ええ、少し前に」
恥ずかしそうに答える緋桜。
「すごいわね、私はまだこの域には達していないわ」
「恐縮です」
剣を学ぶ者だからこそわかるのであろう。断面を見ただけでその人物の力量を。
「この大岩を切り裂いた時はけっこうな数の冒険者が見ていたからな、ここから先を探索する中級者以上の冒険者たちからはチェリーの大岩と呼ばれて目印や散開して逃げた時などの集合場所などに使われ重宝している、これほど目立つ印はそうそうないからな」
ギルド販売の最新の地図には、しっかりと切断された大岩の絵が乗せられていた、当然、雷丸の持っている地図にも記載されている。
「なんですかそれは!? 雷丸様、また勝手に設定を増やしましたね!!」
「地図を作ったのは確かに俺だが、チェリーの大岩と呼び出したのは違うぞ、いつの間にか冒険者の間で言われるようになっていた」
「……本当ですか?」
疑いの眼差しを主に向ける忠義の忍娘。
「もちろんだ、冒険に関して嘘はつかないぞ」
「……そうですね、確かに雷丸様はいつもそうでした」
何故か説得力のある言葉に納得してしまい、盛大なため息をつく。
「それじゃ、話が一区切りついた所で、行動方針を決めましょう」
一人会話に参加していなかった杏樹が話題を元の筋へと戻し、ため息をつくことで気持ちを切り替えた緋桜は、もう普段の表情になっていた。はたしてこれは忍だからこそできる精神コントロールなのか、それとも単に雷丸に振り回されることに慣れただけなのかは、本人にもよく理解できていない、いや理解したくないのであろう。
裏山異世界、新名所『チェリーの大岩』でこれからの方針が話し合う。
「さて、どのように捜索するか」
「ギルマス、まったく情報は無いの?」
「異世界冒険でズルをするような情報は一切持ってない」
どの辺りがズルになるのかは個人の判断で変わってくるが、少なくとも雷丸はギルドに登録している冒険者を出し抜いて儲けを独占できるような情報は持っていない。
「冒険中はサンダー・サークルと呼んでくれ」
「気が向いたらね」
軽く流された。
「気が向くことを期待しよう。それでアリージェこそ情報は無いのか?」
「あれば聞かないわよ」
「だよな」
ボリボリと頭をかく雷丸、出発前の段階で足踏みをしてしまった。
「千羽崎さんはこれまでどのように探されていたのですか?」
会話が続かなくなったので、いつもは冒険に関して口を挟まない緋桜が杏樹にソロの時の様子を尋ねる。
「チェリーよ、ここではアリージェと呼んでやれよ」
「却下」
雷丸からアリージェと呼ばれることは黙認していたが、さらに増やそうとするのはやめて欲しいようだ。殺気はないが、怖い眼つきで杏樹は雷丸を睨む。
「本人の意志を尊重させてもらいます」
「そ、そうか」
ここに亜雪がいれば立場は変わっていたかもしれないが、雷丸は杏樹という見方を得た緋桜に異世界フィールドで珍しく押し負けた。
「杏樹でいいわよ、えっと桜さんだっけ」
「緋桜です。私も緋桜とお呼びください、よろしくお願いします杏樹」
「こちらこそよろしく緋桜」
共に異世界で不名誉ネームという被害にあった者同士、短いやり取りだけで絆が生まれていた。
「改めて、杏樹の捜索方法を教えてもらえますか?」
「専門的な知識は無かったから、教えるのが少し恥ずかしいんだけど」
異世界の専門家など果たしているのだろうか、それにここは雷丸の生み出した疑似異世界、例え専門家がいたとしても雷丸設定には混乱するだろう。
「シームルグは強大な鳥だから、体が大きくても住みやすそうな場所、太い木が有ったりしたらその周辺を重点的に探していたわ」
杏樹は自分の捜索したエリアを地図で示す。
異世界ファンタジー系の知識も乏しく、ソロで活動していた杏樹は、当たり前ではあるが本部周辺の低レベルエリアを主に動いていた。このチェリーの大岩より先は踏み入ったこともないそうだ。
「探索したエリアに手掛かりは無かったんですね」
「羽一枚見つからなかったわ」
「雷丸様もシームルグには遭遇したことは無いんですね」
「ああ、暇さえあれば冒険してたけど、見かけたことはなかったな」
今度は雷丸が冒険したことのあるエリアを地図にしめす。さすがの雷丸も中級者以上のエリアは未踏な場所が多い。
二人の活動したエリアを重ねる緋桜。
「この範囲にはいないのは確定、後は受付で聞いた情報も重ねると」
受付嬢としても活動している緋桜、最前線で活躍している冒険者の移動範囲も受けているクエストからある程度は推測できた。
「こんな感じですね」
最前線で活躍している冒険者の走破エリヤも消すと未踏エリアが浮かび上がってきた。
「受付でも強大な鳥が見つかったという報告は聞いていません、つまりいまだ誰も行ったことのない範囲がもっとも怪しいです」
情報がないことが情報。
三人の持っている情報を重ねてシームルグがいるであろう地点を緋桜は絞り込んでいく。
「すごい」
「たいしたことではありませんよ」
対象を探すことは、現実でも異世界でも変わりはない、いかに手持ちの情報で予測を立てるかだ。
「それで、いくつかあやしい箇所はありますが、どれにしますか」
いくつかの候補にまで絞られた、がそれでも十カ所近くはある。一つ一つ回るのは一日では不可能。ここから先は情報が少ない現状、勘に頼るしかないだろう。
「とりあえずどこも未踏エリアだ、一番近くから回ってみようぜ」
「わかりました、杏樹もそれでいいですか」
「問題ないわ、無限に近かった異世界が十カ所に絞られてんですもの、後は出会えるまで回るだけよ」
杏樹も承諾して、剣道をしている時の癖なのか手首をほぐし気合いを入れ直す。
「それでは、この大岩より東に進んだ場所が近いですね」
緋桜の先導の元、三人は裏山異世界未踏エリアへと足を踏み入れた。
覆い茂る草木をかき分けて目的のエリアに到着した三人は、想定外のモノを見つけてしまった。
「……なんだあれは」
それは探している霊鳥とはまったく関係なかったが、ある意味とんでもない代物であった。




